54.アラサー令嬢は訪問する
『黒髪版シャーロット』の、社交界お試し舞台は、シリウスの親戚にあたる侯爵家になった。
お嬢様の婚約披露を兼ねたお茶会だそうだ。
「婚約相手の招待客も来るんで、知らない人がいても、そちらの客だと思ってくれる」
というのが理由だ。
シリウスはもともと出席予定だったが、王子をお忍びで連れて行くという話を通した。
もちろん、婚約に箔が付くので侯爵家は大喜びで承知したという。
お忍びなので外には洩らせないが、会場では王子様は客寄せパンダとなる。
人々の視線を集めてくれればくれるほど、シャーロットは目立たない…筈。
お母様には、『目立たないように、髪色を変えてお茶会に出たい』と伝えた。
もし後でバレた時に味方が欲しかったし、公爵家の令嬢で、王子の婚約者候補だったお母様なら分かってくれそうな気がしたのだ。
「…そうねぇ。たまには楽しみたいわよね」
と言って許してくれた後、お母様は「お父様には内緒よ」と微笑み、人差し指を口元に当てた。
上品で尚且つかわいキレイしぐさに、思わずぽーっとなる。
(…これを真似できれば、悪役令嬢を返上できそう)
今は無理だけど、あと10年たって自分が生き延びていれば、参考にさせてもらおう。
頑張って生き延びねば。
当日は、シリウスが馬車で迎えに来た。
ロイドやサリーに見送られながら乗ると、中には王子様がいた。
大体6人は座れる大きさなので、人数的には問題ない。
「殿下は、別に来るのかと思っていました」
「一応お忍びだからね。シリウスと一緒なら、まぁ大抵はごまかせるし」
城下の店に来る時も、こんな感じなんだろう。
王子の護衛の人は、馬で付いてきているし、御者台の人はシリウスの護衛だと聞いている。
世継ぎの王子と宰相の息子と考えれば、ガードが軽すぎる気もするが、王子もシリウスも精霊力が強いし、基本平和な国の王都だからこれくらいで済むんだろう。
「今から伺うマードック侯爵は父方の親戚で、主役のクリスティン嬢は次女。婚約者になるコナー伯爵の令息は、王宮での父上の部下なんだ」
確認のように、向かいに座ったシリウスが説明する。
「クリスティン様は魔法学園在学中なのですよね? お相手はすでに働いておられるのですね」
「うん。4つ年上だったかな」
それくらいなら十分許容範囲だろう。
「今日のシャーロットは、母上の縁戚のシャーリィ・バルマン子爵令嬢。普段は領地で、今王都に遊びに来てるって言っておくから、もし誰かに話しかけられたら、そんな感じで誤魔化しといて」
「もし詳しく聞かれたらどうしましょう…」
「適当で大丈夫、バルマン姓はあちこちにいるから」
隣に座る王子が請け合った。
「そうなんですか?」
「うん、王宮にも僕が知っているだけで3人いる。親子兄弟省いてだよ」
多いよ…ね。
何でも前回の戦争(300年以上前)の時、功績があった一族の姓で、その際爵位を大盤振る舞いされたらしい。
「領地のことをあれこれ子供に聞く大人もいないし、子供はなおさらだね」
「ほっとしました」
胸をなでおろした。
今日のシャーロットの服装は、控えめな訪問着。
幾ら地味でも、侯爵家の仕立てだからそれなりにイイお値段だと思うが、主役や、その周囲にいる華やかなお嬢様方と比較すれば、全く目立たないと思われる。
「もうすぐ着くよ」
30分くらい走っていた馬車は、心なしかスピードを落としていた。
「ドキドキしてきました」
「そろそろ髪色変えた方がいいね」
私は頷き、目を閉じる様にして、守護精霊に『髪色を黒にしてください』とお願いした。
一瞬にして、肩から流れる私の銀色の髪は、黒色に替わった。
「おー」
シリウスが目を見開いて軽く手を叩いた。
「何度見ても新鮮だよね」
自分が変える時は見えないから余計ねと、王子が笑った。
私も髪をひと房手に取って、まじまじと見る。
(本当に便利だなぁ)
前世では、髪を染めるのも戻すのも一苦労だった。
(ムラなく一瞬でキレイに染まる…使える魔法がこれだけでも、ひと財産築ける気がする)
軽い妄想に浸っている間に、馬車はおもむろに止まった。
「それでは参りましょうか、お二人とも」
「一緒に降りても平気?」
「うん。ここは正面の門から離れてるし、柵の空いた場所から敷地内へ入れるんだ」
シリウスが先に降り、手を貸してくれた。
馬車から降りて周りを見回せば、草木で巡らされた柵の一部分が開いていた。
「不用心では?」
大丈夫、とつぶやいてシリウスがパチッと片目をつぶった。
「普段はちゃんと塞がってるし、この柵には魔法で侵入者を弾く仕掛けがされている」
ウチの敷地の周りや、王城にも似たような仕掛けがあるんだろうな。
表の門からしか移動したことないから知らないけど。
(あ、王城に張り巡らされた結界魔法破ったわ……召喚した魔物で)
高らかな嬌声。艶やかな黒いドレスを彩る銀色の髪が脳裏に蘇る。
逆恨みとはいえ、復讐の快感に酔っている、怜悧な美貌の侯爵令嬢。
(思えば、ゲーム中ずーーーっと不遇だった彼女の、あれが頂点だったんだなぁ…)
あれはあれで楽しそうだったけど、今世ではしみじみやりたくない。
逆恨みをするほど、誰かを恨みたくもないけれど…
馬車から降りてきた王子の髪が、キラキラ光っている。
シリウスの黒く艶めく髪も目に入った。
(彼らを奪われたら…つらいだろうな)
胸がチクリと痛んだが、それは今考えることじゃないだろう。
こちらを見て微笑む二人に頷いて、シャーロットはゆっくりと歩き始めた。
…ちなみに王子様が馬車を降りる際も、シリウスが手を貸してます。
(本来なら女性だけですが、まだ背が足らないので)
※『断罪されても王太子が変わるだけですが、何か?』の流れだと思いますが、ブクマ登録、評価ポイント、本当に有難うございます!
不定期更新で申し訳ありませんが、読んでいただければ嬉しいです(^^)/
『断罪されても王太子が変わるだけですが、何か?』完結済
https://ncode.syosetu.com/n4165gx/




