84.アラサー令嬢はやらかした
ヒロイン(声だけ)登場ー
…そもそも、王子(+α)が、人が多い廊下を歩ける訳がない。
おそらく、ゲームでもそうだったのだろう…と私が気づいたのは、教室へ向かうために廊下を曲がった時だった。
夢にまで見た、ピンクブロンドのふわふわした髪が目の端に入ったのだ。
(まだいる!)
クラス分けの大きな紙が貼られている前には、まだ数人残っており、その中に彼女はいた。
「このくらいなら、大丈夫でしょう」
王子に呼びかけるシリウスの声に頷き、そちらへ向けて歩き出す。
近づくにつれ、掲示板の近くに、踏み台が置いてあるのが目に入った。
アレに乗って紙を貼ったんだな…と思ったら、紙の上の端っこがめくれているのに気づいた。
(あ、ヤな予感…)
この手の悪い予感は外れない。
なぜか彼女が踏み台を移動し、その上に上がったのだ。
ダメ!と思った時にはもう足は走り出していた。
(だって、自分がゲームを作っている側だったら、絶対ここで彼女を落とす!)
予想通り、近くにいた男子二人組がふざけて踏み台にぶつかり、揺れた拍子に彼女が背中から落ちるのが、なぜかスローモーションで見えた。
そして彼女は、攻略対象者でなく――私の腕の中に落ちて来た…
「シャーロット!」
王子の叫びが聞こえたが、目の前には髪の毛しかない。
(息が…)
自分の上に彼女がいるのが分かるが、なぜか背中の感触は冷たい床ではなかった。
「大丈夫ですか…?」
耳元の声にハッとして顔を横に向けると、ワイン色の瞳がこちらをのぞきこんでいた。
(う、わあぁぁーー!!)
色々叫びたい、けど声に出せない。
口を開いたら、おそらくピンクの髪の毛が入ってくる!
「え?なん…えぇー!」
代わりに、上に乗っかってる彼女が悲鳴を上げた。
(気持ちは分かるけど、できれば、早くどいてぇ…)
重いとかでなく、ヒロインと攻略対象者にサンドイッチにされている状況がもう…テンパる。
しかもシャーロットを、物理的に断罪したコンビじゃん!
(何でこんなことに…)
分かってる、自分が悪い。
今下敷きになってる、ということは間に合ったんだから、ジャックに全部任せればよかったのだ。
「きゃぁ!」
「君、早く立って!」
シリウスの声が聞こえて、ようやく前方が解放される。
「ふわぁ…」
視界が明るくなり、顔に手を当てる。
何かまだ異物感がある。
(顔洗いたい…)
「シャーロット!大丈夫かい?」
「はい…」
王子の手を借りて一度は立ち上がったが、足に力が入らずまた転びかけたところで、素早く立ち上がっていたジャックに、再び助けられた。
「…何度も、申し訳ございません」
「いえ、立てますか?」
少し膝が笑っているが何とかなりそうだ…と思ったら、
「…失礼します」
「ひっ…!」
膝の裏に手が入り、抱き上げられた。
いわゆる乙女の憧れの、イケメンによる『お姫様抱っこ』だが、残念ながら恐怖しかない。
「…お、降ろしてください!」
「このまま、医療室へお運びした方がいいと思いますが?」
「大丈夫ですっ!」
ジャックが尋ねているのは王子だ、私の云うことなんか聞いてない。
「そうだね。頼むよ」
「殿下…!」
情けない声で訴えると、王子はこちらに顔を寄せ、こそっとつぶやいた。
「…シャーロット、君、目も鼻も赤いし、髪も乱れてしまってる。一度整えた方がいい」
「…はい」
そう言われてしまっては、納得せざるを得ない。
(確かにこのまま教室に入るのは、侯爵令嬢としても、王子の婚約者としてもアウトだわ…)
「あ、あの、台から落ちた彼女は…?」
「大丈夫のようだよ、シリウスが対応している」
ほっと胸をなでおろす。
(シリウスとヒロインの、ファーストコンタクトかぁ…)
見たいような、見たくないような…ちょっと、心がもやっとするのは仕方ない。
シリウスルートは、『一目惚れ』要素もあったのだ。
『本当は君をひとめ見た時、キレイだって思ったんだ…』
シリウスルートのラスト、告白シーンで、ヒロインの長所を理路整然と上げた後、ポツリと感情的な言葉をつぶやく。
(『ギャップ萌え』として、とても人気があったっけ)
尻もち着いたヒロインに、手を貸す(貸したよね?)攻略対象者。
一応イベント成立、になるのかな?
…後ろに、ごちゃごちゃ(シャーロット+ジャック)いたけど。
(あらためて考えると、すごい絵面だわ…)
「では殿下、少しお側を離れますが…」
「あぁ、すぐ教室だし大丈夫だよ。それより、シャーロットを頼むね」
「分かりました」
ジャックは一礼して、歩き出した。
迷いのない足取りに、既に構内の地図が頭に入っているんだなーと感心する。
「あの…申し訳ありません。お時間を取らせてしまって…」
「心配は無用です。今日は授業もありませんし、あと『精霊の審査』だけだと聞いているので…」
そうだ、本日最大のイベント!
「私は審査は受けませんので、もし間に合わなくても問題ありません」
「受けないのですか?」
「はい、判明していますので」
確か、ジャックは…
「私の守護精霊は『風』です」
そうでしたね。
「私は、『地』の守護精霊の加護を受けております」
礼儀として返すと、相手は押し黙った。
おかしなことは言ってないよね?
ジャックが『闇の精霊』のこと知ってる訳ないし…
…シリウスと王子はシャーロットの突飛な行動には慣れてますが、止められなかった後悔でいっぱいです。




