48.壮年商人は仲介中
…サイモンというより、侯爵邸の従業員話になっております。
小売店経営(侯爵家の名は出さず、所有者欄はサイモンが署名している)は、シャーロットの指示のもと始まった。
まず、正式オープンの前日、店の前で子供たちを集め、チープだけどカワイく包んだ『結び目パン』の欠片を配った。
その場でパンを食べた子供たちは、大騒ぎをしながら家に帰ったという。
また、同じ日、商業組合など、町の権力者向けには、試食会をやった。
新規の『菓子屋』(…ということになった)の試食会なんて、と思われたのか、入りはまぁまぁだったが、試食後、一部の我慢の効かない客が『もっとないのか!?今すぐ売ってくれ!』と叫び、暴れる一幕があった。
お土産を渡したのに、それも自分で食べてしまったらしい。
報告を受けたシャーロットは呆れたように、
「子供より、こらえ性がないのね」
とつぶやいた。
その他の客も、明日の開店時間を聞いて、念入りに名を名乗り、『自分はこんなに食べたいんだ』をアピールして帰ったとのこと。
「予想してましたけど、明日は大変そうですねー」
「初日から三日は、屋敷の人間にも手伝ってもらえるよう手筈は整っている。準備は万端だ」
普段は厨房に二人、店頭に二人体制だが(すべて侯爵邸関係者)、様子を見て(シャーロットor執事長の判断で)お屋敷からの増員も可能にした。
「あー、お嬢様から伝言が…」
思い出したように、手をポンっと叩くリック。
「何だ!」
『お嬢様』の単語に、秒で反応するサイモン。
「列の横入りには気を付けて、だそうです」
(列の横入りが、一番むかつくのよね…)
ここは、ガチで身分制のある世界だ。
下町に住むのは皆平民とはいえ、金を持っている連中には、特権階級意識がしっかりある。
シャーロットのアラサー部分が、警告をガンガン鳴らしていた。
「お嬢様は、誰であろうと並んだ順番に売ることが大事、とおっしゃってました!」
「おぉ、さすがはお嬢様…」
主の慈悲深さに感動したサイモンだったが、すぐに真顔になった。
「…確かに。目に見えるようだな。大手の商館の連中が、子供たちを押しのける姿が…」
「ですねー…」
リックも珍しく顔をしかめていた。
「どうします? 執事長に連絡して、侍従さんを2、3人借りて来ましょうか?」
侯爵邸の使用人は、基本的には外見が(貴族向きに)整っている者が多い。
細く見える体は、力仕事に向いていないと思われがちだが、いざという時は屋敷を守り、侯爵家の人間を守るという大命題があるので、腕っぷしに自信のある者も多い。
「そうだな…いや、待ってくれ。少しアテがある」
サイモンは外出したが、その日の夕方前には戻って、開店の準備を進めた。
初日の朝、ずらっと並んだ人の列を、向かいの家(借りました)の窓から見たシャーロットは、サイモンに告げた。
「今日は一人3個まで。朝、11時、3時、で3回焼くことを、何かに書いて皆に知らせてください」
「かしこまりました!」
「あら? あの人たちは…」
店の周りに、ガタイの良い男たちが何人か立っている事に、シャーロットは気が付いた。
さりげなくはあるのだが、洒落た菓子屋の外観や、そこに集まる人間達と比べると、違和感がある。
シャーロットの疑問に気付いたサイモンは、胸を張って応えた。
「昨日、港湾関係の部下に声を掛けました。喜んで列を見張っていてくれるそうです!」
(ガチの海の男ですかー…!)
シャーロットの紫水晶の瞳が、驚きで大きく開かれた。
日に焼けた肌、潮風に洗われ、焼けて色素の抜けた髪はキラキラ光を弾いている。
いつもは袖のある服など着ないのか、シャツに覆われた腕は(ついでに胸も)ピッチピチである。
後ろに控えているサリーと、他のメイド達の目もキラッと光った。ちなみに彼女達はお店の手伝い要員でもある。
陸に上がった海の男達は、目に見えて皆たくましかった。
無作法な人間をつまみ出すのは、侯爵邸の腕自慢にも出来るが、そもそも犯罪を未然に防ぐには、最初から抵抗を諦めさせるような見た目が大事である。
シャーロットは、右手をぎゅっと握った。
知っている者が見れば、控えめなガッツポーズである。
「サイモン、さすがです! 列を捌くのに、彼らほどの人材はないでしょう!」
「有難うございますっ! 必ずやお嬢様のご期待にお応えしてみせます!」
感激に打ち震えるサイモン。その様子を、以前のやや高慢な彼を知るメイドたちが、ぬるい微笑みで見ていた。
後にシャーロットが、海の男達に労いの言葉を掛けに赴いた際、同行した彼女たちのうち(筋肉に魅入られた)何人かが、真面目な交際を始めたのは、新事業の思わぬ産物であった。
「ほとんどが、結婚しても屋敷に残るって聞いたけど…」
「はい。彼女らの相手は、一年の三分の二は海の上だそうで、お屋敷で働くのに何の支障もないとのことです」
サリーが、ハキハキと答えた。
そっかー何の支障もないのかー…少し遠い目になるシャーロットである。
(『亭主元気で留守がいい!』ってこういう事なんだー)
生前伝え聞いた標語が、脳裏を駆け巡っている。
「皆子供が出来るまで、いえ出来れば子供が出来ても、侯爵邸で働きたいそうです」
「まぁ…」
託児所もアリかしら…と思うシャーロットの横で、最初の一週間の売上計算書を持参してきたサイモンが、うんうん頷いていた。
「侯爵邸で働く者は、皆労働意欲が高いです。それもこれも、侯爵様やお嬢様のご威光の賜物ですね!」
「そ、それはちょっと…」
「…それはそうですね」
シャーロットは思わず否定しかけたが、サリーに肯定され、目を丸くして己の侍女を見上げた。
「侯爵邸は他の屋敷と比べて高給だし、何より食事がいいと評判になっているそうです」
貴族の屋敷の界隈には、働く方にも雇うに方も、それなりのネットワークが存在する。
その中で『ウイザーズ侯爵邸』が、現在トップクラスだというのは、以前シャーロットも聞いたことがあった。
――確かに給与は『侯爵』の領分だし、食事は主にシャーロットのせいである。
「ですから、サイモンさんの言っていることは間違いではありません」
きっぱり告げる侍女と、誇らしそうに頷く商業担当。
シャーロットは、『想定していた状況と少し違うなぁ』と思いつつも、文句を付けるような状況ではないことは分かっている。
シャーロットはサリーを見て、サイモンを見た。
「…二人も、お父様や私を支えていてね」
この先どうなっても…の、多少暗い想いをこめてしまったが、
「「勿論です、お嬢様!」」
勢いのハモった返しに、引きつつも、幸せになってしまうのだった。
いつも読んでいただいて有難うございます!
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