22.若年侍女は就業中
「サリー」
私の主、シャーロット様が、私を呼んでおられます。
最近になってようやく見慣れた気のする、本が何冊か置かれた机の前です。
以前は、本どころか、机に向かうことすら稀でした。
やはりご婚約が決まったことで、お心構えが整ったのかもしれません。
先ほど届いたお手紙を手に、悩んでいらしたので、おそらく『王子とそのお友達』に関してのお話かと思います。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
「えぇ。サリーは、姉上の来週の予定を知っているかしら?」
「アマレット様ですね。確か、週の始めに、バウアー伯爵ご令嬢のお茶会にいらっしゃるかと」
「週の始めね。ありがとう」
お嬢様は、その場でペンを取り、慣れた手つきで便せんに、何事かをしたためられました。
少し前までは、お子様らしく、ぎこちない筆跡でしたが、今ではペンを紙に絡めることもなく、スラスラ動かしておられます。
主の努力が、実を結ばれたことを知るのは、お側に仕える者として、とても喜ばしいことです。
最後に署名を入れられると、インクを乾かすようにして読み返されました。
やがて一つ頷かれると、便箋を丁寧に折りたたんで、封筒にしまわれました。
「サリー、これをエメラルド王子にお送りして」
まだ蝋印は執事に頼むよう、シャーロット様は旦那様から、指導を受けておられるので、封は開けたままです。
「かしこまりました」
渡されたお手紙を恭しく受け取り、私は執事のロイドさんの所へ行きました。
ロイドさんに、シャーロット様のお手紙の件を話すと、手紙を届けに来た王子様からのご使者が、まだ屋敷におられることを聞きました。
「ひと休みしていただいています」
ロイドさんは、最近の様子から、お返事がすぐ来ることを見越していたのでしょう。
私は、シャーロット様のお手紙の入った薄い木箱を開くと、ロイドさんが取りやすいように近づきました。
「……シャーロット様は、アマレット様の来週のご予定を、気にしておられました」
ロイドさんがお手紙を取り出す際、私は声をひそめて告げました。
ロイドさんは、自然にうなずかれました。
「確かに、預かりました」
これで、王子様とお友達の来訪予定が、ロイドさんに伝わりました。
これから、アマレット様に知らせないための、邸内の調整がなされるでしょう。
今でも思い出します。ひと月前。
……あの日の晩餐は、大変でした。
「なんで、シリウス様がいらっしゃったのに、私を呼ばなかったの!シャーロット!」
アマレット様が、両手で強くテーブルを突いたので、デザートの焼き菓子のお皿が、フォークと共にカタカタと音を立てました。
給仕がひやりとした顔になり、周りにいた私達も、起こるかもしれない惨劇に備えました。
「申し訳ありません。お姉様は、お留守でしたので…」
「だから、出掛ける前に言えばいいでしょう!」
「私も、クレイフォード様がいらっしゃるとは、うかがっていなかったのです」
シャーロット様は、謝罪されておられましたが、そんな必要が全くないことは、その場にいる皆が知っていました。
「そうよ、アマレット。殿下がお友達を連れて来られることは、私たちも知らなかったのよ」
「でも、お母様ぁ、シリウス様がいらっしゃることを知っていれば、私どこにも行かなかったのに…」
「アマレット。殿下もクレイフォードのご子息も、シャーロットのお客様だ」
言外に、その席に『アマレット様は呼ばれない』と侯爵様が、アマレット様にくぎを刺しましたが…
「ですが、お父様! もしかしたらシリウス様は、私に会いにいらしたのかもしれないじゃないですか!」
アマレット様がそう叫ばれた瞬間、テーブルについた他の方々の動きが止まりました。
「そうよ、きっとそうよ! ラッセル公のお茶会で、私を見初めてくださったのよ!」
奥方様は、首を傾げておられます。
確かに以前、アマレット様が、ラッセル公爵邸でのお茶会に参加され、そこでクレイフォード様や他の貴族のご子息様方とお会いした話は、ちょうどこの晩餐の間で聞いたことがあります。
その時も、このように叫んでおられましたので、屋敷の者は皆、この話を知っています。
……ですが、その話はそれきりで、アマレット様宛に、どなたからもお手紙や、お花が届くことはありませんでした。
「落ち着きなさい、アマレット。たとえ、そんなことがあったとしても、貴族の子弟がいきなり、我が家を訪ねてきたりはしない。真剣であればあるほど、段階を踏むものだ」
つまり、旦那様にも、アマレット様への交際を求めるお手紙は、届いていないということでしょう。
「でも、お父様。もしかしたら…さりげなく、私の様子を見にいらしたのかも。そうだわ、きっと!一度会った私が忘れられなくて、気持ちを確かめにいらしたのよ!」
……アマレット様は、最近ロマンス小説が、ことのほかお気に入りのようです。
旦那様は眉をひそめ、奥方様は苦笑を浮かべ、シャーロット様は、呆然とした顔をしておられます。
「ねぇ、シャーロット。私の話は出なかったの!?」
シャーロット様は何度かまばたきをして、のどから絞り出すように「と、特には…」とお答えになられました。
「そう……恥ずかしがり屋さんなのね、シリウス様」
ふふっと笑うアマレット様。
ご家族の方々はそれぞれ、この件にはこれ以上触れないよう、注意深くデザートを食して、晩餐は終わりを告げました。
後程、旦那様に呼ばれたシャーロット様は、
『シリウス・クレイフォード様には、その気がまるでないこと』
『シリウス様は殿下のご親友なので、また二人でこの屋敷に来る可能性が高いこと』
『できる限り、アマレットお姉様とシリウス様はお会いしない方が、おたがいのためによいこと』
を、切々と訴えておられました。
旦那様は、眉間にしわを作り、重く深く頷かれておられました。
……翌日、ロイドさんから『アマレット様から殿下のお友達を隠すように』との、厳重注意が周知徹底されました。
アマレットお姉様は、かわいい人だと思います。
あの晩餐時、シャーロットは宇宙猫状態でしたが…




