35.アラサー令嬢のアフターケア
闇の精霊は頷くと、手をパンっと合わせた。
すると、合わせた手の中から小さな光の粒が湧いて、瞬く間に周囲に満ちた。
(あの時と同じだ)
王子とシャーロットの、契約の様子を思い出す。
(もう3年も前なんだ…)
『名前を』
尋ねる言葉が頭から聞こえて、思わず開きかけた口を押さえる。
ジルは驚いて周囲を見回していたが、再度促されてあわてて口を開いた。
「…ジェラルディン」
女の子の名前だったせいか、もう一度精霊は促した。
『名前を』
ジルは戸惑っていたが、意を決したのか宣言するように口にした。
「ジリオン・ラーメア」
やっぱり男の子なんだなーと、今更のように思う。
(お化粧とかもしているし、対外的には女の子として暮らしていたのかな)
まさか、女装も、『継承魔法』が絡んでるのだろうか。
だとしたら、妹を弟として育てなければならなかったとか…うーん。
『彼の者の魔力を糧に、彼の者の古き契約を解きほぐす』
精霊の声に合わせて、光の粒子が濃くなっていく。
『見届けるのは、■・・□◆・・・・』
今回も、闇の精霊の、名前?らしき部分は、聞きとれなかった。
『効力は、今!』
闇の精霊の言葉を合図に、徐々に光の幕が薄れてくる。
ほどなくして、その場は元の草の上に戻った。
(…ちなみに、私はまだ浮いたままです)
「お前の『呪い』は解いた。後は好きにするんだな」
呆然としていたジルは、はっとして自分の手のひらとか見ている。
『シャーロット、返すぞ!』
え?
ちょ…っと待って、と言う間に私はシャーロットの中に戻っていた。
「え」
思わず声が出て、こちらを見ているジルと目が合う。
(ちょっと待ってーーー!!!)
「有難うございます」
わたわたとパニックになっている私に気づくことなく、ジルが頭を下げてくる。
私は何もしてないんです(涙)!、等と叫べるわけもなく、あいまいに返す。
「い、いえ」
「…失礼ですが、私の外見で何か変わりましたか?」
思わずまじまじと顔を見たが、何も変わってないように見える。
相変わらず、どこから見ても『美少女』だ。
(そうは言っても、この子とは、ついさっき会ったばかりだしねぇ…)
親しい人から見れば、また別かもしれない。
「私からは、何も変わってないように見えます」
「そうですか」
少しほっとしたような、どこか残念なような複雑な声音だった。
「あの、精霊は嘘をつきませんので…」
契約は果たされている筈だ…と言おうとしたら、ジルがあわてて首を振った。
「大丈夫です!疑ったりしてません」
そして、小さく笑った。
「自分の中で、何かが確かに変わったって分かるんです。それが不思議な気分で…」
もし長年の『呪い』が解かれたら、
…解放感でいっぱいになるんだろう、とか、
…心が軽くなるんだろう、とか、
…今までの苦労が報われた気がするんだろう、とか、
想像はできるんだけど、こんなにあっさり終ってしまったら…
「さびしい…ですか?」
ジルは弾かれたように顔を上げ、目を大きく開いた。
そして急いで頭を下げる。
「申し訳ありません! せっかく、せっかく『呪い』を解いていただいたのに…!」
「それが当たり前ですよ」
「え…」
きょとんとした、草色の瞳に笑いかける。
「ずっと長い間、悩んで、考えて来た事なのでしょう? そんな物がぱっと消えたら、心の中に穴の一つも開きますよ」
悩み事であれ何であれ、四六時中考えていた事柄が無くなったのは事実だ。
その分のスペースがぽっかり空けば、すっきりしたと同時に寂しさも湧くだろう。
「大丈夫!」
わざと明るく請け合ってみた。
「あなたはこれからお母様と話し、妹さんと話して、今後のことを考えて行かなければなりません」
ジルの未来は、まだまだ多難だ。
「この先も十分大変なんだから、そんなさびしさ、すぐ消えますよ!」
ひどい言い草だが、自覚しといた方がいい。
魔法も使えなくなるし、性別も偽ってるのだとしたら、生活が一変する可能性だってある。
しばらく呆然としていたジルが、下を向いて震えだした。
(え、まさか、泣かしちゃったの!?)
そういえばまだ、9歳かそこらだっけ(シャーロットもだけど)!
「だ、大丈夫よ! 絶対、何とかなるから!」
根拠は……ある。
彼は、攻略対象として、再びこの国に来るのだ。
(国費留学生なんて、努力が認められる証拠だよね!)
顔を上げたジルは、笑っていた。
たとえ目の端に涙がにじんでいても。
「はい。精霊様」
彼は、とてもキレイな笑顔を浮かべてくれた。
「精霊様に解き放っていただいたこの身、決して無駄にはしません」
…精霊様じゃないんだけど、いいか。
精霊様も聞いているだろうし。
…ぷよぷよ浮いていた時の姿は、実は『シャーロット+少し足された年齢(アラサー引くシャーロットを2で割る)』の姿でした。




