85.アラサー令嬢はデジャブを覚える
同じ階にあった、『医療室』にはすぐ着いた。
丸い眼鏡を掛けた、若い医師に診てもらい、ショック症状だけで問題はないと言われる。
「顔は、少し冷やそう」
そう言うと、医師は私の顔の近くに手をかざした。
ふわりとした風が、顔を包むのを感じる。
風は徐々に涼しくなり、一瞬冷たくなってパッと止まった。
「どう?」
私は思わず頬に手を当て、何の違和感もなくなった顔に感動する。
「もう痛くありません!有難うございます」
「あっちの鏡で、確認するといいよ」
壁際にある洗面台を指されて、礼を言ってそちらに向かう。
鏡を覗き込むと、顔色はすっかり元の通りになっているので、急いで髪を直す。
腰のポーチに櫛やハンカチなどは入れてある。
粉白粉を含ませた、携帯用の平べったい刷毛で、少し顔をはたく。
(コンパクトも欲しいけど、まだ固形のお白粉がないのよね)
まぁこの顔なら、化粧いらないけど…『シャーロット』の顔の完璧さに、久しぶりに感心する。
真っ白い肌に、まつげパッサパサの紫の瞳。
礼儀として一応、軽く化粧は施されているが素顔とあまり変わりがない。
「今のは、『風』の精霊術ですか?」
「そう、医療関係は比較的、『水』と『風』の加護を受けている人が多いかな」
「なるほど」
ジャックと医師の会話が耳に入ってくる。
(『水』は汚れを流し清潔を保つために必要なのは分かるけど、『風』も医療系で使える術が色々あるらしい)
癒しというと、自分はすぐ『光』を連想してしまうが、怪我や病気は日常的にある。
めったに現れない能力者をあてにはできない。
(精霊力も色々応用効くんだなー)
授業が楽しみだ。
『闇』以外の能力で、自分に出来る事があるかもしれない。
(目標は、『闇の精霊』の力を使うことナシに、無事卒業だから!)
二人の所に戻ると、医師に尋ねられる。
「君たちはこれから『精霊審査』かな?」
「あ、はい。ただ私もこちらの彼も、既に精霊は判明しておりますので」
ジャックもうなずいた。
「なら急ぐ必要はないか。ただ、あの場は一見の価値はあるから、見ておいた方がいいかもね」
「宮廷魔術師様が来ると、伺ってましたが」
「うん、精霊の種類によって、彼らの持ってくる水晶が様々な色を放つんだ」
はい!そうでした。
ヒロインが手をかざすと、水晶がまぶしいほどの光りを放つのだ。
(プリズムのような七色の光を中心に…やがて光はヒロインを包み込む)
リアルで観るのは、さぞかし…
「…キレイでしょうね」
思わず口から出た言葉に、医師はにっこりと笑って、窓の方を指した。
「歩けるようだったら、行ってみるといい。あそこに見える天井が丸い建物が会場だ」
「分かりました」
ジャックを見上げると、苦笑を浮かべて訊かれる。
「もう大丈夫ですか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「では、まいりましょうか」
医療室を出て、ふとデジャブを覚える。
人に押されて転んだヒロインは、さっきの私と同じように鼻を押さえていたが、医療室へは行かなかった。
『これくらいなら、ぜんぜん!大丈夫ですから!』
手を取って助けてくれた攻略対象者と、一緒に教室へ向かうのだ。
今回、おそらく彼女の手を取ったのはシリウスで、多分王子、シリウスと一緒に教室へ行ったはず。それはそれとして…
(あれ?何で、医療室に見覚えがあるんだ)
まぁケガや、失神なんかはエピソードとして十分ありそうだから、他の時に見たんだろうな。
見覚えのあるのは『医師』の方だと気付くのは、少し後のことだった。




