57.アラサー令嬢は消沈する
正面の右方向。
本日の主役たちに近づく一団が目に入る。
パーティーの参加者も、徐々にそちらを気にしだしていた。
(…あれ?)
「…い、いらしたわ」
「えぇ…でも、待って。…もしかして、一緒におられるのは…」
彼女らが見ているのは…
というか、略式の礼装に身を包んだ、侯爵らしき男性にエスコートされている、黒髪と金髪の少年ズは…
「…シリウス様と一緒におられるのは、エメラルド王子殿下ではなくて…!?」
「うそぉぉーー!」
うそぉぉーー、私も心で叫ぶ。
(そうだよね…キレイで賢くて礼儀正しくて声のキレイな男の子なんて、そうはいないよね)
納得できたものの、体から力が抜けていく。
つまり、このお嬢様の『想い人』はシリウスだったわけで…
「本当だわ!シリウス様は殿下と仲がおよろしいもの!お忍びでいらしたのね」
「そ、そうね…」
興奮気味に話す金茶の子とは対照的に、焦茶の子は言葉も出ない様子だ。
(あーもしかして…こっちの子は)
「パティ! これはチャンスよ、ご挨拶しなくちゃ!」
「…でも」
「大丈夫よ。今日は、『銀の君』をエスコートしてないもん!」
――え”っ?
喉の奥が変に鳴った。
…『銀の君』? 『銀の君』って…もしかして。
「だから私にもチャンスなのよ! 『銀の君』がいると殿下だけでなく、シリウス様も取られてしまうもの!」
……グサッと言葉が刺さって、一瞬マジに脳内がフリーズした。
「マリアン!そんな風に言ってはいけないわ。ウイザーズ侯爵家のご令嬢は、殿下のご婚約者です。お側にいて当たり前の方なのですよ」
(やっぱり…私ですか。当然ですね…)
今ここに穴があったら入りたいと心から願った。
「…わかってるわ。でも、殿下の婚約者であっても、シリウス様のではないじゃない。なのに、シリウス様はあの方がいると、お側を離れないじゃない!」
(…それはですねー、私が少しでもポカやると、10倍にして噂にする爺とその一派がおりまして、それを王子様が気に病むと結果的にシリウスも困るからなのであって、決して仲良しアピールでシリウスの隣にいるわけでは…)
…とは、口が裂けても言えないし、何より、一人で完璧な社交ができない、自分の問題でもあるのだ。
「とにかく行きましょう、パティ!」
金茶の子が立ち上がった。焦茶の子もためらいがちに立ち上がり、思い出したようにこちらを見た。
「あの、私たちご挨拶に行きますが…」
「どうぞ、行ってらっしゃいませ!」
語尾にかぶせる様に、言葉を返す。
なるべく朗らかに。
「またお会いできましたら、お話ししてくださいませ」
これは本心だけど、もうこの髪色で会うことはないだろう。
「はい、こちらこそ」
礼儀正しく会釈して、二人は足早に立ち去った。
残された私は、テーブルに顔を埋めたかったけど我慢して、人の波が王子たちに集まるのを見送り、そっと席を立った。
「こんなことになってたなんてねー…」
部屋に戻る気にはなれなかったが、パーティー会場になっている部分からは離れ、美しい庭園をずかずか歩いた。
独り言をつぶやきながら。
「まずったわ~。好かれているとは思わなかったけど、まさか、嫌われてるなんて…ははは…」
(甘かった)
王子もハイスペックだけど、シリウスも女の子達から見れば同様に、ある意味、婚約者がまだいないからそれ以上に、『憧れの存在』だって知っていたのに…
(そのシリウスと、いつも一緒にいた自分が、どう映るかを考えていなかった)
王子の婚約者だから、王子と一緒にいるシリウスの側にいても当たり前だと思っていた。
『「銀の君」がいると殿下だけでなく、シリウス様も取られてしまう…』
あの言葉は、彼女だけじゃなく、あの二人を慕う貴族令嬢すべての言葉だ…
「遠巻きにされていた訳だわ…」
同性の友達がいなくて、常にイイ男の側にいる女なんて嫌われて当然だ。
常に男を侍らせ、異性にだけ愛想のよい女が前世でもいたが…
「それって、いわゆる『悪女』よね…」
背筋がぞくっとした。
予想外の方向から、『悪役令嬢』が近づいて来た気分だった。
美しい薔薇の花壇の前に来ていたが、テンションだだ下がりで、ただぼーっと眺めているだけだった。
考えれば考えるほど落ち込んできて、虫が飛んできたのにも気づかなかった。
あ、っと思った時にはもう目の前で…
「わっ!」
反射的に避けた拍子に転んでしまった。
「あぁぁ…」
ついてない、と思いながら立ち上がり、埃を払う。
幸い、色の濃いワンピースなので、汚れは目立たないだろう。
泣きっ面に蜂とはこのことか…と笑おうとしたが、逆に泣けてきた。
…社交界(子供)女子には、『銀の君』がいなければいい派が多いですが、憧れの存在(目の保養)として『銀の君』含む王子やシリウスを見ていたい派も結構います。お姉様の読書会のメンバーも大体こっちです。
(53話の『お茶会』その後)
「生『銀の君』でしたわ…」
「本当にアマレット様の妹姫でしたのね…」
「お姿もそうですが、お静かに微笑んでいらしたご様子も姉上様とは…」
「私、お声を始めて聞きましたわ…まるで鈴を転がすような、とはあのこと!」
「まぁ!『…の夜明けに』のヒロインのようですわ!」
「私は『…を共に』の聖女様のようだと思いましたわ…!」
「私も!」
「私も!」
キャーキャー!
…男子は、ひそかに『銀の君』を想う子は多いですが、本気っぽいのはシリウス(時に王子)が丁寧に排除してます。




