45.アラサー令嬢は算段する
「お父様、有難うございます」
出店が現実化しそうだとの実感がようやくわいてきて、頭を下げながら背中に冷や汗が出てきた。
「最初はご迷惑をおかけしてしまいますが、なるべく早く利益を出せるように、頑張ります!」
(まず初期費用として土地、店、設備…あと従業員の確保と給料なんかもー!)
「そのことだが、シャーロット」
「はい、お父様」
「お前が指示して、領地で作った香草の茶だが…」
「はい。試作に入ったという報せは聞いております」
「領内で好評だったので、近くにある港町に卸したところ、すべて売り切れた」
(おぉ!やったね)
「これから量産体制に入るが、今までに出た利益は、作らせた農場の凡そ1年分に相当している」
「は…?」
思わず素の声が出た。
「…い、1年分って、こ、小麦とお試しの香草では採った量が全く…違いましたよね」
「お嬢様、お茶と言うのは単価が高いのですよ」
見かねたのか、ロイドがそっと口を挟んだ。
「その通りだ。また、高くしないと侮られて、却って売れぬ」
(うぁー…)
アレら、ほとんど、元は雑草としてその辺に放置されていた草ですよ!
「量が少なかったのが却って幸いし、貴重品だと思われたか値が吊り上がった」
次回からはこうはいかないだろうが…と、お父様は手にした書類を眺めた。
「それなりに、毎年の益は増えていくだろう。だから、シャーロット。ウイザーズ侯爵家は、別に王家に阿る必要はないし、お前が、ちょっとやそっと『おねだり』をしたところで屋台骨は揺らがないよ」
パン屋一軒分というのは『ちょっとやそっと』ではない気もするけど…
とりあえず金銭面を細かく気にしないでも良さそうで、ほっとする。
(いやもちろん、あのパンが普及すべくがんばるよ!)
「分かりました、お父様。失礼を言って申し訳ございません」
お父様は首を振った。
「家の心配をしてくれるのは嬉しいよ。まぁ、茶葉で出た利益は、お前の嫁入りの際に、盛大に使おうと思ったんだがな」
想定外の所から突き刺さる話に、思わず固まる。
「そ、それはその、申し訳ないことを…」
「なに、通常の支度には全く問題ない。安心してなさい」
お父様は優しく笑う。
(盛大って…何をするつもりだったんだ…)
己の笑顔が、引きつってないか怖い。
「誂えるのに時間のかかるものは、すでに手配しているしな」
「真珠なども色形、最高のものを集めさせております」
安心させるようにロイドが囁いたが、私は動悸が止まらない。
「お前の花嫁衣裳姿は、さぞ美しいだろうな…」
「お天気がよろしければ、私共もバルコニーからのお姿を、拝見することが出来ましょうか…」
二人の感慨深げなつぶやきが、どこか遠い場所から聞こえてくるようだった。
ドア近くで立っているサリーも、夢見るような様子で両手を組んで空を見てる。
…良心の呵責で倒れなかった自分を、褒めてあげたい。
日本だと結婚する際の『結納金』って、男性側が用意するんだけど、西欧だと『持参金』って言って、女性側が用意するんだよね。
(それも割と大金…貧しい女性は、お嫁に行けなかったらしい)
まー現代も王侯貴族や、一部では行われてるらしいけど、庶民としては無くなっていい風習だ。
中世ヨーロッパベースの『フィアリーア』だと、やっぱり花嫁側が持参金を持って嫁ぐんだろうと想像できるけど…どのくらいだろう。
(モナコの王室に嫁いだ、女優のグレース・ケリーの持参金が7億円だったっけ…)
あんな凄い美女で、映画スターの絶頂期だったと聞いて、もらう方がお金を出すべきでは?と思った記憶がある。
王室の懐事情とか、花嫁側の実家がお金持ちだったとかがあったらしいが。
(それにしても7億円…年末ジャンボじゃないんだから…)
貴族令嬢として7年過ごした今でも、自分の金銭感覚は庶民のままだ。
財布どころか、こちらのコイン一枚触ったことがないから、当たり前か。
(そんな人間が、『お店屋さん』を経営できるんだろうか?)
王子は自分と似たようなもんだろうし…シリウスやロイドさんと要相談だな。
(もし、私が王室に嫁がなかったら、そのお金や真珠やらはどこへ行くんだろう)
少し、考えてその辺は全く問題ないことに気づく。
お金が手元から離れないことは、良いことだし…
(花嫁道具なんて、幾らあってもアマレット姉様が全部持って行くよね!)
妹のお下がりなどと言うことは物ともせず、嬉々として真珠のドレスを身に纏ってくれるだろう。
(そういえば、この家は姉様が継ぐことになる筈)
娘二人しかいないし。
隠し子とかいないっぽいし。
(だったら、姉様の婿になる人が、持参金を持ってきたりするんだろうか?)
それとも、同等の貴族の場合は関係ないのか…いずれにせよ、姉様の持参金は必要ないだろう。
ただ、もし、自分が断罪されて修道院コースになると…
(修道院への持参金になったりして)
ははは…全く笑えない想像だけど、持参金の額で修道院内での扱いは違うと、あっちで読んだ本に出ていた。
おそらくその法則は、こっちの世界にも当てはまるだろう。
今自分が横たわる、侯爵令嬢にふさわしい豪華なベッド。前世と比べても柔らかい、ふわふわした布団。
そんなものに慣れ切ってしまった自分が、教会の質素で固いベッド(予想)に耐えられるだろうか…?
「…がんばって、お金稼ごう」
思わず口に出して決意しました。
『持参金』はケースバイケースですね。
臣下から王家に嫁ぐ場合は絶対で、貴族同士はお互いの立場やらお相手の××やらで、変わってくる感じです。




