34.アラサー令嬢の継承魔法
あれ? なんか微妙な感じだ。
ジルもそれを感じたのだろう。
あれほど願ったことなのに、固まっている。
「わ…たしは、『呪い』から、抜けられる? …私だけ、ですか?」
「そうだ、『継承魔法』の使い手だと証明して見せた。お前だけだ」
あ、そういう理屈か。
放棄するには、まずそれを持っていると証明できないと意味がない。
「では、妹は!?」
「お前と同じ。代償を払えば可能だ」
代償=継承魔法なら、まず使えるようにならないとダメなわけで…
「そんな! あの子はこんな…」
ジルは狼狽した。
髪を切らず、草を編む…?
(この様子だと、それ以上のこともやってそうな気もするなぁ)
「幼いお前に出来たことだ。それに、お前が『呪い』から抜けるなら、時間の余裕もできる」
そうだよね。『子供が一人だけ』の縛りに該当するのが、妹さんだけなら、彼女は10歳を過ぎても生きられる。
ただ…
「また母に、子が生まれたら…」
「それは人の側の話だな」
私には関係ない――と暗に言われ、ジルは唇をぎゅっと引き結んだ。
(冷たい…と、自分も少し思うけど、精霊の契約は絶対なら。落としどころを見つけられただけでもラッキーかも)
でも『正規の手続き』とやらで、ココに召喚されたんだから、ジルが拒否して何も出来なかったら、帰れないのか?
(それはそれで困る…)
悩んでいるようだったジルは、かすれた声で「母は…」とつぶやくように言った。
「母が、継承魔法を手放せば…妹は助かりますか?」
「すでに生まれている者は、血を継いでいるので変わらない。だが魔法を手放した後に生まれた子供には、呪いは継承されないだろう」
お母さんは多分、継承魔法を使えてるんだよね。
だったら手放せば、話は簡単なんじゃ…と思ったところで、そんな簡単な話じゃなさそうな空気がぶんぶん漂ってきた。
「母は、継承魔法を使い、魔法使いとして生きてきました」
「そのようだな」
精霊は、すべてを知っているような口調で続けた。
「お前の母も、その父も、皆、血統が『呪い』の根源であると、薄々感じていて、それでも『継承魔法』を手放すことをしなかった」
「そんな…!」
「その結果、『呪い』はお前と妹まで引き継がれた」
2人目の子供が生きることより、自分達の生活を大事にした……とか考えると、結構酷い話かも。
(でも、祖国を追われて、異国で暮らしていくのに『魔法』は、必要不可欠なものだったのかもしれないよね)
この国の外は魔法使いが生まれにくいって、家庭教師にも聞いたしゲームの設定にもあったし。
血で継承される『魔法使い』が、他国で珍重されたのは、想像に難くない。
(お母さん、出家するつもりだったって言ってたけど、魔法使えるか使えないかで、寺院内での扱いにも差が出そうだし)
聖職者になれば皆平等だから、自分への扱いを気にしない…なーんて訳がない。
人が集まるところには、どこにだって階級ができて、扱いに差ができる。
(そんな話は、あっちにもあったから、こっちにも、どこにでもある)
誰だって、虐げられるよりは、敬われたい。
(だったら、結婚する時、ジルが生まれた時、手放せば…って思うけど)
『継承魔法』を手放せば「呪い」から解放される――だって、確信に満ちた方法ではなかっただろう。
(ましてや、結婚、出産はお金かかるだろうし)
でも…その結果、魔法を手放せず、二人目の子供が生まれてしまった。
そりゃ、お母さん、心病んで寝込んでも、不思議ない。
「そんな…みんな『呪い』のせいだって、お母さんだって…」
自分には納得できる話も、ジルには耐えがたいらしく、「そんな人じゃ…」とか、「だったら、どうして今まで…」とか、苦し気に繰り返した。
そこに、精霊がぽつりとつぶやいた。
「お前はそこまで、育ったじゃないか」
うん?
確かにこの子の顔や、身支度見ても、お金に不自由してそうには見えないけど。
少しニュアンスが…と思ったのは、自分だけで、ジルの挙動はぴたっと止まった。
目を大きく見開いて、何かを考えている。
「私のために…」
「さあな」
精霊の言葉はそっけないものだったけど、ジルの心のどこかに響いたのだろう。
ジルはぎゅっと目を閉じて、開けた。
そして、涙がにじんだ目を腕で乱暴に拭うと、丁寧に頭を下げた。
「精霊王様にお任せします」
うん。それがいいと思う。
(ここでジルの『呪い』が解けても、7年後、今度はヒロインが妹さんの『呪い』を解くのかもしれない)
自分が関わっても、イベント的には困らないっぽいので、少しほっとした。
あるいは、これが『補正』というものかと思った。
何はともあれ、下手にいじって、おかしな場面で強制力が発揮されても困る。
(起こるイベントが分かっているなら、そこを避ければいいだけだし…)
抗いようもなく、この場(氷の目で己を見る王妃様のいる離宮近くの森)に飛ばされた事は、あえて意識の外に放り出す自分だった。
…『そんな甘いことを思っていた時期が私にもありました』と、後に思うことになるアラサーでした。




