30.アラサー令嬢の強制転移
大体10メートル四方位の部屋だった。
真ん中あたりに、三人で囲むのにちょうど良い大きさの丸テーブルと、三つの椅子ががあった。
壁の両側に大きなタペストリーがあり、緻密な植物や動物の絵が織りこまれている。
そして、入ってきた扉の向かいには、宝物庫本体へ続くのだろうもう一つの扉があった……のはいいとして、その扉の前の床に、丸テーブルと同じくらいの大きさの、複雑な文様が描かれたサークルがあるのが妙に気になった。
(アレ、魔法陣とか言わないよね? ただの緻密な寄木細工だよね!?)
「殿下、あれは…?」
王子はこちらの視線の先を見て、屈託なく笑った。
「キレイだよね! あれは昔、『玉座』が置かれていた場所なんだって」
重い歴史を軽い口調で語るのは、さすが大国の王子様だ。
「この部屋や宝物庫って、大昔は玉座の間だったんだって。王城は、何度か大掛かりな増築、改築を繰り返しているから、そのつど玉座の間も変わっていたらしいよ」
「へー」
いつの間にか、シリウスも隣で王子の話を聞いていた。
「どうりで、床も天井も造りが細かいと思った」
高い天井を見上げて、思わず声を上げた。
「空が…!」
確かに何か明るいとは思ってたけど…
「うん。どう見ても本物だけど、本物の訳はないし…」
この上にも建物が続いているのは、部屋に入る前に見ている。
シリウスは王子をちらっと見た。
「魔法で外を映しているらしい。だから、本物と言えば本物だよ」
(プ、プロジェクションマッピング!?)
「魔法でこんなことができるんですね…!」
前世では技術の粋だが、よく考えてみれば魔法の方がありそうだ。
技術の進歩も、『こんな魔法のようなことできたらいいな』で始まったりするし。
(人間がやろうとしたら図面引いたり、写真撮ったりして元作ってコンピュータに取り込んで、専用ソフトウェアで何度も修正、補正して、映す場所に細工して…)
末端の末端を手伝ったことはあるけど、専門の技師が何人も必要だって聞いたことがある。
これを魔法でやるとしたら、どのくらいの手間なんだろう。
(簡単に出来たら、少しへこむなー)
でも、やってみたい。
やっぱり、魔法の研究したいなー。
「僕も驚いたよ。この城自体が、大掛かりな魔法で出来てるみたいな話は、読んだことあるけど…」
「えぇ、私もお借りした本に出てましたね。こんな風に現れているとは思いませんでしたが」
なんか、土台とか、外敵からの守りとか、見えない安心感みたいなもんだと思っていた。
(魔獣で、その一部壊した関係者としてなんですが…)
アレも、魔獣という魔法のアイテムだから、城の守りを突破できた、って設定じゃなかったっけ。
シリウスが、宝物庫本体への扉を指した。
「あっちへは、殿下だけが入れるんだよね? 外からのぞくのもダメかな?」
「うーん、それ位ならいいんじゃない?」
王子の返事に、次席侍従さんは苦笑いしていたが、『ダメ』とは言わず、ドアを開け中に入った。
中で、胸に手を当て軽く頭を下げた侍従さんに、王子は軽くうなずいた。
「それじゃあ、箱を取って来るね」
王子を見送り、そのまま二人でドア近くに立った。
中はこちらより薄暗く、あまり奥まで見通せない。
「『王子様』を使い走りさせるようで、気が引けない?シャーロット」
「入っちゃダメですよ、シリウス」
「それはもちろ…」
言葉が途中で途切れた。
シリウスが先ほどよりドアに近づき、真剣に中を覗いている。
「シリウス?」
「…シャーロット、なんか光ってない?」
え…と、私も近づいて中を覗き込む。
「あ…」
「見えるよね!?」
「淡い光が集まっているみたいですね。あれって…」
「精霊っぽいね」
ですよね…。少し気になっていたことを聞いてみる。
「シリウス、この部屋に入る前のドアに、あんなふうに精霊がいませんでした?」
シリウスは驚いた顔をして、入ってきたドアを見てから、こちらを見る。
「いや気づかなかった。今も見える?」
「今は私にも見えません」
シリウスは少し考えて…
「入っちゃダメ、だよね…?」
と聞く。私も少し悩んで、
「やっぱり…まずい、ですよね?」
と返す。
入りたい…けど、マズイ気がする。
王様の許可がないから、もあるけど、もっと個人的な、悪役令嬢関連的なマズさを感じる。
おまけに、今、自分とシリウスが、あの魔法陣みたいなサークルの上にいることに気付いてしまった。
魔法陣で移動するというのは、ゲーム内でもよくあった。
(いや、コレは単なる玉座の跡地!大昔の!)
でも、だからといって、魔法陣じゃないとは限らないんじゃ…むしろ…
「……あ」
「あ?」
…細く、光った。サークル内の文様が。
「シリウス!」
ほとんど無意識だった。
気づいたら、シリウスをサークルから押し出していた。宝物庫の方へ。
残った私は、サークルから出て来た光に包まれた。
「シャーロット!!」
シリウスの自分を呼ぶ声が、どんどん遠くなった。
(これって、やっぱりイベントかなぁ…)
あふれる光の中、泣きそうな気持ちで思う。
(魔法の研究がしたい、とは思ったけど、これは違うだろう。これは…)
イベントだとすれば、自分がやらなかったルートで、予備知識が殆どない。
『いったい誰のルートだろう』と、思ったところで意識が途切れた。
あの『空』が城の上とは限らないだぜ…




