58.アラサー令嬢は弁解する
「あーあ…」
衝動的に髪をガシガシかき回したくなったが、その後自分でセットできる気はしない。
何とか思いとどまって、代わりに目に入った髪のひと房、今は黒色のソレをギュッと引っ張る。
後ろの花飾りが少しズレたかもしれないが、その位なら問題なかろう。
「『銀の君』か…」
呼び名の美しさと、実態の乖離に、またため息が出た――その時である。
「君、どうかしたの…?」
聞き覚えのない、男の子の声が聞こえた。
気配は感じられなかった。
あわてて声がした方に顔を向けると、自分の来た道から、見知らぬ男の子が歩いて来るのが見えた。
首を振り、なんでもありません…と言おうとしたが、相手は急ぎ足になって近づいて来た。
(え…?)
訝しむ間もなく、男の子は至近距離まで近づいて来た。
濃い紫色の柔らかそうな髪と同色の瞳が、いきなり目に入る。
「どうしたの!泣いてるじゃないか?!」
(速い!それにあんな場所から、こっちの顔が見えるもんなの!?)
ただただ驚いて声も出ないこちらをどう思ったのか、彼のシャープに整った顔に影が差した。
「何か嫌なことでも……いや、言わないでいいよ」
何か同情されてるな…と思ったが、今の自分の状況を思いはっとした。
(服を汚して一人お花畑で泣いている女の子…って、イジメられたみたいじゃん!)
「ち、違います! 私は、勝手にここに来て、転んでしまっただけで…!」
「こんな何もない場所で?」
言われて下を見れば、道はレンガで舗装されているし、花壇はキレイに整えられていて、石ころ一つ落ちてなかった。
「む、虫です! 虫に驚いたんです。本当に私、虫がダメで…」
「…無理しなくていいよ。大丈夫、誰にも言わないから」
掛け値なしの真実なのに、なだめる様に微笑まれて、誤解が解けていない事を悟った。
「服も髪も、少し乱れてるね。せっかくキレイにしてきただろうに…」
自分でやりました…とは言えない雰囲気になってしまった。
服や髪に目が行くのは、自分もパーティ参加者だからだろう。
この子も灰色のスーツを着ている。
(少し上くらいかな? シリウス達よりも背が高い)
「貴族なんて、上辺は着飾っていても中身は醜い連中ばかりだ」
(おぉ、過激なこと言うな!この子)
「少しでも自分たちと違うところを見つけては、攻撃してくる」
(お、穏やかじゃないわ~)
何があったんだろう? 少年は、眉を寄せ顔を歪ませ、憎々し気な様子だ。目つきもキツイ。
「君も服で何か言われたのかも知れないけど、気にすることはないんだよ」
そうか、服装が地味だからイジメられたと思ったのか!と納得する。
(これは、その辺のドレスより全然高い生地と仕上げ…って、男の子に分かるわけないか)
さっきの焦げ茶色の女の子は、気づいている様に見えた。
(結構、いいところの御令嬢だったのかも)
「とても良く似合ってる。僕はそういうスッキリした服の方が好きだ」
少年はこちらに向き直り、優しい表情で笑った。
(こっちの顔の方が、全然いいのに…)
「…あの、私もスッキリした服が好きなので、いつもこんな感じで仕立ててもらっております」
確かに今日はいつも以上に地味にしましたが、これが好みなんです。貧しいからではないんです、と伝えたかったんだが…
「うん…いいと思うよ。家の人も喜んでくれてると思うよ」
(…いえ、家の人は『もう少し、もう少し装飾をつけてもいいではありませんか…?!お嬢様ぁー』って、縋ってきます)
痛々し気な笑みに、伝わってないな…と思ったけど、まぁこの場限りの付き合いだと割り切ることにする。
ごまかしてしまおうと、適当に話を振る。
「私は気分を変えようと、こちらへ来ましたが、貴方は?」
「あぁ…うん。僕も気分転換だ。会場が騒がしくなってきたから…」
それは、王子様とシリウス効果ですね。
ある意味、私のせいなので、チクチク心が痛んで来たけど…この子も貴族の子だよねぇ。
しかもよく見ると、布地も上等だ。
(お家は、結構上位の貴族なんじゃ…王子に挨拶に行かないでいいんだろうか?)
同年代の貴族男子は、王子の側近に選ばれることを目指していると、お父様から聞いたことがある。挨拶は基本だ。
(お父様も、陛下のご学友だったもんね)
好む好まざるに関わらず義務だった……と、とても難しい顔をしていたが。
さっきの不穏な発言も気になったが、来たのが王子だったとは気づいていない可能性もあるし、一応聞いてみた。
「え…と、先ほど会場に、高貴な方がいらっしゃったと聞きましたが、ご挨拶されたのですか?」
「…いや…そういうのは、僕はいいんだ」
出世とか諦めているお家なのかな。
(でも『義務』なんだよね…)
多分、パーティの出席者の名簿を、主催者はもちろん、王子やシリウスは見ている筈。
出席しているのに挨拶に来なかったのが分かったら、すぐにどうとかはないと思うけど印象悪いよね。
「あの…」
「大丈夫、僕は騎士学校に行くから。殿下とはこの先も関わらない」
騎士学校! なら王子の側近になることはないか…それでも、将来見越して挨拶はした方がいいと思うけど!
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