32.アラサー令嬢の呪術知識
「母の家は魔法使いの家系で、昔はこの国に住んでいたのですが、精霊に呪われて『エゼルマ』に逃げてきたそうです」
「つまり、ジルは『エゼルマ』から来たの?」
はい、と子供はうなずいた。
なるほど。
「もしかして、『エゼルマ』の使節団と一緒に来たの?」
「はい」
ほー……あれ、ってことは、まさか此処、離宮の近く? …ひ、ひぇぇー。
(だ、誰かに、見つからないうちに帰らないと…)
「その呪いが、『子供は一人しか生きられない』です。何人子供が生まれても、成人するのは最初に生まれた一人だけなんです」
「……ずっと?」
「はい。母も、母の父もそうでした。曾祖父には兄がいたのですが、その兄が流行り病で亡くなって、曾祖父は生き延びたそうです」
「偶然ではないと…?」
目の前の子供は、ひどく大人びた顔で笑った。
「もう何代も続いているので、祖父も、母も……私も疑っていません」
この世界に、『呪い』が存在するのは知っている。
奇しくも、ゲームでそれを実践してみせたのは『シャーロット』だ。
(…今思えば、聖女様を呪うなんて、大胆すぎるわ。シャーロット)
プレイ時は、『悪役令嬢のやりそうなこと』で片づけていたけど。
「母は、こんな『呪い』は、自分で終わりにしようと、独身の誓いを立てて、寺院に入る予定だったのですが、父に見初められて…」
どうしても断れなかったそうです、とつぶやくジルは、困ったように、だけど少し嬉しそうに笑った。
(お父さんもお母さんも、好きなんだろうな)
「良かったね」
君が生まれて。
「はい。あ、でも…」
「…妹さんが生まれたんだね」
「はい…」
ジルは、沈痛な面持ちになった。
「妹は、今五つです。いつ『呪い』が降りかかるかは、分かりませんが…残っている記録を見ると十を越えた子供はいません」
これは、怖いだろうな。
毎日生きているだけで、何かが確実にすり減っていく気になる。
(生きるっていうのは、概ねそういうことだけど…上限が短すぎる)
「心労がたたって、母はこの一、二年、床につくことが多くなりました。だから、私が父に頼みこんでこの国に来ました」
「この国で、精霊を呼び出そうと?」
精霊がいるのは、この国だけだ。
「はい。どんな精霊に『呪い』を掛けられたかは、残念ながら伝わってません。理由もです」
こちらに非があるせいかもしれませんと、ジルは重々しく告げた。
(これだけ重い『呪い』だから、よほどのことをしたんだろう…って考えるのは分かる)
その辺りは、家族で色々話し合ってきたんだろう。
「でも、家に残る一番古い巻物に、精霊王とその王妃の記載がありました」
その巻物によると、『呪い』を解く方法は二つ。
一つは『呪い』を掛けた精霊に解除させること。もう一つは…
「精霊王か王妃なら、どんな精霊の掛けた『呪い』も解けると」
その話なら、自分も読んだことがある。
王子から借りた、古い書物にあった。
「母は、それはただのおとぎ話だと言いました」
(…ごめん。自分もそう思っていました)
「ですが、私は、妹のために、何かせねばいられませんでした」
(それは分かる…)
「精霊王を呼び出すために、私は妹が生まれた日から、毎日草を編んで祈りを捧げ、髪を切らずに伸ばし続けました」
…呪いを解くために『草を編む』って、聞いたことあるな。
ゲームじゃなくて、童話だったけど。
兄王子の呪いを解くために、妹王女が棘のあるイラクサを編むやつ。
手がボロボロになっても編み続けたって(確か兄王子がたくさんいるんだよね…)…思わず、ジルの手を見てしまった。
(多少荒れてて赤いけど、それらしい傷はない…ね)
思わずほっとする。
(童話って、その地方の民話や言い伝えが入ってるから、話に出てくる草や花には解毒作用とかあったのかも)
ただ、これがこの世界では、精霊を呼ぶ『正式な手続き』って、やつになるのかが分からない。
(『精霊王の呼び出し方』は、自分が読んだ本にはなかったけど…)
でも呼ばれたのは間違いない(闇の精霊が)。
「ようやく『フィアリーア』に来ることが出来て、髪の半分を切ってこの地に埋めました……それでも、半信半疑だったんです」
ジルはそこで言葉を切って、こちらを見た。
「本当に、精霊王様が現れるなんて…」
感極まったように言われて、頭がパンっと弾けて思わず脳内で叫んだ。
(精霊様!私は『精霊王』様のフリもした方がいいのですか!?)
『そうだな……しばらく借りるぞ、シャーロット』
え?と思う間もなく、私は宙に浮かんだ。
下にシャーロットが、座っているのが見える。
(え、え、あー…そういうこと!?)
いささか強引に体を乗っ取られ驚いたが、宙に浮かんだおかげで、理性を総動員して押し込めていた『虫恐怖症』が和らいだ。
(草の上に直接座ってたなんて、思い出しても…)
以前、「闇の精霊」が約束してくれた『害のある虫は近づけない』が無ければ、あの場の空気も読めず叫んでいたかもしれない。
その守護精霊様は、自分に代わってジルと相対していた。
…イラクサで王子の服を編んだ話は、アンデルセンにもグリムにもあって、元はデンマークの民話みたいです。
アラサーさん『11人も王子がいるなんて、どんな無理ゲーよ! あ、乙女ゲーム? いや…Bえ…』




