87.アラサー令嬢は翻弄されている
ゲームでのジャックは、元々自覚のあった『劣等感』という傷を、悪役令嬢に広げられ、毒を塗られたような感じで…そこに、同じようにシャーロットに虐げられるヒロインが現れ、慰められ救われるのだ。
(虐げる気はまるでなかったんだけど、今叱りつけてしまった?ことで…)
やっぱり、私、ジャックにとって悪役令嬢になってしまうの?
しかも…騎士見習いルートの末路は、とても悲惨だ。
ドキンドキンと、心臓の音が耳に響いた状態で立ち尽くしていると、ジャックが私に頭を下げた。
(いや胸に手を当ててる…コレって正式の礼だ)
な、なに? こんなシーン、なかったが…
「…そうでした。私は騎士なんですね。思い出させていただいて感謝いたします…姫」
熱い告白のような言葉に、自分の顔がぼっと赤くなるのが分かって慌てて首を振る。
「私は、ひ、姫ではありません!」
親が子供に言う愛称なんかは別として、姫と呼ばれるのは、王家の女性のみだ。
ジャックは顔を上げた。
その表情は、いたずらが成功した子供のように笑っていた。
「私もまだ、『騎士見習い』ですらありません」
そうだ。
騎士学校に行かなかったジャックは、正式には今何者でもないんだ。
(『騎士見習い』っていうのは、あくまでゲームのルート名なんだ)
『王子の護衛』といっても、学園内限定で、非公式な物だし。
「ですが、貴女が私を『騎士』と呼んでくださるなら、私は『騎士』であろうと心掛けます」
(…えーと? 私、何て返せば…)
思考停止してしまったが、相手は何か期待を込めた目をしてこちらを見ている。
「…で、殿下をお頼みします」
ようやく絞り出した声に、ジャックが少し顔を下げたが、すぐに顔を上げさわやかに笑った。
「分かりました」
…おかしなやり取りだったが、明らかにジャックの私への態度が、柔らかく変わったのでよしとする!
「そちらを右です。もうすぐですよ」
いちいち向けられる笑顔が、胸に刺さるけど!
エスコート通りに歩くと、やがて先ほどの建物へ続く石畳に着いた。
「もう始まっているようですね」
中からキャーとか、わーとかの嬌声が聞こえてくる。
ジャックは扉を開け、中をのぞくと、私に頷いた。
皆、中央に置かれた台の上に目が行っていて、注目されないのを幸いに、私はこそっと入って王子やシリウスを探した。
二人は台を挟んで、生徒たちの反対側にいたので、すぐ分かった。
そちらには教師や関係者の大人たちがいる。
近づくと、気づいたシリウスが歩いて来る。
「大丈夫だった?シャーロット」
「もう平気です。心配かけてごめんなさい」
「そう、良かった」
シリウスは柔らかく笑った。
そして後ろにいた、ジャックに「ご苦労様」と声を掛けた。
ジャックは静かに頭を下げた。
合流した王子にも『大丈夫』を繰り返したが…
「良かったけど…シャーロット。後で話が…」
キラキラなプリンスの笑顔が怖い。
先手を打って、とりあえず謝った。
「後先考えずに、走ってごめんなさい」
「…驚いたよ」
「…本当にごめんなさい」
心から頭を下げる。
隣にいた女の子(しかも侯爵令嬢)がいきなり走って、他の女の子の下敷きになったら、自分だったらパニックになるだろう。
「まぁまぁ、シャーロットも無意識だったんだから仕方ないよ」
シリウスが間に入ってくれたが、こちらの笑顔もちょっと怖い。
「シャーロットには、これから何か動く際は、僕らのことを思い出してもらえると有り難い」
「ごめんなさい…」
そんな私たちのやり取りを見ていたジャックも、口を開く。
「もし次があったら、シャーロット様を止めますからね」
「はい?」
「その結果、女子生徒がケガをするかもしれませんが、私はシャーロット様を止めます」
「えぇー」
人でなし発言ぽくて、私は多分青ざめながら、ジャックを見上げた。
「シャーロットが、気になる場所を指で差すだけにして、その場から動かなければ、ジャックは女子生徒を助けられるね」
ニコニコしたシリウスが、私に追い打ちをかける。
「わ、分かりました!」
っていうか、私が余計な真似をしたのは分かっているのだ。
そんなに怒らなくても…とは思うけど、侯爵令嬢がケガしたら周りが迷惑か。
(下手したら、ヒロインのせいでケガしたことになって、周囲から彼女が責められて…)
…うあぁぁぁ、危ない!
少しズレてるけど、ゲームを進行させてしまったかもしれなかった!
(王子やシリウスが、止めてくれたとは思うけど)
状況によっては、それでも周囲が暴走したかもしれない。
うぁぁ…ーと、改めて己の所業を振り返っていると、ジャックが苦笑気味に口を開いた。
「あの時は、シャーロット様が何をされるか私には分からなかったので、止められなかったんです」
あの時のシャーロットは、『何の脈絡もなく、突然走り出した危ないヤツ』ですよね、分かります。
「今は、シャーロット様が、どのような方か分かったので、止められると思いますよ」
「そうなのですか…」
「はい」
そんなに私、分かりやすいヤツかな? 貴方、私とほぼ初対面じゃない――と、少しムっとしたけど、ジャックは私を理解してくれてる、もしくは理解しようとしてくれてる…と思えば、いい傾向である。
「有難う。何かあった時は…もちろんないように気を付けますが、よろしくお願いします」
頭を少し下げて顔を上げると、優しい笑みが見えた。
…うん、悔しいけど攻略対象の顔はホント皆かっこいいわ。
…なんか攻略されてます。
…アラサーが知ってるゲームと違って、少し黒いジャックくんです。




