86.アラサー令嬢はうろたえる
先ほどの建物を目指すかと思ったら、
「こちらの道です」
ジャックに、窓から見える建物から遠ざかる方の廊下を示される。
そっか。見えてるからといって、そちらに道があるとは限らないもんね。
「有難う。ジャック様は、校舎内の道を覚えてるのね、すごいわ」
素直に褒めたのだが、相手のリアクションは一拍遅れた。
「…警護する者として、当然のことです。あと、シャーロット様」
「はい?」
「私に『様』付けは、お止め下さい。呼び捨てで構いません」
(おぉ…似たような場面を思い出すわ。ジャックの心情は全く違うだろうけど)
ヒロインが最初、ジャックを『ランドウッド様』って呼んでて、ジャックに優しく『ジャックと呼んでほしい』って言われたのだ。
(その後、ヒロインはあっさり『ジャック』呼びになったんだよね)
それでもいいんだけど、こんなふうに戸惑う感じの『騎士見習い』を見るのは新鮮で、ちょっといたずら心が湧いてしまった。
「分かりました。ではジャックも、私を『様』付けするのは止めてくださいます?」
一瞬の沈黙。
「そ…それは出来ません!」
その後全身での拒否。
(ですよねー)
答えは分かってるのに、思わず聞き返してしまう。
「どうしてですか?」
「私は、王太子殿下に仕える者です。殿下のご婚約者であられる、ウイザーズ侯爵のご令嬢を呼び捨てには出来ません」
「あら? ご存じかと思いますが、魔法学園内では、身分を問いませんのよ?」
「知っております。ですが…」
(…『苦悩するジャック・ランドウッド』も絵になるのね)
ゲームだと『悩む前に動く』タイプで、こんな顔見れなかったもんね。
まぁ、これ以上意地悪したら、本当に悪役令嬢になってしまうので(口調もなんかそれっぽくなってた気が…)この辺で引き下がるとしよう。
「分かりました。無理を言ってごめんなさい」
ほっとした顔にも、ぽわっと光が差してエフェクトがかかる。
窓からの光とはいえ、美形は得だ。
「いえ、こちらこそ差し出がましいことを…」
「呼び捨ては諦めますが、口調はもっとくだいて下さいね」
「は…」
「私達はクラスメイトです」
「しかし…」
「では、『ジャック様』呼びも止められません」
私は、にこっと笑って見せた。
これは、結構切実な願いだったりする。
皆とフレンドリーになりたい…というか、なっておきたいのです。悪役令嬢としては!
(タメ口…まではいかなくても、普通に話せる相手は『断罪』しづらいよね?)
ゲームのシャーロットなら、ジャックに呼び捨てにされたら、それだけで魔獣けしかけそうだが…
「…善処します」
「はい、お願いします」
(少しづつでもいいんだ、こっちが歩み寄りたいのを感じてくれれば)
…なーんて思ってると、相手は爆弾を軽くパスしてきた。
「シャーロット様は、変わってますね」
立ち止まってしまった私を、ジャックが振り返る。
(また言われてしまった…!)
シリウスは『警戒心が足りない』とか言ってたけど、もうそれだけじゃないよね、絶対…
こんなことなら面倒な事になっても、あちこちのお茶会に突撃しておけば…
いやそんなことやってたら、爺公爵にサクッとやられるか致命的な噂流されて、ゲーム開始の前に終ってたかもしれないしー…
「あの、悪い意味でなく」
頭の中で悶々としている私に、ジャックは弁解の必要を感じたのか、ポツポツと話し出した。
「その…言葉が足りなくて申し訳ないのですが、自分の知る令嬢方は、貴女のように、私と対等に話そうとはしないので…変わっていると」
私は、目を瞬いた。
「そうなのですか?」
「はい。私の父は、元平民でしたし、抵抗があっても仕方ないかと…」
(えー! そんなことくらいで、こんな優良物件を女の子がほっとくかな?)
イケメンでスレンダーな伯爵家の子息で、騎士団長の息子だよ?
皆が皆、ゲームのシャーロットみたいな、ガチガチの貴族主義な訳ないと思うけど。
「ランドウッド伯爵が、とても優秀な騎士でいらしたので、騎士団長になられた事は私でも知っています。それを否定する方は、いらっしゃらないと思いますよ?」
「そうですね…」
微笑んではいるが、気のない返事だ。
(そういえば、この子、シリウスの親戚のパーティでも一人でいたなぁ。平民も多く、女子の少ない『騎士学校』へ行くって言ってたし)
でもあの頃は…
「幼くて、理解の足りない方も、いらっしゃったかもしれませんが…」
あと、気を引きたくて悪口を言ったりするのは、女子でもやるから、大方はそっちだったんじゃないかなー。
「…少なくともこの学園に通う子女で、それを理解できない方はいないと思いますし」
この歳で、理解できてないのは、ただのバカなので…
「もしいたとしても、それは貴方が気にかけることではありません」
きっぱり言い切ると、ジャックの目が不思議そうにこちらを見た。
「お父様も貴方も、成すべきことをしているじゃありませんか。仕方ないなんて言わず、胸を張ってください」
「胸を張る…?」
「当然ではありませんか。あなたは殿下の騎士なのですよ?」
王族の護衛が、劣等感を持って縮こまっていい訳はない。
(自信を持ち過ぎても問題だけど)
乙女ゲームにありがちな、ヒロインの主張のみを聞いて、意気揚々と悪役令嬢を断罪するようになられても困る。
ゲームのように、断罪されるようなことをやるつもりはないから余計に…
(冤罪はいやだもんね)
ふと、ジャックのようすがおかしいのに気づく。
彼の表情が、まるで何かをこらえる様に歪んでる。
(え、まさか…泣くのー!?)
もしかして今、私、
『アンタは王子様の護衛なんだから、いつまでもウジウジしないでよ!』
…って感じで、王子の婚約者という立場を笠に着て、イジメてしまったの!?
…G.W.中に何とか更新したかったのですが、期間あいてしまい申し訳ありません(>_<)




