56.アラサー令嬢は期待する
明るい緑のお目めぱっちり、健康そうな薔薇色の頬をした美少女ズだ。
シャーロットも美少女なのは間違いないが…
「…ど、どうぞ」
同年代女子から声を掛けられるという、初めての経験にうわずってしまう残念系だ。
(な、情けない…)
胸中で嘆いてるこちらをよそに、二人は小さく会釈して、空いている椅子に腰をかけた。
それを待っていたように、ポットを持って現れたメイドさんが、二人にお茶を淹れて去っていった。
焦茶色の髪と、金茶色の髪。
髪に巻かれた、小さい花を散りばめた長いレースのリボンが肩にかかっているのが見えた。
(カワイイ~ 今度自分もやって…いや無理かな)
シャーロットの髪は、サラサラすぎてコシがない。
今日も両サイドの髪を少し取って、後ろで造花のコサージュで留め、他は全部そのまま流している。
髪油を付ければまとまるが、ベタベタするのであまり好きではない。
あと、髪の油は何か甘ーい匂いがして、虫が寄ってくる気がして……ガーデンパーティー等には、非常にいただけない。
(うーん、ハーブや柑橘系で香油というか、精油を作れないだろうか)
果物の精油は、基本的には搾ればいい筈だ。
他は水蒸気で蒸すんだったっけ…抽出装置は案外簡単な作りだった気がする。
アロマテラピーが流行った時はまだ学生だったが、癒しの香りに惹かれて、無料の講座にたびたび顔を出したことがある。
精油が高くて趣味としては手が出せなかったが、良い香りというだけでなく、色々と効用もあり話は面白かった。
――― 確か、虫よけの精油もあったはず…
「お一人ですか?」
話しかけられて、意識がはっと戻る。
「はい。遠縁のよしみを通じて、ご招待いただきました」
「私達もですのよ」
友好的な感じで言葉が通じたので、これで間違ってなかったとほっとする。
あらためて彼女らを見ると、瞳は同じ色だし、着ているドレスの感じもよく似ている。
「お二人はご姉妹ですか?」
「まぁ」
と、どちらかがつぶやき、二人とも嬉しそうに笑った。
「従姉妹なんです」
「同い年なので、よくドレスも合わせたりするのよ」
「素敵ですね!」
お世辞でなく心からの言葉だ。
お揃いのドレスとかって憧れる…
(実のお姉様がいるんですが…難しそうだわ。とても…)
「有難う。貴女のドレスもステキね。とても大人っぽいわ」
地味を『大人っぽい』と言ってくれるセンスに感謝する。
「有難うございます。お二人のドレスは、レースがとてもキレイですね」
二人のドレスは、袖やスカートのふくらんだオーソドックスな形のデイ・ドレスだが、フリルは抑え気味で、襟ぐりや袖に品の良いレースがふんだんに使われている。
(うん。これはお金かかってそう)
服は派手にフリルをたっぷりつけるより、さりげなく品良くする方が高くつく。
自分の好みがそっちだから、身に染みて知っている。
(はしたないとは思ったけど、デザイナーさんにいろいろ訊いてしまった)
自分があれこれ注文したドレスは、形はシンプルになったのに、お姉様のドレスより高価になった。
(まぁ、お姉様の購入されるドレスの枚数は、シャーロットとは比較になりませんが)
先日、とうとうお父様からお叱りがいったと、サリーに聞いた。
代金よりも、衣裳部屋の容量の問題らしいが。
(ひらひらのドレスは、かさばるからなぁ)
何でも、妹どころかお母様の場所まで侵食する勢いだったらしい。
そりゃ怒られるわ。
「ふふふ、私達大きなフリルはもう卒業しましたの」
胸を張るように自慢する様子が、とてもカワイイです。
「憧れの君もいることですしね」
「もうっ!」
揶揄うような声に、金茶髪の子が真っ赤になった。
(え、わ!恋バナ!?)
一気にテンションが上がった!
「まぁ! 憧れの方がいらっしゃいますの?」
「ち、違うの!とっても素敵な方だから、みんなが憧れているのよ!」
「そうなんですか」
私も、焦茶髪の子も、同じようにニコニコ笑っている。
二人とも『分かっています!』感があふれている。
「なるほど、素敵な方なんですね」
「えぇ!とてもキレイな方で、礼儀正しくて、賢くいらして、お声もすてきで…」
たどたどしく、それでいて一生懸命に良い所を言おうとする様子に、ますます笑みが深くなってしまう。
(シリウスや王子様との会話じゃ、この手のときめきはないもんね!)
「今日も来られていると思うのだけど…」
「会場内にいらっしゃるのですか?」
「えぇ…」
二人は、さりげなく辺りを見回している。
私もワクワクしてきた。
(見たいなー、同年配かな。キレイな男の子と言っても、王子やシリウスほどうじゃないと思うけど…)
身近にいるのがあの二人なので、自分の目は肥えているのだろうと思う。
比較できるような『普通』の男子を、全然知らないのだけど。
お茶会では常に遠巻きにされているので、女子だけでなく、同年配男子とも話したことがない。
(挨拶くらいは…いや、ないかも!?)
誰かの紹介を受ける時は、王子やシリウスが側にいて、挨拶を受けるのは常に彼らだった。
シャーロットはその傍らで、会釈していただけだった気がする。
(今更だけどちょっと、いや大分、過保護…?)
いや、それらに少しの窮屈さも感じなかった自分はどうよ…と、思わず遠い目になった。
(深窓の令嬢かよー…)
前世では12歳位の男子は、まだまだ子供だった。
だけど、王子様やシリウスは、とてもその枠に当てはまらない。
(あの二人は、すでに紳士だよね)
これが高位貴族の子弟だからなのか? 貴族なら皆『小さくても紳士』なのかが、分からなかった。
「あっ」
想い人が見つかったのかと、シャーロットも少女達の見ている方に視線を動かした。
…成人男性と『採算』の話ができても、同年代と『恋バナ』がしたいお嬢様。
…それでも、「深窓の令嬢でしょ」「深窓の令嬢だよね」と、何を云ってるんだと突っ込まれるお嬢様。




