23.若年侍女は回想中
「サリーはいいわね。シャーロットお嬢様付きで」
これは最近になって、よく言われれる言葉の一つです。
以前は、全く反対の言葉を言われていました。
『サリーは大変ね。あのシャーロット様付きなんて!』
『シャーロット様はかんしゃく持ちだから、また…』
『貴族の「お嬢様」なんてどなたも、ある程度困った方だと思うけど…』
……でも、と、アマレット様付きの、ローラは続けました。
「アマレット様は、少し落ち着いてこられたのよ。やはりお姉様の自覚があるからかしら」
そう言ってローラは、ふふふと笑いました。
『シャーロット様には、妹がいないから、いつまでもあのままかもね』
と言われているのでしょう。
否定はしませんでした。私もそう思っていましたから。
ただ、アマレット様が落ち着いて来たとは、今も以前も、あまり思っていませんでしたが。
シャーロット様が一番変わったのは、やはりお庭でのお振る舞いだと思います。
以前は、庭に出るにあたって
『私やお花に、虫をちかよらせないで! ぜったいよ!』
と、限りなく無理なことを、おっしゃっていました。
皆が苦心して虫を追い払った後に、小さな蜘蛛を目ざとく見つけ、庭師を辞めさせる辞めさせないの騒ぎになったこともあります。
そんなに虫が嫌いなら、庭に出なければいいのに……と、誰かがつぶやきましたが、シャーロット様は、お花はお好きなのです。
特に第一王子様から、花束を贈られてからは、記念に同じ花(王宮にしかない品種でした)を植えるのだと、また騒ぎを起こしてました。
今も庭に出て、花を眺める習慣は相変わらずですが(むしろ以前より増えたように思います)、虫は目に入れないように努力をしておられます。
虫と行き会い、心ならずも叫んでしまわれた時も
「皆、来なくていいのよ! 大丈夫だから……虫はいて、あ、あたり前なんだから」
と震える声でおっしゃっています。
……ですが、どなたにも苦手な物はあるのです。
ガーデンチェアに座り、浅く息を吐いているお嬢様に、「そんなに、ご無理をなされないで、よろしいのでは?」と、お伺いしました。
「お花なら、ご覧になりたいものを、いくつでもお部屋へ飾りますよ?」
「……でも、サリー。一生家に、閉じこもっているわけには行かないのよ?」
お嬢様は、物憂げな声でおっしゃいました。
「馬車で移動するとしても、少しは外へ出るでしょう。その時に虫が飛んできて、叫んだり倒れたりしたら……」
それが、どなたかの前だったら……と言われて、私はようやく思い至りました。
シャーロット様は、この国の第一王子の婚約者となられました。
高貴な方々とお会いする機会が、これからとても多くなるでしょう。
屋外のお茶会や、パーティもありますし、何より将来、お城のバルコニーから手を振る可能性さえ、高いお方なのです。
「思慮が足りませんでした。申し訳ありません、お嬢様」
浅はかなことを言ってしまった謝罪をすると、シャーロット様は「いいのよ」と優しくおっしゃられました。
「私にも、これだけ虫が苦手な理由が、分からないのだから……本当に」
お疲れなのでしょう。
お嬢様は、どこか大人びた、遠い目をなされました。
「サリーも、お手伝いさせていただきますので、何でもおっしゃってくださいね」
「ありがとう。いつも頼りにしています」
お嬢様は、にこりと微笑みを浮かべました。
お庭のあちこちで控えている侍従が、動揺したのか、枝を揺らす音が聞こえました。
(ロイドさんに、注意してもらわないといけませんね)
お嬢様は、とてもお美しいお方です。
銀色の髪に菫色の瞳。童話に出てくる精霊のお姫様とは、このような方だと思います。
元々お美しい方でしたが、整いすぎて陶器のようだと言う者もおりました。
ですが最近では、表情がやわらかくなられ、特にお庭を散歩する時は、頬に赤みが差し生き生きとして、ますますお美しさに磨きがかかって来られました。
万に一つでも、間違いがあってはいけません。
(あぁ、ジェフリーさんを引き留められて、本当に良かったです)
この屋敷の庭師を束ねている、庭師頭のジェフリーさんは、そろそろ引退という歳です。
シャーロット様がお庭で転倒し、額に傷を作った時、
『ちょうどいいから、自分が責任を取って辞めよう』と言いましたが、お嬢様が『だれにも責任はありません』とお止めになりました。
「責任があるとすれば自分です」
きっぱりと言い切ったお嬢様は、最近では殿下に贈る花束の相談等もされています。
最初はまた無理難題を言われるのかと、構えていたジェフリーさんも、お嬢様の勤勉で素直なご様子に考え方を改めたようです。
今では丹精して育てた花を見る様に、目を細めてお嬢様を見守っています。
若い庭師や、侍従にも気を配ってくれるので、とても助かるのです。
「お嬢様、ジェフリーが、西の庭の薔薇がそろそろ見ごろだと、知らせてきましたよ」
「まぁ! 紫色に咲くと聞いて、楽しみにしてたのです」
お嬢様は嬉しそうに立ち上がりました。
「他にもめずらしい色のバラがあるという話だし……サリー」
「はい?」
「私、やっぱりお庭で、思いがけない花と出会いたいわ」
みんなに迷惑をかけているのは、分かるのだけど……と口元に手を当てているお嬢様に近づいて、私は胸に手を当て頭を下げました。
「お嬢様がご覧になりたいものをご用意するのが、私どもの務めです」
あと、と私は付け加えました。
「サリーに関して言えば、少し難しいご希望の方が意欲がわきます」
これは本当です。
執事のロイドさんが、私をシャーロット様付きに推薦してくれたのは、私のこの性質を買ってくれたのだと思います。
お嬢様は、目を瞬いて、軽く頷かれました。
「ありがとう、サリー……でも、あんまりワガママが過ぎたら教えてね」
私はゆっくり微笑み、再び頭を下げました。
難しい『お願い』ですが、もしそんな時が来たら、どんな風にお諫めすればいいか、今から考えておこうと思います。
凛と立って、前を歩くお嬢様の背に私は祈ります。
お仕えがいのあるお嬢様。
どうかそのままでいてください、と。
破滅はイヤなんです…と口の中でつぶやいていたシャーロット。
できれば学園にも王宮にも行きたくないお嬢様です。




