49.アラサー令嬢は増築する
更新が不定期になり、申し訳ありません<(_ _;)>
最初、どうしてもパンが売り切れになってしまうので、お詫びのつもりでクッキーを2、3枚配っていたが、そのうちこのクッキーも売ってくれという声が多くなってきた。
クッキーは、日持ちもよく量産がきくので、売り物にするのは構わないが…
「いささか、手狭ですね」
「そうよね」
元々『結び目パン』一種のみ販売の予定だったので、店舗の大部分は厨房にしてしまった。
クッキーを売るなら常に2、3種は並べたい。
それとも日替わりにした方がいいだろうか?
「お嬢様、いっそお隣も借りませんか?」
「お隣は、確か、民家だったのじゃなくて?」
開店前に、うるさくなるかもしれませんと謝りに行くと、ほぼ寝に帰るだけだからいいとの返事だったと聞いた。
店舗の閉店は5時で、パンが無くなればもっと早く閉める。
全く問題ないだろうと思っていたが。
「よく聞いてみたら、日当たりも悪いし老朽化していて、売りに出しても売れないという状態だったらしいです」
「…日当たりが悪いのは、構わないけど」
物を売るなら、むしろその方がいいけど…衛生的かつ清潔感は大事だ。
「改築費用が、かかりそうね」
「はい、根本的な改築が必要なようです」
今まで売れなかったと言うなら、そういうことだろう。
(結び目パンの売れ行きは上々だけど、単価が安いから儲けはまだそんなに出ていない)
これ以上お父様の懐から持ち出すのはちょっと…等と考えていると、サイモンはズズっと身を乗り出して来た。
「そこで、いっそお隣はティールームにして、お茶とクッキーを出してはどうでしょう?」
「ティールーム?」
いきなり出てきた単語に、己の目が丸くなるのが分かる。
「パンの売れ行きは好調ですが、単価はそれほど高くはないので利益率は低いです」
考えていたことと同じことをサイモンは言った。
「焼き菓子も、それほど高く設定はできないでしょう」
そうなのよねー。『薄利多売』は効率が悪いのだ。
「ですが、お茶ならそれなりの値段で出せます」
あ…
「むしろ、お茶をメインにして、クッキーも販売するということではいかがでしょうか?」
「…それいいかも」
思わずつぶやくと、サイモンは満面の笑みを浮かべた。
「これから売り出す侯爵領の香草茶も、市場へ出すほどにはまだ揃ってませんが、ティールームで出す分には何ら問題はございません」
おぉ!
「城下の人間の反応を試せるなら、侯爵家の事業の一つとして十二分に有効です」
領地の皆には好評だったけど、都会?では分からないよね。
消費者の反応を見るのは、商売をする上で、大事なマーケティングだ。
「サイモン、その案で進めてください」
「はは!」
「クッキーも月替わりにして、お客様を飽きさせないようにしましょう」
「ははー!」
飽きさせないようにして、リピーターを増やす。
(私なら月ごとに新しい味になるなら、毎月通うもんね!)
あと他にも、侯爵領の名産でお菓子に出来るものを考えてみよう。
(よし!アンテナショップだ)
さすがに野菜とかをそのまま売るのは難しいだろうけど、何かあればいいなー等とぼんやり思った。
「それで、このところ忙しくしてたんだ」
シリウス(お金のある庶民バージョン)は、つぶやきながらクルミを混ぜたクッキーを手に取って眺めている。
クルミは栄養もあるし、結構あちこちで採れる。
領内の子供の小遣い稼ぎになってるらしい。
この1~2カ月、お店や新しい味の追及に夢中になりすぎて、茶会もぶっちしまくってしまった。
また悪い評判でも、立てられているかもしれない。
「ごめんなさい、二人とも。心配かけて」
「いや、こうして僕らを招待できるようになるまで、大変だったのは分かるよ」
王子様(商人のお坊ちゃまバージョン)は、優雅にティーカップを持ち上げた。
ひと月前にオープンした、ティールームの特別室である。
私が味見をしたり、サイモンとの打ち合わせその他に使っている。
「えぇ。ようやく落ち着きました…」
私も、お茶を一口飲んでふーっと息を吐く。
「街で評判になってるよ。密かに貴族も通ってるっていう噂もある」
「シリウス、どこで聞いてくるの…」
思えば、通りから外れているこの場所でよかった。
通りの喧騒は届かないし、隠れ家的にもなっている。
夜は少し物騒かもしれないけど、6時にはお店もティールームも撤収するので問題ない。
「私も貴族らしき人が来ていると報告で聞いています。お忍びって感じなんで、平民と同席でも、無理はおっしゃらないようです」
もちろんテーブルは別だが、貴族の中には、同じ部屋で平民とお茶を飲むのに抵抗がある人々が普通にいる。
「わざわざ下町に来て、騒ぎを起こしたなんて、醜聞だからね」
「なんかあったらその辺りを突ついて、それでも迷惑をかけるような奴がいたら教えてね、シャーロット」
名前が分からなければ、特徴だけでもいいから…と、シリウスは明るく笑っているが、目が怖い。
(いや、このお店に迷惑かけるような奴がどうなろうとノープロブレムか)
私はしっかり頷いた。
「何か出てきたら、頼みますね…あ、その前にお姉様か」
思わず口をついて出てしまった単語に、シリウスと王子様までがビクッと反応する。
「え、アマレット嬢が何か?」
(王子はお姉様の『運命の人』から外れていたハズだけど…)
妹とは逆にお茶会に行きまくってるし、どっかで王子とバッティングしたのかも知れない。
(まーその辺は後で聞くとして…)
私はゆるい笑みを浮かべ、重たい息を吐くように口を開いた。
「今、侯爵邸では、『下町の謎のティールーム』をお姉様に知られないように、屋敷の皆が一体になって防波堤を築いてます」
察しのいいシリウスが、「あぁ…」と、私に負けず劣らず重いため息をついた。
「お姉様がおっしゃるには、『下町の謎のティールーム』には、身分を隠した見目麗しい殿方との、出逢いが待っているそうです」
王子が「うっ…」と胸に手を当てた。
「どこから聞いていらっしゃったのかは、存じませんが…」
「…シャーロット、僕が知る限りそんな噂は出ていないよ」
シリウスが知らないなら、そんな噂はないのだろう。やっぱり。
「おそらく、それは彼女が、『ティールーム』と『下町』と『謎』をつなぎ合わせて、独自の解釈を付け加えたのでは…」
シリウスも分かって来たなぁ…眉間のしわが痛々しい。
「えぇ、私たちもお姉様の『豊かな創造力』は知っておりますので、薄々そんな事ではないかと…」
壁に控えているサリーが、うんうん頷いているのが見える。
それにしても王子の顔色が悪い。
(本当に何かあったんだなぁ)
私は心の中で手を合わせた。
…一応自分の婚約者なんだが、割と他人事なシャーロットさん。
アマレットお姉様に関しては、屋敷の人間は全て、ある種の諦観ができています。




