82.アラサー令嬢は守られている
前を行く王子とジャックの背を見ながら、私はシリウスと話を続けた。
「彼女に関しては、一度話し合いの席をもうけようと思ってる」
「そうですね…『精霊の審査』の後なら、近づいても不自然ではないでしょうし」
光の精霊の保持者なら、皆が話を聞きたがるし、王族が近づいても不思議はない。
(ただ、ゲームだと、ヒロインって妙に浮いてたんだよね)
確かに『精霊の審査』の後は、クラスメイトとか色々寄って来たけど、その結果としてお友達が出来たり、っていうのはなかった。
(平民出身って言っても、すでに男爵令嬢だし、光の精霊保持者ならそんなんぶっ飛ぶくらいの価値が…あ、そうか。どんな恩恵があるかまでは分からないかもね)
もともと稀少過ぎて、『光の精霊』持ちがどんな能力かなんて知識は、皆あやふやだろう。
そのあやふやな知識の中でも、ポピュラーなのは治癒能力だけど、戦場や、災害現場じゃなければ、その真価に気づけないかもしれない。
代わりと言っては何だけど、学園では攻略対象者が次々絡んでくるんで、ヒロインが一人でいる不自然さは気にならなかった。
『乙女ゲーム』ってそーゆーものだと思ってたし。
うーん…
「『精霊の審査』か…シャーロットは」
「受けません」
何気ないシリウスの問いかけに、即答した。
「だよね。僕も、殿下も受けないし」
シリウスはさらっと流した。
既にきちんと己の『守護精霊』を調べて、国にも提出されている新入生は、わざわざ『精霊の審査』を学園で受ける必要はない。
受けるのは、近くにきちんとした魔術師がいなかった、地方貴族の子弟が多い。
お抱えの魔術師がいるので知らなかったが、巷で魔術師を呼ぶと結構なお金を取られるらしい。
(特殊な専門職だし、当たり前かー)
学園の魔術師は王室保証付きだし、なんといっても無料だ。
己の精霊をきちんと調べたい、何らかの疑問があるので調べ直したい、あと己の精霊力の強さを誇示したい等もあるようだ。
精霊力の強さは貴族として誇れることなので、他へ見せつけておいても損はない。
「二人とも、いいの…?」
ゲームでは二人とも、お手本を示すように審査を受けて、その精霊力の大きさで皆に騒がれていた筈だ。
シリウスは不敵に笑った。
「王家の精霊力の強さは周知だし、ウチにしても今更だね」
まー精霊力で、王子や宰相の息子を侮る奴もいないだろう。
でもシャーロットは…
(色々言われるだろうなー)
精霊力が低いから審査を受けないんだとか、ろくに精霊力もないくせに王子の婚約者なんて、とか。
私は覚悟の上だけど、ゲーム・シャーロットはどうだったろう。
(あのシーンは確か、『光の精霊』の守護を認定され、周囲からどよめかれたヒロインに…)
『己の精霊を、自慢げに見せつけるなんて品がありませんわ!』
なんて言って、取り巻き令嬢達が『そうよ!』『なんて品のない!』『やはりお育ちが…』って、はやし立てた感じだったか。
(…あ、大事なこと気づいた)
今の私、取り巻きなんていない。
今更だが、女子の友達もいないのだ。
(ヒロインより、己の女友達を心配しないとダメな立場じゃない…)
…ふ、ふふふ、笑えるっつーか、泣きたい…。
まぁ、それは後の課題として、別に罵るつもりはないから、取り巻きなんていないでいいのか。
それとも『取り巻き』って、顔見知りじゃなくて、あの場でいきなり出来るもんなのだろうか?
王子の婚約者と仲良くなって来い、って家で言われた令嬢だっているだろうし。
(狙われてる可能性はあるから、周囲には本当に気をつけないと)
下手に巻き込まれての冤罪は、悪役令嬢として一番避けたいところだ。
黙ったままアレコレ考えていた私に、シリウスがぽつっとつぶやいた。
「…何を言われても、シャーロットの本当の力は、僕らが分かってるからね」
何気ない一言だった。
けど、一瞬泣きたくなった。
(本当なら、他を黙らせるくらい大きな精霊力を持っているのに、見せられなくて、見下されたシャーロット…)
…あぁ、あのゲームの中でも、シャーロットにこんなことを言ってくれる人がいれば…あんなことには、ならんかったんだろうなぁ。
分かってる。
王子とシリウスが『精霊の審査』を受けないのは、私が『闇の精霊』の守護持ちだと隠すため受けられないからだ。
普段の授業などは『土』の精霊持ちとしてふるまえるが、『審査』を誤魔化すのは難しいと、お父様からも言われている。
二人は一緒に審査を受けないことで、そんな私への風当たりを減らしてくれているのだ。
「ありがとう…」
小さくつぶやいたが、軽く頷く仕草で届いているのは分かった。
講堂が見えて来たところで、王子が立ち止まり振り返った。
手を差し出されて、私は端正な顔を見上げた。
「殿下?」
「婚約者をエスコートするのは、当たり前だよ」
「ですが、ここは『学園』ですし」
(一応)身分を問わない学びの場で、王太子とその婚約者の関係を見せつけるのはどうかと…
「最初くらい、いいでしょ?」
ねだるようにこちらを見る、王子の優しい表情の周りにエフェクトが掛かっているようである。
(うう、ゲーム画面じゃないのに、何でこんなにキラキラしてるんだろう…)
画面越しなら、遠慮なく胸を押さえたり、床を叩いたりして悶えていただろう。
「いいんじゃない? 殿下に婚約者がいるのを、知らない人間はいないだろうし」
シリウスが軽く同意する。
ジャックは顔に感情を表さなかったが、雰囲気から否定はしていないようだ。
彼らに促されるように、差し出された手を思わず取ってしまった。
だけど…
(シャーロットが、シリウスとジャックを従え、王子と手を取り合って講堂に入るって…)
シナリオ完全無視だ。
今までだって、シャーロットとして色々やらかしてきたけど、それはあくまでシナリオで語られていない部分だった。
ただ、今日からの行動は、ゲーム内でストーリーが決まっている。
大幅にゲームの設定から逸れてしまったら、どんな揺り返しが来るのか…
(その結果、何かが変わって、断罪回避に先回りできなくなったり…)
でも、『悪役令嬢が無理矢理王子にエスコートさせた』、と考えればシナリオ歪めてないかも?
いや、何をしても、結局強制力が働いて、最後は変わらないのでは…
それは…
それでも…
…
…
頭がショートしそうだ。
その時、取られた手がわずかに引かれた。
こちらを見る王子の目が、シャーロットに『大丈夫?』と尋ねている。
シャーロットの不安の真実を、彼は…彼らは知らない。
それでも、シャーロットが何かを恐れているのは、分かるのだろう。
…胸に小さな火が灯った気がした。
(確かなことなんて何もないなら、このつないだ手が唯一のリアルだね…)
「分かりました、参りましょう」
手を握り返し笑うと、王子がほっとしたように頷いた。
まるで舞踏会の会場へ入るように、王子のエスコートで私は歩き始めた。
…ちなみに、ゲームだと彼らが講堂に入るシーンはありませんでした。
『彼女はこれ以上美形男子はいらない』という身も蓋もないタイトルの連載を始めました。
周囲がスペシャルな中、平凡な転生少女が頑張ってる(叫んでる…)話です。
よろしければこちらもご覧ください。↓
https://ncode.syosetu.com/n9698hm/




