50.アラサー令嬢は運営する
運営=マネージメント
ノックの音がして、この店で働くウェイトレスさんが、新しいお茶と焼き菓子を持って来た。
ワゴンをテーブル近くまで押してきて、優雅に一礼をして下がる。
サーブするのはサリーだ。
「入った時に見た男性用のもだけど、このお店の制服素敵だね」
去っていったウェイトレスさんを見ていたシリウスが、興味深そうにつぶやいた。
「うふふふ、有難うございます。私と屋敷の皆の自信作です!」
ねっ!とサリーを見ると、サリーも嬉しそうに頬を染めている。
「お屋敷勤めの者と違って、お店の従業員には『お仕着せ』がないとのことですが、お隣のパン屋と同じ店なのが分かるように、統一した服を作ってみました」
「うん。分かりやすいね」
「とてもかわいいと思うよ」
ひらひらのエプロンリボンに癒されたのか、王子も少し気を取り直したようだ。
(フリルのついたエプロンと、長めのリボンがひらひらしてかわいいよね~)
そのエプロンには、三日月っぽいマークとお店の名前の刺繍も入っている。
貴族邸の侍女服とは布地も縫製も違うが、その分デザインは趣味に走った。
(お屋敷の服もかわいいんだけど、首はしっかり絞めてるし、スカートも足首が見えるくらいの長さだ)
お店のお仕着せは襟を大きめにしフリルを付け、首にゆとりを入れた。
(スカートの丈もひざ下で動きやすいように、まぁこの辺は他の店の女性を参考にしたんだけど…)
試作品を屋敷で作って、後はサイモンに任せて町の工房で作ってもらった。
この服は工房の女性達にも好評だったが、このお店で店員を見た人達からも問い合わせが入ってきた。
『どうしましょうか?』
『そうねぇ…エプロンだけならいいでしょう。マークと店名はもちろん抜いてね』
『分かりました。今回の場合、デザイン料が発生しますが…?』
まともに取れば高額になる、とサイモンが匂わせた。
(そうだよね、デザイナーさんのお仕事を軽く見ちゃダメだ…ただ)
『この先、あの形に色々アレンジしたものが出回ると思うのよね』
服や、ましてやエプロンの飾りは、素人でも簡単に手を加えることができる。
(だからこそ、屋敷のみんなと作れたわけだし)
『そういったものすべてに、料金を取るわけにもいかないし』
『…お望みなら、できなくはありませんが』
ぼそっと言われて、やり方は色々あるんだろうなーと遠い目になる。
ただそれには、余計な労力や軋轢がかかるだろう。
『そこまで望まないわ。工房で作るものにだけ、サイモンが適当と思うくらいのデザイン料でお願いします』
『かしこまりました』
パンより先に、お仕着せに利権(少し)が出来てしまったが、パンにも、もちろん問い合わせは殺到している。
現在、料理長とサイモンが面接で選んだ本気のパン職人さんを、契約書を交わした上で、『結び目パン』の工法を学んでもらっているところだ。
あとひと月もすれば、この街と港の方に『結び目パン』を売る店が1つづつ増える予定だ。
(地方にも広げたいよね。まずウイザーズ侯爵領地で出店かな)
理想は、この国のどこにいても食べられることと…
(できれば外国にも…『悪役令嬢シャーロット』が追放されたのって、隣国ってだけで国名出てなかったんだよね)
いざという時には、工法を書き留めて持ち出すつもりだ。
(着の身着のままで放り出される前に、逃げる準備はしておかなきゃ)
王子ともシリウスとも上手くやっていると思うし、自分にかなり甘い王様がそこまでするかとは思うけど、まだヒロインが出てきていない。
今自分がいるのは、これだけあのゲームの設定で満ちている世界なのだ。
ヒロインが出てこなかったり、ゲームの強制力が何も発揮されないとは、残念ながら思いづらかった。
「服もそうだけど、このお店で働いている人って、普通に貴族の屋敷で働いていそうだよね」
「あ、僕もそう思った。皆侯爵邸の人?」
私は軽く首を振った。
「忙しい時は家からも出しますが、殆どがこのお店のために雇い入れました」
さすがに侯爵邸だけでは、人員不足だ。
ただ、ここの店員さんには、お茶をきちんと淹れられる事が条件なので、結局貴族邸御用達の斡旋所に頼むことになった。
(守秘義務とかもバッチリあるし、多少経費かかってもその方が安心なのよね)
「見習いとして、侯爵邸でしっかり訓練してから勤めてもらいましたので、私も違和感ないです」
「なるほどね」
王城はもちろん公爵邸なんかは、平民だけでなく、下級貴族の子弟が侍女侍従として入っていることもある。
(だから王様が…いやダメ!忘れた方がいい!)
頭に浮かんだ、第二王子様の誕生秘話をあわてて打ち消した。
あの話を聞いてから、王妃様への見方が変わったが、あちらは相変わらずである。
そろそろ王妃教育を受けに、お城に通わないといけないのだが…
『妃殿下には、急な来客が…』
『妃殿下は、最近お加減が少し…』
など理由がある場合もあるのだが、何の理由もなく中止になったりしていた。
今の王妃様は学園在学中に決まり、それから王妃教育をしたことになっている(実際はその前から色々あったみたいだけど)。
『だから、そんなに焦る必要もない』
――というのが『シャーロット排斥派』にとっても、王妃やその周囲を信用できない『ウイザーズ侯爵家』にとっても、『商品開発や経営で時間が足りない』シャーロット本人にとっても都合のいい話なので、なし崩しになくなっている。
同情はするが、嫌われている王妃様と顔を合わせず済むし、
無駄になる可能性の高い王妃教育を省略できるし、
何より、登城する為のドレスやら化粧やらの時間(相手が王妃なら手抜きは許されない!)が本当に無駄だと思うので…
色々、
(助かった…)
としみじみ思っている。
ブクマ、評価有難うございます(´▽`)!




