38.少年策士はまだ知らない・後
「王子としての…」
命令だ、と言おうとして、王子は侍従の体が、ふわっと揺れたことに気づく。
「え…わー!」
倒れかかる侍従の体を、あわてて王子とシリウスで支える。
そのまま引きずるようにして椅子に座らせると、二人も息をハアハアさせながら、残りの椅子に腰かけた。
「眠ってる…よね?」
「おそらく」
「ぼくらの精霊の仕業かな…?」
「…おそらく」
王子もシリウスも額を押さえたが、非常時である。
「精霊の仕業なら、かえって安心かもね」
「そうだな。いきなり意識失うなんて、通常だったら即医者案件だし」
守護精霊は、『侍従もシャーロットも大丈夫』と繰り返してきたが、二人がいくら尋ねても、シャーロットがどこにいるのかは告げなかった。
王子はあきらめたように、息を吐いた。
「シャーロットには、『あの』精霊が付いてるから、大丈夫だってことだね」
「あぁ…」
シリウスは、自分が情けなかった。
あの紋様が光った時、シャーロットはすぐ、魔法陣だと気づいたのだ。
そして、上に居ると危ないと、シリウスを陣から押し出した。
…その結果、シャーロットは一人で転移に巻き込まれた。
「仕方ないよ、シリウス」
まるで、シリウスの心を読んだように王子が言った。
「精霊や魔法の領域は、僕らまだ勉強不足だ」
シリウスは両手で顔を覆い、ぼそりとつぶやいた。
「…守れるって思っていたんだ。殿下も、シャーロットも」
一瞬の沈黙の後、王子も、ぼそりとつぶやいた。
「…うん。僕も、多分シャーロットも、それは感じてたよ」
驚いたように自分を見るシリウスに、王子はにっこりと笑った。
「シリウスが常に、僕らを守ろうとしていたことは知っていたよ」
でもね、シリウス―ーと、王子は笑顔を深くした。
「君は知らなかったかもしれないけど、僕らも君を守ろうとしていたんだよ」
シリウスの目が大きくなる。
「例えばね、もともとシャーロットは花が好きだったけど、最近は薬草になる植物にも興味をもって、お茶やお菓子に入れたりしてるよね」
本人が楽しそうなのは本当だろうけど、と王子は前置きした。
「君の目が赤かったり、忙しそうな時には、特製のブレンドにしてるよ」
もちろん僕もその恩恵に預かっているよ、と王子は器用に片目をつぶった。
シリウスも思い当たる。
『こちらの資料は、私でもまとめておけますね』
『忙しい時は、お茶とお菓子だけでも届けさせますので、後で効果を知らせてください』
『…の令嬢は、他に思う方がいるので、気楽に話せますよ』
大丈夫ですよ、シリウス…――、柔らかな声が、今も彼の耳に残っている。
さりげなく、何でもないことのように笑いながら、シャーロットは、シリウスの荷を軽くしていった。
目の前にいる王子も、彼の知らないところで、色々便宜を図ってくれているのは容易く想像できた。
『お前は、エメラルド王子に甘えすぎている』
父から言われた時は、『そんなことない』と思い、軽く流してしまったが、実際そうだったのだろう。
「僕らは『友達』なんだ、シリウス。お互いのできないことを補いあって、一緒に成長していける仲間がいて、僕は幸せだよ」
宮廷では主に王子が、社交では主にシリウスが、シャーロットを守っている。
そして、シャーロットも、細かい心遣いを絶やさず、二人を守っていた。
今回のことも、シャーロットは、ごく自然にシリウスを守ろうとしたのだろう。
先に気づいたのがシリウスだったなら、ごく当然の事として、シャーロットを守ったように。
シリウスは思わず、テーブルに突っ伏した。
いつもならそれは、王子がよくやる仕草だった。
「シャーロットに、かばわれた…」
「あーそういうこと? 成程ね…」
ここまでシリウスが落ち込んだ理由が、ようやく見えた王子だった。
「僕は、傲慢だった…」
「まぁ、君は何でもできるからね」
どこか嬉しそうな王子の声と、優しく温かい手が、シリウスの頭の上にポンッと降ってくる。
「僕もシャーロットも、実際君を頼りにしていたし、これからもするよ」
(それは構わない。むしろそうしてほしい)
「そして、僕らも…君に何かあったら助けるよ。この手の及ぶ限りね」
(分かるし、気持ちはとても嬉しい。それでも…)
「…ごめん。それでも、守らせてほしかった」
あはは、と王子は笑った。
「僕らは男だからね、それは分かるよ」
シリウスはようやく顔を上げた。
もう、打ちひしがれた様子はない。
代わりに、聡明そうな灰色の瞳に、強い信念が宿っていた
「次は絶対に、守ってみせる」
「いいね。どれだけ『守護精霊』が強くても、シャーロット自身は繊細で優しい女の子だ」
僕らで、守ってあげなきゃね――と告げる王子に、シリウスは重々しく頷く。
シャーロットを守る。今までも、これからも。
(例え、いつか手の届かない人になろうとも)
不意に切なさが胸を過ぎったが……シリウスは、それが何かは分からなかった。
…案外、シリウスの方が有利かも知れません。




