36.アラサー令嬢の約束手形
「本当に、感謝してます…」
つぶやきながら、ジルは腰のサッシュに付いていた、ポシェットを開けた。
そこから出てきたのは、短い刃物だった。
(え)
目の前で起こっていることを把握する前に、ジルはそれを手に取り、反対側の手で己の髪をまとめた。
「ジルッ…!」
肩を覆っていた黒髪が、一瞬で断ち切られた。
(わ、わわわわーーー!)
「これが仕上げです。私の、最後の魔法の…」
ジルは自分の髪を、風に渡すようにパラパラと撒いた。
舞う髪の欠片たちは、すぐに、ジルと私の間に、黄金の流れを作り出す。
「これは私の仮説なんですが、私の先祖はこの『仕上げ』を行わなかったんだと思うんです」
黄金色の帯の向こうで、ジルは苦い思いを噛みしめるように、笑っていた。
短く切られた髪は、不揃いだったけどよく似合っていて、少女とも少年とも云えない不思議な魅力を醸し出していた。
(顔がいいって得だな…)
「『精霊』を呼んで、だけど返さず、そのまま使役した……だから『呪い』を受けた」
絶対の『精霊契約』を破ったのだとすれば…
(それは確かに、『呪い』を受けるに値しそうだ)
「先ほど、精霊様に『あとは好きにしろ』と言われて……やはり『そういうこと』だったんだな、って」
(あの投げた言葉に、そんな意味があったの!?)
「こうして、強大な力を持ち…眩い精霊様を前にすると、手に入れたくなったご先祖様の気持ちも、分かるんです」
でも、私が同じ真似をするわけにはいきません――そうつぶやき、上げられた、ジルの顔にはもう迷いはなかった。
「私の『最後の魔法』が、精霊と出会い、精霊を返せるものであったことを、心の底から誇り、生きていきます」
あれ? どっかで聞いたことのあるようなセリフだから、ゲームにあったのかな。
それはそうとして、どんどんあたりの風景が霞んでいく。
「…ジル! これからの貴方に幸多からんことを!」
急いで、別れの言葉…祈りを送った。
精霊じゃなくて、ただの人間からで申し訳ないけど。
「有難うございます…! 誰よりも美しい、私の精霊姫様…」
もう姿は見えないが、感極まった声に、心の中で謝り倒す。
(ごめんなさい。精霊姫じゃなくて、ほんとごめんなさい!!)
もし、学園で再会することがあったら、謝るから!
…ただ、もし、そんな日が来るなら、その頃の私は、普通の侯爵令嬢なのだろうか。
それともやはり、ヒロインの邪魔をする悪役令嬢なのだろうか…
(この顔で、悪役令嬢として現れたら、ジルが気の毒かもなぁ)
子供の頃の憧れが……いや、留学してきてヒロインに夢中になっていれば、昔見た『精霊姫』と同じカラーリングの、ただの人間としてスルーされるかも。
子供の顔って変わるっていうし、案外そんなもんかもね…などと考えながら、意識が遠のいていくのを感じた。
…
…ット
「「シャーロット!」」
呼ばれて目を開けると、今にも泣きそうな顔をしている、シリウスと王子がいた。
(貴重な表情だ…特にシリウス。いつもすましているのに、年相応に見えるわ)
「王子、シリウス…」
「良かった! シャーロット」
「大丈夫か?!」
私は例の魔法陣の上に寝ており、二人はその脇に手をついていた。
ぼけっと二人を観察している内に、ようやく頭がはっきりしてきて、あわてて上半身を起こした。
「あの、私は…?」
「いきなり床の紋様が光って、その光に包まれて、君は消えたんだ」
「僕はシリウスが君の名を呼ぶ声を聞いて、ここへ戻ったんだけど、君はいなくてね…」
ほっとしたように話す、おっとりとした王子の声を聞いていると少し落ち着いて来た。
それは、シリウスもだったのだろう。
シリウスは手を後ろについて、どかっと床の上に座り込んだ。
「私は、どれくらい消えていたのでしょうか?」
「そうだね、30分くらいかな」
大体、体感時間と一緒だ。
あちらとここで、ほぼ同じ時間が流れていたらしい。
(私の移動時間は、ないようなものか)
「あ! 私が消えていた事は誰かに…!?」
特に王様関連に知られたら、騒がれて、超ヤバい気が…
「それがね、僕らはすぐ宮廷魔術師に、助けを求めに行こうとしたんだけど…」
「精霊に止められた」
今にも寝転がりそうな姿勢でシリウスがつぶやいた。
そちらへ視線を投げて、王子が続けた。
「うん。僕とシリウス双方の守護精霊が、シャーロットは『絶対無事』だからって…」
(守護精霊様ズ、グッジョブ!)
心の中で、感謝を叫ぶ。
「有難うございます!」
「…でも、侍従さんには、その声が聞こえなくてね」
とシリウス。
「え?」
「今にも飛び出して行きそうだったから…」
王子が、ゆっくりと指し示す方向を見ると、椅子に座ってテーブルに突っ伏している次席侍従さんがいた。
「えー!」
王子は『どうどう』と言いたげに、慌てるこちらをなだめる。
「大丈夫、眠っているだけだから」
「だ、大丈夫なんですか…?」
「うん。僕の精霊だか、シリウスの精霊だか分からないけど、眠らせてくれた」
(そ、そんなことできるんだ…)
何となく、闇の精霊様ならできそうだけど、と思ったら返事があった。
『できるぞ』
あ、やっぱり。
『ただ、その者の眠りの原因は、守護精霊による防衛本能だ』
え?
『疲れていたみたいだな。私の頼みと、守護精霊本来の働きがあり、簡単に眠りに落ちた』
守護精霊とは、対象の体と心を守ると言われている。
(…あー忙しいって言ってたもんなー)
案外、侍従長もそこを考えて、王子とその友人の案内なんて、うかつな人間には頼めないけど、比較的簡単な仕事に回したのかも。
「殿下」
「うん?」
「私の守護精霊様のお話では、次席侍従様はお疲れのようなので、もう少しここで休ませてあげてもいいかもしれません」
王子も思うところがあったらしく、「あー」っと額に手を当てた。
「…それもいいかもしれないね」
王子はさっと立ち上がると、こちらに向けて手を差し出した。
「立てる?シャーロット」
「大丈夫です。有難うございます」
私は微笑み、その手を取って立ち上がる。
シリウスも、やれやれと言う風に立ち上がった。
「それで、シャーロットはどこに行っていたの?」
王子がふわりと尋ねた。
シリウスも、じっとこちらを見ている。
(どこまで話して、いいのでしょうか…?)
私の守護精霊様に、お伺いを立ててみる。
『お前の好きにすればいい』
投げたような、それでいて温かみの感じられる返事だった。
私は、一つ息を吐いて、おもむろに、青い空を映し出している天井を指さした。
多分、間違いないと思う。
「…あそこに、行ってきました」
二人の驚いた顔を見ながら、頭の中でまとめていく。
話して大丈夫なことと、ダメなこと…
(ジルのことはダメだよね)
外国の使節団としてこの国に来た人間が、『魔法で侯爵令嬢を強制召喚した』なんてことになったら、外交問題だ。
(『精霊姫』と間違われたことも、言いにくいし…)
そうなると言えることは限られていて。
結局、『闇の精霊』の力で魔法陣が作用して……どこかの草原に行って、戻ってきただけと説明させていただきました。
ここでまた一区切り。
番外編幾つか書いて、いよいよゲームの本番、16歳編に入れる…かな。




