33.アラサー令嬢の解呪努力
『闇の精霊』(外側シャーロット)の第一声は、結構身もふたもなかった。
「精霊は、お前の一族を呪ってない」
「そんなっ!」
驚いたというか、怒ったようにジルは立ち上がった。
「精霊は人を呪わない」
え?
「人を呪うのは、常に『人』だ」
あ、そうきたか。
勿論『そうですね』としか言えない。
――精霊を介して聖女を呪ったのは、あくまでシャーロットで、精霊ではない。
ジルにも、言葉の意味が伝わったようだ。
力が抜けたように、草の上にひざをついた。
「あ……あぁ、では、誰かが私の家に『呪い』を掛けて……そのまま亡くなったのですね」
「おそらくは…」
何でもないことのように闇の精霊は応じたが、外側が銀髪紫眼の美少女のせいか…とても、とても冷たく聞こえた。
(うわ、自分無表情になると、こんなに怖いのか…)
精霊のオーラがにじみ出てるだけかもしれないが、気を付けた方がいいかもしれない。
「……いえ。もう誰の『呪い』でもいいんです」
うつむきがちだったジルは、顔を上げて『闇の精霊』(INシャーロット)を見据えた。
「この『呪い』が解けるなら…! なんでもいい!」
ジルは草の上に手をついて、頭を下げた。
「お願いします! 何でもします、どうか、一族にかけられた『呪い』を解いてください!」
子供が土下座しているのを見るのは、精神的につらいものがある。
ふわふわ浮いたまま、闇の精霊に呼び掛けてみる。
『精霊様、呪いは解けないものなのでしょうか?』
(精霊の契約は絶対だ。それは知っているな)
『呪いも契約に入るのですか!?』
驚いた……が、呪った人間と精霊の間の契約、と考えれば当然だ。
でも、精霊王なら呪いは解けると……いや、その話だって本当かどうか分からない。
そもそも目の前にいるのは、確かにレアな『闇』ではあるけど『守護精霊』であって、精霊王ではない。
(ジルは『銀髪と紫眼』だって言ってたし…いや姫様って言ってたな。また別口の話なのかも)
ゲームでは、『呪い』を解けるのは、『光の聖女』たるヒロインだけだった。
ある意味、シャーロットは、呪っても無駄な相手を呪っていたのだ。
(設定とはいえ、空しいわね)
光でなく、闇の加護持ちのシャーロットには、『呪い』は解けない。
でも『契約』なら…
(私と王子の婚約のように、別の契約を上書きすることは可能なんだよね)
なら…
『精霊様、契約の条件は分かりますか? ジルの一族だと認められる、呪いがかかる条件って何でしょうか?』
(…血だな。血統だ)
体中の血を変える…?『透析』なんて言葉も浮かぶけど、そんな技術がココにあるわけないし。
(あれだって自分の血をキレイにして、自分に戻すんだからイミ全然違うし…)
うー、何代も続いてるなら、血なんて薄まっているだろうに…
(あぁ、でも『継承魔法』なんてのが使えるくらいだから、血は完全に繋がって…)
継承魔法…
血統の問題…?
…あ。
ああ?
ああああああーコレ、やっぱりイベントじゃないか?!
魔法を使える留学生が攻略対象で、代々伝わる血の縛りを、ヒロインが解放するってやつ。
(ビジュアルも見ないで『コーヒー色の髪にハチミツ色の肌』って表現が美味しそう! なーんて思ってたやつ…)
でも、ジルには、兄も弟もいない。いるわけない。
(つまり、ジル自身が攻略対象か!)
確かに言われてみれば、ハチミツ色の肌に、髪はコーヒー色に近い黒だ。
(いや、それより攻略対象ってことは、ジル、男の子か! 超カワイイし、髪長いからてっきり美少女かと…)
いやいやいや、それより何より、これ学園でのイベントだったから…あと7年後の話じゃん。
(つまり、この場では『呪い』は解けず、7年後ジルが留学してきて、ヒロインが『呪い』を解くってこと?)
でも、そうなると…
(…妹さんは、どうなるの?)
今5歳で、リミットは10歳。7年後には間に合わない。
(ゲームでは、その辺が、ドラマチックな演出になったのか…)
なるほど。
暗い過去、影のある青年枠は、乙女ゲームには必須だけど。
あーうー…
『…精霊様、血が問題になるなら、血統を定義することはできますか?』
(どのようにだ?)
『ジルが精霊を呼び出せるのは「継承魔法」で、血によるものです』
(そうだな)
『では、その「継承魔法」を使えなくすることで、血を放棄したことにできないでしょうか?』
ゲームでは、ヒロインが呪いを解除した後、攻略対象は『魔法』が使えなくなった筈だ。
『呪いが解ける→継承魔法が使えなくなる』
なら、それを逆手に取って
『継承魔法が使えなくなる→呪いが解ける』
も、可能じゃないだろうか?
精霊は少し考えて
(完全ではないが、不可能じゃない)
と応え、ジルに向き直った。
「継承魔法を放棄することで、お前は『呪い』から抜けることができる。どうする?」
留学生ルートは「僕の最後の、そして最高の魔法は、君に出会えたことだ!」なキャッチだった(ださ…っとなってアラサーはやらなかったのを忘れている)。




