19.幼女アラサーは手の内を見せる
「なにより問題なのは、スペンサーは今、『ハーロゥ』と仲がいいってことだ」
「ハーロゥ公爵様……」
思わずつぶやくと、シリウスがゆっくりとうなずく。
「ハーロゥは完全に敵です。脅すわけではありませんが、絶対に近づいたらダメですよ」
……『絶対』の言葉が重い。
何をされるか分からない怖さがある。
王子も物憂げにこちらを向いた。
「陛下に、僕の婚約を伸ばすように進言したのが、ハーロゥ公爵だよ」
「ハーロゥ公爵は、僕の母方の祖父なんだけど、自分の家から次の王妃を出すこと、全然あきらめてないんだ」
現在形で王子と歳の合う娘がいないのに、その自信はどこから来るんだろうか。
「そこまで固い決意をして、あてはあるのですか?」
思わず聞いてしまった。
シリウスはうーんと唸る。
「……あるとすれば、公爵の息子の娘。僕の従姉にあたる女性が、一昨年結婚したんだ。そこを当てにしてるんじゃないかな、って思ってる」
「その従姉って、どこに嫁いだんだっけ?」
「リンデン候爵家」
私も、うーんと首を傾げる。
「侯爵家なら私と同じですね」
同じ侯爵家なら、おそらくウチが家格で負けることはない筈だ。
「うん。いや、はい。だからおそらく、じじ…公爵は自分の養女にするつもりだと思います」
なるほど。そういうのはアリなんだ。
それにしても……
「あの、シリウス様。私にも、普通に話してくださいますか? 私も話し方がなってないと、まだまだ注意される身ですが」
王子にはくだけてて、こっちに敬語というのは、さすがに気になってくる。
話しづらそうだしね、と王子が笑った。
シリウスはバツが悪そうに頭を掻く。
「あんまりくだけすぎると、表でうっかり出た時が怖いんだよね」
「それは怖いだろうね、君の場合」
(エメラルド王子と、シリウス様が、悪役令嬢の目の前で、軽口をたたき合ってる)
シュールだ……それとも、そういう設定があったのだろうか。
幼少期は、この三人は仲が良かったと。
だったらこの先、シャーロットが嫌われるイベントでも起こるんだろうか。
『シリウス・クレイフォードは、シャーロット・ウイザーズを告発する!』
とてもキレイで、とても冷たい声がゲーム機から響く。
(断罪シーンは、スチルの力の入り方も違ってたなぁ。色もキレイで、ヒロインはかわいく可憐に頼りなく、イケメンはもっとイケメンに……)
『ウイザーズ嬢は、王太子の婚約者という立場を利用して、キャロル・グレーテル嬢に対して日頃から嫌がらせを繰り返し、ついには…』
『シリウス様!誤解です!私はそんな…』
『シャーロット嬢。殿下は、もう君の顔も見たくないと…』
『いやあああー…!』
「シャーロット?」
一瞬ゲームの世界に行きかけた思考を、王子の声がこちらに引き戻した。
「も、申し訳ございません!」
「無理しないでいいからね。いきなり『敵』だなんて言われれば怖いよね」
「ごめん…! 君に直接何かするってことは、ないと思うから!」
温かい言葉に、自然に笑みが浮かんできた。
「大丈夫です。いざとなれば精霊様が守ってくださいます」
シリウスが、同情に満ちた顔になる。
シャーロットの精霊力は、たいしたことないと、情報として知っているのだろう。
(王子だけでなく、シャーロットの個人情報もダダ洩れだわ)
まー、わざと流している分もあるだろうけど。
「シャーロット、王宮に来るときは殿下と、あと僕もいたら君を守れるから、あまり気を落とさないで」
「ありがとうございます、シリウス様」
心配されているのだと思うと、自然と頭が下がった。
「……でも、私の守護精霊様は頼りになるんですよ。殿下もご存知です」
シリウスと二人して王子を見ると、彼は少し引きつった笑いを浮かべていた。
「うん、とても……シャーロット、今日は?」
後の方は小声だ。
「特には、お呼びしてませんが……」
私は目を閉じて、頭の中で守護精霊に呼びかける。
もちろん『闇』の方だ。
『呼んだか。愛し子』
何度聞いても慣れない。
魅惑の低音ボイスに、思わず腰が砕けそうになる。
「……いらっしゃるようです」
「そうか……」
どこか遠い目になった王子は、右手をふわっと広げた。
「僕の守護精霊も来ているらしい」
王子の手の上に、一度見た赤い粒がキラキラと集まってきた。
「相変わらずキレイですね」
思わずうっとりと言うと、赤いキラキラが瞬いたようだった。
「君にも見えるんだ……?」
呆然とした、シリウスのつぶやきが聞こえる。
能力が低ければ、精霊なんて見られない。
それも超ド級の、王族の守護精霊なんて。
とりあえずそちらは無視して、私も両手を向かい合わせて、胸の前で広げる。
ほどなくして、手の間には柔らかい綿のように黒い線がくるくる回り始める。
「前の時より、大きくない?」
「糸を思い浮かべると、このような感じになりました」
前は、砂のような粒を思い浮かべた。
「……待って、色……え、は?『土』じゃない……?」
ブツブツつぶやいているシリウスに、王子が知らん顔してうながす。
「シリウスも、守護精霊が来ているなら呼べば?」
「私も、水の精霊様を見てみたいです!」
無邪気を装い、そんなことを言ってみる。
いや見たいのは本心ですが。




