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悪役令嬢はざまぁを夢見る  作者: チョコころね


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42/95

40.熟年執事は考慮中

思ったより長くなってしまい、更新遅れてしまいました。何はともあれ、今年もよろしくお願いします<(_ _)>


 書状を幾つかお預かりして、旦那様のお部屋を後にしました。

 角を曲がるたび、磨き残しがないか、廊下を見渡します。


(大丈夫なようですね)


 皆、真面目に勤めているようで何よりです。


 私、ロイド・ミラーは、先々代のウイザーズ侯がまだご存命の頃に、こちらのお屋敷に『見習い』として入りました。

 当時の執事長はすでにご高齢でしたが、いつでも背筋をピンっと伸ばし、屋敷のあらゆる場所に目と手を届かせていました。

 先々代が、家督を先代にお譲りなさる時に、共に引退なさいましたが、今でも私のお手本はあの方です。


 書状を、伝令係の侍従に言付け、次は屋敷の外回りの点検を…と思ったところに、


「美味しいです!これ美味しいですよ、お嬢様!!」


 …高位貴族邸の緊張感が、一瞬で崩れるような声が聞こえてまいりました。


 ウイザーズ侯爵家は、四大公爵家に継ぐご家系。

 旦那様が学生の頃も、今の国王陛下が遊びに来られる時がございましたが、今では、ひと月と時を空けず、第一王子殿下がシャーロット様を訪ねてお出でになります。

 少しの気も抜けない、仕事場です。


 声のした方角には、厨房があります。


(おそらくあの声は副料理長…)


 しかし厨房から、ここまでは結構な距離があります。


(厳重な注意が必要のようですね)




「…でも、まだ足りないのよ」

「…分かります。これは、美味しいパンに美味しいバターを挟んでも味わえますから…」


 近づくにつれ、シャーロット様と料理長の声も聞こえてまいりました。


「でも、でも、すんごく美味しいのに…」


 やはり、先ほどの大声は副料理長のようです。

 涙声ですね。どうりでくぐもったおかしな声だと思いました。


「やはり、生地でしょう」

「そうね。私もそう思うわ」

「この前、菓子用の小麦粉で、試しましたよね…?」

「あの時は全体的に固くなったから…今度は粗い粒と、細かい粒の小麦粉を、混ぜ合わせてみてはどうかしら?」


 料理長は、少し考えているようです。


「…比率を変えて、何回か試してみましょう」

「お願いします。後はバターを、もう少し薄くできるかしら?」

「可能ですが…」


 そこで、副料理長の情けない声が入りました。


「あまり薄くすると、焼く前に溶けて流れてしまいますぅ…」

「そうよね…」


 シャーロット様が静かにあきらめかけた時、料理長が口を挟みました。


「いえ、むしろそれでいいのかもしれません」

「え」

「今回のように、バターをバターとして感じさせると、ただのバターを挟んだパンになっていまします。ですから…」

「生地にバターが溶け込む…。ええそうね、馴染ませるくらいで、いいのかも」

「薄い生地の上に薄いバター、その上にまた薄い生地をのせて、一枚にする感じで」

「あぁ、それなら分かる気がします!」


 興奮した副料理長の声の後、


「お願いしますね。火加減が一番大事なのですから」


 苦笑が見えるような、シャーロット様のお声がしました。


「は、はい!命を懸けて火を見ます!!」

「…命はかけなくて、よろしくてよ」


 新しいパンの、製作が決まったようです。

 おそらく、ウイザーズ侯爵邸の食事は、また美味しくなるでしょう。


(本来、お嬢様は、厨房など(こんなばしょ)には、足を運んではいけない、ご身分なのですが…)


 シャーロット様の声は、生き生きとしておいででした。

 …厨房へ入るのは止めて、私は手近のドアから庭へ出ることにしました。




「よお」


 温室の前で土を積んでいた、庭師頭のジェフリーが声をかけてきました。


「シャーロット様の温室は、いかがですか?」

「順調だな。この間、領地から届いた香草(ハーブ)が、図鑑に載っていた薬草と同じだって喜んでいたぞ」


 最初は、料理の香りづけに使っていた香草に、興味を持たれたようでした。

 その後、シャーロット様は、お城にあったという本で、香草が体に良いことや、お茶にして飲めば効力が高まることを知って、様々な植物を集め始めました。


「向こうの連中も、新しい収入源になるかもしれないって喜んでるよ」


 シャーロット様がお茶用に選んだ香草は、どれも生命力が強く、温室以外でもすくすく育つものです。


「香草なんていっても、雑草みたいなものだからな。麦の収穫の終わった痩せた畑でも作れる」


 今はまだ試作段階ですが、質を向上させ、量産できるようになれば、新しいブランドのお茶として、ウイザーズ侯爵領の新しい商品になるでしょう。


「どうした? お家が今以上に、栄えるかもしれんってのに、あまり嬉しそうじゃないな?」

「…シャーロット様の、新しいパンが出来そうです」

「お、またか!今度はどんな味なんだろうな」


 ま、美味しいに決まってるがな――と断言する、この方は以前、シャーロット様がお庭で怪我をされた責任を取って、辞任する予定でした。


「お屋敷に留まって良かったですね」


 つぶやくと、ジェフリーは目を丸くしてこちらを見ました。


「次々に、美味しい物を食べられて」

「違いない!」


 ジェフリーは、日焼けした浅黒い顔で豪快に笑った後、私の目を見てはっきり言いました。


「大丈夫だよ、シャーロットのお嬢ちゃんは」

「…何がです」

「屋敷では、お前やサリーが目を光らせてるし、厨房の連中は皆あの子の信奉者だ」

「そうですね。庭ではあなたが見ていますしね…このお屋敷内では、私も心配していません」

「なんだ、そっちの話か」

「そっちの話です」


 シャーロット様は、この先、貴族の子女の集まる学園にお入りになり、いずれは、この国の王子に嫁がれる方です。

 貴族や王族の中で、お菓子やパン、お茶を作ることは…控えめに言っても、標準的(スタンダード)ではありません。


「まぁ、そっちも大丈夫だろう」


 私は安請け合いをするジェフリーを、軽くにらみました。


「そりゃあ、俺やお前には何もできんかもしれんが、代わりにいるだろう? お嬢ちゃんを守る騎士様が」


 言われて思い当たるのは、美しい金の髪と温かい碧の面差しを持つ第一王子と、端正で厳しい雰囲気の宰相様のご子息です。

 お二人とも、シャーロット様を見つめる瞳には、とても温かいものがあります。


「…いましたね。お二人も」

「あぁ。あの二人なら、これからもシャーロットの嬢ちゃんを守ってくれるだろうよ」


 幼い時から一緒にいた、あの御三方には、確かに他が入り込めない強い絆を感じます。




『シャーロットのかみの色、おかあさまともおとうさまともちがうの』

『お嬢様、お(ぐし)の色は、必ずしもご両親と同じにはならないものですよ』

『でも!おねえさまは、おかあさま、おとうさまとにてる! シャーロットだけ、ちがうの…』


 本当にお小さい時は、ご自分に自信が持てず、下を向いてばかりいたお嬢様だった。


(まだ若かったが、しっかり者のサリーをお側に付けて、ご様子をうかがっていたのだが…)


 王子殿下のご婚約者に選ばれたことで、周囲に煽られ、上を向こう上を向こうとして……危うく転ばれる前に、足元を見直された。




「お嬢様も、お強くなられたことですしね…」

「おう!お前も分かってるじゃないか」


 嬉しそうに笑うジェフリーに、私も笑みを返す。




『…ロイドのかみの色は、おんなじね』


 違うんです、シャーロット様。私は歳をとったからで…と答えようとして、答えられなかった。


『はい。ロイドは、おそれおおいことに、シャーロットお嬢様と同じですね』


 ほっとして、泣きそうな顔で笑った、主人(あるじ)の二番目のお嬢様。


(あんな弱い笑顔は、ロイドはもう見たくないですよ。お嬢様…)




「ジェフリー! ロイドもここにいたの?」


 声の先には、サリーを従えたシャーロット様が手を振っていた。


「噂をすれば、だ」


 嬉しそうに言って、ジェフリーは土の付いた服を払う。

 私も居住まいを正し、ゆっくりとお嬢様に向かって歩き出します。


 柔らかな日差しを浴びた銀色の髪は、風になびくときらきらと光り、お美しいお姿を幻想的なまでに高めています。

 金や銀の光に包まれて、お嬢様は誇らしそうに笑っておられます。


「厨房で、お菓子を作ってもらったのよ。食べたら、感想を聞かせてね」


 はい、シャーロットお嬢様。

 すべては貴女の、仰せのままに。


 私は胸に手を当て、ゆっくりと頭を下げた。














…シャーロットの作ろうとしているのは、クロワッサンです。苦戦してます。


…邸内の一部では、『シリウス様のお立場が不憫すぎる!』『叶わぬ恋こそまことなのよ!』『なんて罪作りなお嬢様!』と熱烈に囁かれております。3対7でシリウス派が王子派を圧倒しています。



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