88.アラサー令嬢は慕われる
「シャーロット」
「はい」
振り向くと、シリウスが微笑みながら台の方を指差していた。
「そろそろ『彼女』の番だよ」
「はい…!」
目を凝らすと、台を挟んで向こう側に、ヒロインが見えた。
少し遠目だけど、柔らかそうにウェーブを描く、ピンクブロンドに包まれた可愛らしい顔立ちは見える。
(うわ、あのシーンをこちら側から見れるんだ!)
王子とシリウスも固唾を飲んで、ヒロインと水晶を観ている。
彼らの熱い視線に、もう恋に落ちているとか?――は、まだかもしれないけど、これから起こる奇跡の光景を見れば、それもあるかもと思う。
私も緊張してきた。
「キャロル・グレーテル」
「はい!」
台の近くにいる、白く長いローブを来た、おそらく魔術師さんが名を呼び、彼女が応えた。
ピンクのブロンドを揺らし、台の水晶に近づく。
少し深呼吸をすると、両手を水晶に伸ばした。
彼女の手と水晶の間に、薄い光の粒が漂ったかと思うと、すぐに光の線となって、素早く水晶を包むように弧を描きだした。
「キレイ…」
幻想的でいて、尚且つ前世の科学実験のような光景に、思わず声がもれた。
「…今までと違ってる」
「え?」
「今まで色は一色だったんだ…」
シリウスと王子の言葉通り、目の前の光の線は様々な色をまとい、激しく動いている。
やがて光は、水晶とキャロルを包み、ひと際大きく輝いて消えた。
部屋を満たす光が消えると、わっー!と声が上がった。
私も手を叩きたいが、両手を握って耐えた。
「…決まりだな」
「あぁ」
「今まで、このような光り方はしなかったのですね?」
「うん」
二人は驚いてはいたが、割と平静だった。
(あぁ、美しい光の束に目が行って、ヒロインはあんまり目立たなかったからか…)
私がうんうん心で頷いていると、魔術師が宣言する。
「キャロル・グレーテルの守護精霊は…『光』!」
またその場が大騒ぎになった。
「本当に『光』の守護精霊って、いたのですね…!」
感極まったようにつぶやくのはジャックだ。
「ここ2、300年いなかったから、殆ど伝説だね」
シリウスが答えながら、王子とアイコンタクトを取る。
王子がそれに頷くと、シリウスが静かに生徒達の方へ移動した。
皆口々に何かを話しているが、キャロルに近づく人はいない。
そんな中、シリウスが彼女に近づき、話しかけた。
途端に、令嬢達の間から声が漏れる。
「見て、シリウス様が…!」
「あの方、男爵令嬢でしょう…?」
「これみよがしに、水晶を光らせて気を引いたのね…!」
聞こえるようにか、わざと声を上げているのが残念すぎる。
(悪役令嬢がいなくても、こんな感じにはなるんだ)
何となくほっとしてしまったが、そんな場面ではない。
これでも私は一応、この場の筆頭令嬢である。
他の貴族令嬢達の、見苦しい行為を諫める権利がある。
「殿下、私もあちらへ行ってよろしいですか?」
先ほど釘を刺されたので、きちんと断りを入れてみた。
「う…ん、そうだね。宰相がどう云おうと、どうせ特別待遇には、ならざるを得ないだろうし」
そう言って、エスコートするように私の肘に手を当てた。
「殿下も…?」
「シャーロット一人より、説得力があるよ」
ロイヤルスマイルに、一緒に歩くよう促される。
そうなると、当然、ジャックもついてくる。
(なんだろう、この態勢は…)
悪役令嬢が両脇に王子と、騎士団長の息子を侍らせて、ヒロインの前に行こうとしている。
(いいのか…?)
迷ったものの、私はどんどんヒロインに近づいていた。
あぁ、動いている――思わず唾を飲み込む。
シリウスが側にいることで、ますますゲームみが増す。
だけど目の前の光景は、アニメーションではない。
生身のヒロイン、キャロル・グレーテルだ。
彼女もこちらに気づいたようだ。
海のような青い瞳が、驚いたように大きく開く。
その中に映る私が、出来るだけ優しく見える様に祈りながら、微笑み、口を開いた。
「初めまして、グレーテル様。シャーロット・ウイザーズと申します」
そして手を差し出したのだが、キャロルはこちらを見たまま動かない。
(あれ?)
周囲もなぜか、静まり返ってしまっている。
(なぜ…)
緊張感に押しつぶされそうになっていると、キャロルが口を開いた。
「あっ…!あ…あの、先ほどは、大変失礼いたしました!」
勢いよく頭を下げて、こちらを伺うように上げられたキャロルの顔は赤面しており、おろおろと手を動かしている。
ハッキリ言って、仕草も表情も『めっちゃカワイイ!』んだが、出来れば私の手を取って欲しいなーと笑顔の下で焦っていると、シリウスが彼女に何か囁いた。
「あ、はい!」
彼女は何かを決意したように、頷くと、差し出したままの私の手をおそるおそる握った。
――両手で。
(………天然さんかな?)
キャロルは、恭しく私の右手を両手で包むように持って、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
(美少女の、はにかむ姿って最高にスチルぅー…じゃなくて!)
…えーと、もしかしたら、私がまた間違った?
握手の習慣、この世界に無かったっけ…――いやあったよね。
クラスメイトなんだから普通の挨拶だよね?
「あの…?」
「あ! 私はキャロル・グレーテルといいます!」
知ってます。
「助けていただいたご恩は、生涯忘れません!」
忘れていいです。
黒歴史になると思うんで、むしろ忘れて!
「あのですね、グレーテル様」
「キャロルとお呼びください!ウイザーズ様」
「では、私もシャーロットと…」
「とりあえずその辺で、やめとこ?」
埒が明かないと思ったのか、シリウスが横に立っていた。
「シリウス…」
どこか救いを求めるような声が出た。
「あぁ…」
シリウスが、ぱっぱとキャロルから私の手を取り外してくれた。
私はほっと息をついた。
助かったぁ…
…シリウス『あーあー…』
…王子『…僕ら何を見てるんだろう』
…ジャック『???????』




