59.アラサー令嬢は説得する
説得してしまう…
「『騎士学校』を出た方は、ほぼ皆様『王宮騎士団』に入隊されると伺ったことがありますが…」
貴族の子弟はマストだったと思う。
『王宮騎士団』は、王都の護りや地方への遠征もするが、何よりも王宮と王族を守る『近衛』部隊でもある。
だから王族との親交は大事なんですよーと言いたかったんだが…
「いや、僕は『王宮騎士団』には入らないつもりだ……領地の騎士団に入ろうと思っている」
うーん、頑なだなー。
(よっぽど貴族か王宮か、もしかしたら王都が嫌いなのね)
もうほっとけばいいかな…。
(でも領地の騎士団は、いきなり領主の息子が入団してきたら困惑するんじゃないかなぁ)
ウイザーズ侯爵領にも騎士団はあるが、それこそ毎日が実践で、ある程度の実力を持っていないと入れないって、お父様から聞いたことがある。
盗賊や魔獣から領民を守る、歴戦の兵達だ。
災害時の対応や、時間のある時は農家の手伝いもしているそうで、見回りついでに私が頼み込んだハーブ類を集めてくれたらしい。
(花を摘んでる粗削りなおじ様方を想像して、とても和んだっけ…)
そんなベテランしかいないところには…でも、『領主の息子』は断れないかも。
何も知らない子供なら、『見習い』として、しっかりと上の人が教育出来るかも知れないけど、『騎士学校』を出た貴族のペーペーなんて…
(扱いに困るのが、想像できてしまう…)
通常、同じ立場の者の多い『王宮騎士団』で、みっちり実務を積む必要があるんであって…
(良くてお飾りで放置。最悪なのは無理して実害を出して、領主と領民の間がこじれることだなぁ)
うううーん…。
「あのぅ…騎士学校を卒業して、騎士様になる時に行うという、『騎士の誓い』をご存じですか?」
「あ、あぁ」
いきなりなんだ、と思っただろうなぁ。
騎士見習いは、騎士に叙任される時に、お城で『騎士の誓い』を行うことになっている。
(『騎士見習い』ルートの、エンディングはコレだった)
攻略対象のジャックは、『騎士学校』を出ていないので、騎士への叙任は『魔法学園』卒業後、王宮騎士団で1、2年修業した後の筈だった。
だが、それまでの鍛錬が認められたのと、何より『悪役令嬢シャーロット』の起こした『魔獣による王宮襲撃事件』での功を認められ、卒業後すぐに騎士に取り立てられる事になる。
(つまり、『諸悪の根源』の私を斬って沈めた功労賞……まぁ、それだけのことはあったよね(涙))
正式に騎士となり、金のモールの付いた白い騎士服を着た攻略対象が、誇らしげに、これまた白いドレスでアップにした髪に、白い花飾りをつけたヒロインを抱き上げるスチルがラストだった。
(『このまま結婚式なんじゃない?』と皆思ったし、私もそう思った)
それにしても…
その『騎士見習い』ルートを思い出すアレコレが続いている事に、心の信号が点滅してるのを感じる。
目の前の少年が赤毛だったら、とっくに逃げ出していると思う。
(違うよね…この子の髪は濃い紫だもんね。黒髪に近いもんね。攻略対象の髪はオレンジ寄りの明るい赤毛だもんね!こんなフワフワしてないもんね!)
顔立ちも全然違う。違うんだけど…
(この歳の子供の顔なんて、成長すれば結構変わるんだよね…)
こみあげる嫌な予感を振り払って、私は口を開いた。
「『騎士の誓い』は、国や王家に対する忠誠の他にも、礼節を守り誠実であれ、とか。弱き者を守り、民を守る盾になれ、と全員で唱和するそうです」
(あのシーンは本当に良かった…ドロドロの悪役令嬢断罪シーンの澱が洗われるようだった)
『誓い』の文言は、声優さん総出で唱えてくれたと聞いて、ゲームの『イベント回想』から何度も再生してうっとりしたものだ。
「…うん、聞いたことがある」
「素敵ですよね!」
素で力強く云った後、私は思わせぶりに目を伏せた。
「…私はこの通り、何の力もない弱い人間ですが」
はっとしたように、彼は私の少し乱れた髪と汚れた服のすそを見た――気がした。
私は胸の前で祈るように手を組んだ。
「騎士様に守っていただけると思うと、とても安心できるんです」
さあここが肝だ!と、顔を上げ、無邪気に、なるべく邪気の無いように見えるように微笑んだ。
「貴方は『騎士の誓い』をされた後、領地へとお帰りになるのですね。誓いを胸に、立派な騎士様になってくださいね」
『騎士の誓い』は、『王宮騎士団』の入団式のようなものだとあった。
騎士学校を卒業しただけでは、儀式に参加できない――と思う。
(頼み込めば可能なのかな? この辺は分からんけど、何らかの抑止力にはなるだろう)
「あぁ…うん」
笑顔に押されたのか、少年がかすかにうなづいた。
「…そうだな。騎士が守るのは、弱き者だ。身分なんて関係ない…」
つぶやきながら、己の右の手のひらを見つめている。
(あ、そっちが響いたか…まぁ、王様を守るのだけが騎士じゃないのは本当だし、いいか)
彼は、ゆっくりとこちらに向き直った。
どこかさっぱりとしたような笑顔は、とてもキレイだった。
(意外に美人顔? 成長したらシャープな美形になるんだろうな)
王子やシリウスと並んでも見劣りしないような……少し、胸がざわっとしたが、気力を集めて打ち消した。
「ありがとう、立派な騎士になれるよう頑張るよ」
「なれますよ、きっと!」
安請け合いしても問題ないだろう。子供だし!
…まー『彼』は、大方の予想通りの『彼』です。




