55.アラサー令嬢は侵入する
テラス脇のドアから中に入ると、厳めしい顔の執事さんが迎えてくれた。
「サイラス、世話になるよ」
軽く声を掛けるシリウスに、サイラスさんと思わしき執事さんは、胸に手を当てめっちゃ丁寧に頭を下げた。
シリウスへ、と見せかけて、その斜め後ろにいる王子様向けでもあるのだろう。
「聞いていると思うけど、後ろの二人はあくまで僕のお友達だからね」
「伺っております。シリウス様、後ろの御二方もごゆるりとご滞在ください」
念を押すシリウス。
まぁ普通なら、こんな場所に通しちゃダメな相手だし、長々しい定型のご挨拶を尽くさないといけないのだけど、それは全部ナシの方向で!と言われているんだろう。
執事さんのこめかみに苦渋の汗が見える。
「僕らは侯爵に挨拶に行くから、シャ…シャーリィは控室で休んでて」
「はい」
また後で、と軽く手を振る王子に頭を軽く下げると、執事さんの後ろに控えていたメイドさんが進み出てきた。
「ご案内いたします。こちらへどうぞ、お嬢様」
「有難うございます」
茶味のある黒髪を後ろで丸くまとめた、大人っぽい感じのメイドさんに付いて行くと、通されたのは中くらいの応接室だった。
片側の壁は窓になっており、そこから外に出られそうだ。
奥に一人掛け×2つ+横長のソファセット。
案内されて、二つあるソファの奥の方に腰かけると、テーブルに載せられているポットからお茶を淹れてくれた。
こちらが一口飲み終わるのを待って、メイドさんが口を開いた。
「本日の会場であるメインガーデンは、こちらのテラスのすぐお近くとなっております」
メイドさんが窓を少し開けると、ガヤガヤした音、子供の声などが聞こえてきた。
「お客様はすでに、集まり始めております。お嬢様は、シリウス様方がお出になる少し前にあちらへお連れ致します」
私は頷いた。
シリウスは王子と一緒に、客の前に現れるのだろう。
(もしかしたら侯爵も一緒かな)
私はその前にふらっと客席に混じる。そうすれば誰かに何かを聞かれる前に、二人が登場。注目が大きく逸れるという想定だ。
「あの…」
「はい」
メイドさんを伺うと、感じの良い柔らかい声が返ってきたので、聞いてみた。
「シリウス様は、よくこちらへお出でになるのですか?」
「そうですね、三月に一度くらいでしょうか?」
それにしては慣れてるなーと思ったのが顔に出たのか、メイドさんは笑みを深くして言葉を続けた。
「幼い時、お家の方々がお忙しい時には、こちらへ滞在されることがありました」
それは親しい間柄だわ。
「当家にはお嬢様しかいないので、侯爵様はシリウス様と乗馬や剣の稽古などを楽しんでいらっしゃいましたね」
おぉー。
『こんな息子が欲しかった』というやつですね!
「奥様も、当家のお嬢様方が、もう少しお年が下ならシリウス様と縁組できたのに、と嘆いていらっしゃいました」
おおぉーーー。
言っちゃっていいの、それ?
(そういえば、この家の人、シャーロットが王子の婚約者だって知ってるのかな?)
知ってても知らなくても、シリウスや王子と一緒にいるってだけで、VIP扱いしてくれてそうだけど。
「こちらのお嬢様方というと、本日の…?」
「はい、先日ご婚約されたお嬢様と、上にもう一人お嬢様がいらっしゃいます」
ウイザーズ侯爵家と同じ構成だ。
「上のお嬢様は東方のコートニー辺境伯様とご結婚され、既にお子様もいらっしゃいます」
「では、こちらの侯爵家は…」
メイドさんはニコッと笑った。
「本日の主役のお二人が継ぐことになりました」
妹さんが継ぐんだ!
珍しいのか、よくあるのか判断が付かなかったが、お祝いには違いあるまい。
「おめでとうございます!」
跡取りが決まるのは、お家の大事だ。
よい縁組なんだろう。嬉しそうに微笑んだメイドさんは、優雅な仕草で体を折り曲げた。
「恐れ入ります」
ほどなくして現れた侍従さんが、メイドさんに耳打ちした。
「ご用意ができたようです」
メイドさんは、右手を前に出し、私をテラスの方へ誘導した。
開け放たれたガラスの引き戸から外へ出ると、人々の声がより大きく聞こえてきた。
導かれるまま、入り組んだ木のアーチをくぐると、そこはお茶会…というより、ガーデンパーティーの会場だった。
「こちらへどうぞ」
目立たない場所にあるテーブルへ案内される。
会場内が良く見渡せる席だ。
白い布と紺色の布が交互に掛けられた、オシャレなテーブルの中央には、小さな花を入れた器があり、お茶とお菓子、果物などの用意もあった。
「お席は決まっておりませんので、お好きなようにお楽しみいただければ幸いです。何かございましたら、周りにいる者にお申し付けください」
「有難うございました」
微笑み、一礼したメイドさんは、会場を囲む樹木の生垣の向こうへ消えた。
パーティのお仕事に戻るんだろう。
生垣の向こうには、慌ただしく行き交っている人の頭が見える。
忙しい時に悪かったなと思いつつ、辺りを見回す。
正面の少し離れた場所に、人だかりがあり、本日の主役二人が座っているのが分かった。
(大人と子供の数は半々くらいかな)
席の間を走り回るほどの幼い子供は少なかったが、声が大きいので目立っている。
メイドさんの淹れて行ってくれたお茶をすすっていると、目の前に影がかかった。
「こちらよろしいかしら?」
顔を上げると、同い年くらいの女の子が二人、テーブルの向こうに立っていた。
その頃、バックヤードでは…
『見た?見た?』『ものすっごいキレイなお嬢様!』『礼儀正しくて可愛いの!』『きっとあのお方がシリウス様の「想い人」よ~!』『どんなお嬢様にも興味を示さないから謎だったのよねー』『隠していらしたのよ!本気の純愛よー』キャアーー!!!
まとめ役のサイラス(青くなって王子に付いている)執事長がいないので、誰も止められません…




