83.アラサー令嬢は葛藤している
講堂の席は、もう殆どが埋まっていた。
王子は私の手を引いて、講堂の中央の通路をゆっくりと歩いた。
(視線が矢のようだわ…)
一学年40人くらいとして×3。
あと教師や関係者で、大体150人くらいの人間が、こちらを見てるんだろう。
国の王太子が、婚約者と手をつないで現れたのだ。
見ない方がおかしい。
逆の立場だったら、私だって目を輝かして見ていただろう。
(仕方ないとは思うが、もう少し遠慮してほしい…)
顔がひきつるというか、何か笑い出してしまいそうだ。
培った淑女&王妃教育が、身になっていると信じるしかなかった。
当然、周りを見渡す余裕などない。
(ピンクの頭があるか、確認したかったんだけど…)
ヒロインの席は、後ろの方。
ゲーム画面では、ドキドキしながら皆の頭と、壇上を見ていた。
(シナリオになかった、王子とその婚約者の登場シーンは、彼女の目にどう映っているんだろう)
時間にしたら10分もたってないのに、席に着いた時には1時間くらい歩いていた気分だった。
王子は、最前列の席まで私をエスコートした。
最前列は王子とその関係者に決まっているらしく、王子を挟んでシリウスと私。あとシリウスの隣に警護としてジャックが座った。
程なくして、肩までの白と金の髪をなびかせた背の高い人が、正面の演壇に現れた。
「皆さん、魔法学園へようこそ。私が学園長の、ジョシュア・クロムウェルです」
話に聞いていた、現国王の従兄弟の大公殿下だ。
確か50過ぎという話だが、白髪と金髪が混ざっている。
顔は渋い男前で、深い青の目がとても印象的だ。
やはりどことなく王様に似ている。
(ゲームでは、殆ど名前だけだったなー。学園壊れたりしたのに)
壊したのはシャーロットの召喚した魔物だけど、まぁそれは置いておいて。
攻略対象枠に入ってないから、おざなりだったのかと思う。
(モブにしては、存在感めっちゃあるけど…)
今はゲームじゃないから、生きてる人に存在感があって当たり前と言えば、当たり前だ。
長引くことなく、手際よく挨拶を終わらせた学園長が拍手と共に退場し、次に在校生代表が演壇に立った。
「僕はヘンリー・ハミルトン! 生徒会長として、皆さんを歓迎します」
短い癖のある金茶髪、同色の瞳の生徒会長は、優しそうですが…背がすらっと高く、めっちゃ美形だ。
…あれ?こんな攻略対象いたっけ?ってなるけど、覚えてないから違うだろう。
(ゲームだと、会長の挨拶も軽く流されたよね…なにせその後がメインイベントだ)
会長のスピーチも、定型文を要領よく伝えて終わったが、女子生徒を魅了するような笑顔を見せて壇上を降りたので、キャァー!という高い声で講堂が湧いた。
「…この後は、やりにくいなぁ」
隣の席のぼやきに、私もシリウスもニコニコ笑ってみせた。
「期待してますね!」
「大丈夫、破壊力は殿下の方が上ですよ!」
「…僕は良い友達を持ったよ」
憮然と答えて、王子が立ち上がった。
「次に、新入生代表として…」
ざわついていた客席が、一瞬で静まり返る。
壇上に、乙女ゲーム「天空の精霊王国フィアリーア」のメイン攻略者、『エメラルド・フィアリーア王子』が現れたからだ。
緩やかに流れる黄金の髪に、名前の通りの宝玉の瞳。
柔らかく微笑む白皙の顔は、男女問わず見る人を魅了せずにいられない色香があった。
「この良き日に、伝統ある魔法学園に入学することが叶い、我ら新入生一同…」
(あぁー、スチルだ…)
目の前に、ゲームで見たスチル通りの光景が現れた。
後光が差しているような、光に包まれた王子を、ヒロインは頬を染めて見上げ…
『こんなキレイな方、見たことないわ』
…って、うっとりするのだ。
(ヒロインのうっとりした顔、ちょっと…見たい。だって、あの頃は…)
…私が『ヒロイン』だったのだ。
(今は『悪役令嬢』だというのに…正直、彼女と攻略対象者達との、スチル集めしたい気分が湧き上がってくる…)
想像は色々していたが、実際にゲームの光景を目の当たりにすると、思っていた以上に心が過去の想いに引きずられていく。
(まずいなぁ…)
振り返りたいけど振り返れる訳もなく、内心の葛藤を押し隠す。
王子様の婚約者として、高位令嬢としての笑顔を崩さず、私は壇上を見つめていた。
王子のスピーチが終ると、講堂が割れんばかりの拍手に包まれた。
女性のため息や高い声も、生徒会長以上だった。
戻って来た王子に、私とシリウスは声を掛ける。
「お疲れ様でした」
「良かったですよ」
「なんとか…ね」
王子は疲れたように、息を吐くと椅子に沈んだ。
後は、講堂から教室へ移動で、移動途中の廊下に『クラス分け』が貼り出されている筈だ。
2クラスあって、ゲームだと王子、シリウス、シャーロット、ジャック、ヒロインは同じ1組だった。
他の攻略対象者は2組で、途中で1組に留学生がやってくる。
(この移動でも、イベントがあるのよねぇ)
クラス分けの用紙を見ようとしたヒロインが、他の人に押され転んでしまう。
そこを通りがかった王子、シリウス、ジャック、の誰かが手を貸して立たせる。
(ここで助けたのが誰かによって、ルートが少し確定されるけど、まだ変更の余地はあったっけ?)
『大丈夫かい?』
ぶつかった鼻を押さえた、涙目のヒロインの前にパーッと光が広がる、という訳だ。
ベッタベタである。
でもそのベタが良かったんだよね…。
――そして現在。
来賓を意識してか、よそ行きの口調で、シリウスが恭しく王子に告げる。
「僕らは皆、1組だと聞いてます。他の生徒が廊下から引いた後に、行きましょう」
(えーーー!イベントやらないのっ!?)
内心で叫んでしまった私です…
…『何事も起こりませんように…』と願いつつ、『イベントは見たい!』。揺れる乙女ゴコロです。




