24.アラサー令嬢の社交状況
…自分だって聞いてはみたのだ。闇の精霊様に。
「精霊様の力で、私に虫を近づけないことは可能でしょうか?」
『お前の周りに結界を張って、その中に虫を入れないことは可能だ』
「では…」
『その場合、お前だけでなくお前が近づく花や木、土からも虫が失われる』
「え…」
失われるって…それはやっぱり、大量虐さっ…
『必ずしも死ぬわけではない。ただ、結界に弾かれるだけで命が失われる虫もいる』
頭を、『無差別殺…』『生態系ェ…』という言葉が回った。
害虫、益虫なんて結界に区別つくわけなさそうだし…害虫だからといって、むやみやたらに駆除していいもんではないハズ。確か。
『どうする?』
「今のままでいいです…」
『そうか』
どこか笑いの波動を感じた。
『闇』の精霊は代わりに、『お前に害を加える虫は弾いてやる』とおっしゃってくれた。
これがガチであるのは間違いないので、
「虫はなにもしない、絶対私になにもできない…絶対、絶対…」
等と唱えることで、虫への恐怖が少しマシになりました。
いや少しでも、ほんと助かったです。
「うん。今日は、普通に落ち着いて見えるよ、シャーロット」
ウイザーズ侯爵邸の庭園。
ガーデンテーブルには、お茶とお菓子。
シャーロットの右には、9歳になり、ロイヤルさに磨きがかかってきた王子が、きらきらした微笑みを浮かべている。
「はい、有難うございます」
一昨年はまだ、『お庭でお茶でも?』が無理で、昨年は顔色が悪いと二人に心配されていた。
「良かったね。これからガーデンシーズンだし」
左には、同じく9歳になって、ノーブルな所作を身に付けたクロフォード公爵家子息が、優雅にティーカップを持ち上げている。
「父上たちの社交シーズンは、僕らにも声がかかるからね」
「後で情報をすり合わせよう、シリウス。シャーロットも」
「分かった」
「お願いします」
一昨年の秋に、第一王子の婚約発表があり、シャーロット・シメイ・ウイザーズは正式にエメラルド王子の婚約者になった。
ただ婚約したと言っても、まだ子供。
王子自体、公式の行事に出席することがマレなので、シャーロットがその隣に並ぶことは殆どなかった。
プラスして、
『侯爵家の娘が我が物顔で…』
『殿下も肩身が狭いのでは…』
『己の立場が分かっていないのは見苦しい…』
等々、ハーロゥ公爵家を中心とした、取り巻き貴族のチェックが厳しく、シャーロットはいい意味でも悪い意味でも、表に出ることは少なかった。
危険も考えての、王様とウイザーズ侯爵の判断なのだが、当事者よりもアマレット姉様が怒っていた。
『シャーロットは王様の認めた正式な婚約者なのに、遠慮するなんておかしいわ!』
正論ではある。
たとえ、王子の婚約者を利用して、公爵家の子弟に近づこうとする下心があったとしても。
(ま、こっちにとっては、有難いんだけどね!)
ドレスもオシャレも、楽しいといえば楽しい――月に1度程度なら。
シャーロットは飾り甲斐のある容姿なので、サリーも他のメイドも気合を入れる。
実際仕上がりを見ると、フリッフリキラッキラの、どこのお姫様人形だ、の世界だ。
そこを、
『上の方々(誰とは言わない)のお好みなので、清楚に、なるべく清楚にお願いします』
と言い続けて洗脳し、お白粉等を簡素化。
ドレス+装飾品の重さが、苦にならないようになっても尚、社交界はとても、とてもめんどくさい……。
「ベルン伯爵は、こっちに好意的なんでシャーロット一人で行っても平気だよ」
好意的でない貴族のお茶会は、断るか、どうしても断れない場合は、この二人と出席することにしている。
最初は『そこまでしてもらわなくても!』と断ったのだが、一人で出席すると、次の日にはあらぬ噂を立てられた。
その後、ハーロゥ公爵が上機嫌で王宮に上がって、嫌味を言うまでがセットで(まめだよね…)、王や王子の精神衛生の為にも!と同行してもらっている。
「ロータス侯爵はダメだね。じーさんの方に行ってる」
「あそこは、ご令嬢がいらっしゃるので…」
あわよくば…の言葉が三人の頭で回る。
疲れたようにシリウスが息を吐く。
「あそこんちのご令嬢、こないだ母親とウチに来て、愛想振りまいて行ったよ…」
婚約者のいないシリウスは、同年代のご令嬢たちに取っては最優良物件だ。
(アマレット姉様もまだ狙っているし…)
胸のつぶやきが聞こえたように、シリウスがはっと顔を上げた。
「今日、君の姉君は…」
「大丈夫です、シリウス」
私は落ち着かせるように、ゆっくり告げた。
「今日は、間違いなくラッセル公爵邸です。お母様の里帰りで、お泊り予定ですので」
シリウスはほっと、椅子の背もたれに体を預けた。
前回、王子とシリウスがウイザーズ邸に来た時のこと。
ドレスに果物の染みがついてしまったと、お茶会を途中で切り上げ、戻ってきたアマレット姉様と、帰る途中のシリウスが鉢合わせしてしまい、玄関先で結構な騒ぎになってしまった。
『まぁ!いらしていたの、シリウス様!』
『いえ、殿下の出迎えで、こちらに寄っただけです』
『それはそれは、ご苦労様ですわね! お疲れでしょう、ぜひお茶でもご一緒に…』
『いえ、殿下を待たせるわけには行きませんので!』
その場は何とかごまかしたが、その後はまた大変だった。
『私が偶然!お茶会を途中で抜け出さなかったら、シリウス様にお会いすることは、かなわなかったのよ!これは運命よ!私とシリウス様は出会い、愛し合う運命なんだわ!』
盛り上がるだけ盛り上がったお姉様は、ラブレターまがいの招待状を量産して、執事に止められた。
お父様のお説教を前に、お姉様は
『お父様には運命の扉が見えないの!? 私とシリウス様をつなぐ糸を、断ち切るような真似はなさらないでぇぇ!』
と身振り手振り付きでやったらしい。
……ちょっと見たかった。
(お父様も大変だ……)
その話を同僚から聞いて、教えてくれたサリーは、
「そろそろアマレット様から、ロマンス小説を引き離した方が…」
と控えめに意見を述べていたが、どう考えても、手遅れだと思った。
少し成長した3人+お姉様です。




