第2話 理由
第2話「理由」
ゴブリンの持っている武器は主に短剣、槍を持っているゴブリンも少なからずいる。
「皆、今手元に奴らに投げて注意を引きつけられるようなものもない、だから僕の合図が出たその瞬間に皆で走って川の向こうまで逃げるんだ、幸いこの川の深さはせいぜい腰の高さまでだから溺れることは無いだろう」
それからゴブリンの群れと睨み合いの時間が数秒間続いた。
「3…2…1……今だ!皆!」
直井くんの合図によって皆で一斉に川の向こうに向かって走り出した。ゴブリン達も奇声を発しながら一斉に追いかけてくる。
「みんな!向こう岸までの距離はそう長くない、一気に渡りきれっ!!!」
あともう少しで川を渡りきれる、後ろを見るとゴブリンの群れが川の流れに抗いながらこちらを追いかけてきているのが見える。
渡りきった。僕の先に他の3人も川を渡りきったようだ……3人?あと1人がいない!!!會田君だ、
會田君がいない。まだ川を渡り切れていないようだった。
「シュン!早く!!!」
直井くんが叫んだ。
無理もない。人一倍大きい体で水の抵抗を受けているのだ。
「俺のことはいい!すぐに追いつくから先に行っててくれ!」
「そんな見捨てるような真似出来るわけないだろ!皆で生きて逃げ切るんだ!」
「ちくしょう!川の流れが強くて中々前に進めねぇ…」
あともう少しだ。
「頑張れ!あと少しだ!よし!」
渡りきった。
「すまねぇみんな、俺のために…」
その時だった。
(グサッ!!!)
「ぐっ……」
會田君の足に槍が刺さっていた。
ゴブリンの槍だ。
「シュン!!!!!!まずい、早く手当しないと…」
直井くんの手を會田くんが払いのけた。
「何するんだシュン!!早く手当を…」
「もういいんだ、リツ。これ以上時間をかけたら奴らに追いつかれちまう。ここは俺が時間を稼ぐから何とか逃げてくれ…」
「そんなこと出来るかっ!!!約束したろ、生きて皆で逃げ切るんだって!」
「頼むからこれ以上俺のせいで皆を危険な目にあわせたくねぇんだ…」
「だからってお前1人見殺しに出来るわけないだろ!!!」
「頼む、リツ…俺からお前への最後の頼みだ!!!」
「くっ…!!!」
直井くんの唇から血が出る
「ありがとう…リツ…」
「俺はいつもお前に助けられてばっかりだ…」
「俺の方こそお前と一緒にいたことで何度救われたと思ってやがる、お互い様だ」
直井くんは必死に涙を堪えていた。
「今は泣く時じゃない、シュンの決意を無駄にしないためにも何がなんでも生きてやる…」
暫く走った。
「ハァ…ハァ…よし、少し休憩にしようか」
流石に今日1日ずっと走りっぱなしで体力がもう限界だ。
「ちょっとジン君、怪我してるじゃない!」
膝を擦りむいていた。
「大丈夫だよ清水さん、ちょっと擦りむいただけだから」
「いいからちょっと見せて!ってあれ!?」
清水さんが手で触れた途端傷がどんどん塞がっていって最後には傷が完璧に無くなってしまった。
「清水さん…これは…??」
「私にも何が何だか……ぐっ!?」
突然清水さんが胸を押さえて苦しみだした。
「どうしたの!?清水さん!」
「ぐっ.........私…にも…分から…ない…っ
ハァ…ハァ」
ようやくおさまったようだ。
「何だったんだろ…今の…」
「僕の傷を治した直後に起きたからそれが原因だった可能性は否定できない、だから今後はあまり人の傷に触れない方が良さそうだ」
「うん…そうしとくよ」
今の清水さんのは魔法なのか?いや、ありえない。でもここがもし本当に異世界だとすると…
そんな考えが僕の脳内をよぎった。
「よしみんな、休憩もとったことだし日が沈むまでに食料を確保し…」
その時だった。
「え……嘘だろ…」
「そんな…」
見上げるとそこには無数のゴブリンがいた。
完全に振り切ったと思ったのに…
僕らの匂いをたどって来たのか?
そんなことを考えている間に僕に向かってゴブリンの槍が飛んできた。
「危ない!!!ジン!!!」
(ドスッ)
我に返ると僕の腕の中に胴を槍に貫かれて瀕死の状態の直井くんがいた。
「大…丈夫か…ジン……」
「直井くん!!!!!!」
僕を庇ったせいだ。
「直井くん!!!待ってて、今治してあげるから!!!」
清水さんが直井くんの傷を治そうとした。
「やめ…てくれ…清水…さん、さっき…ジ…ジンの擦り傷を治しただけで…あんな状態に…なったんだ…こんな傷を治し…たら君がどうなって…しまうか分からない」
「だからって!!!このままじゃ直井くんが…!!!」
「いいんだ…僕は…シュンを死なせてしまった…あの時から…心に決めたんだ…次は僕がみんなを命に変えても守るって…」
「直井くん!!!頼むから死なないでくれ!!!せっかく…友達になれたのに!!!」
「フフッ…ありがとう…ジン…みんな…」
「イヤ!!!死なないで、直井くん!!!」
「本当は…死にたくない…生きて元の世界に戻りたかったなぁ…」
そう言って直井くんは息を引き取った。
「ぐっ.........!!!!!!」
まだ泣く時じゃない、せめてこの2人だけでも…
「2人とも…走るぞ!!!」
走っても走ってもゴブリンは追いかけてくる。
「クソっ、どうすれば逃げ切れる…??」
「ハァ…ハァ………ッ!!!!!」
今まで気にかけてなかったが、神崎さんも相当疲れが溜まっていたのか足元の石につまづいて倒れてしまった。
「神崎さんっ!!!!!!!」
倒れた神崎さん目掛けてゴブリンの槍が飛んできた。
「危ないっ!!!ぐっ……!!!」
神崎さん目掛けて投げられた槍は僕の脇腹に刺さった。
「ジン君!!!!!!!」
「だ…大丈夫だ!!!そんなことより急ぐぞ!!!」
再び走り出した。すると
「2人とも、あれを見ろ!滝だ!そこまで高くもない、飛び込むぞ!!!」
3人は滝に向かって飛び込んだ。
(バッシャーン)
「ハァ…ハァ…何とか撒けた…みたいだな…」
それよりもまずい、さっきの脇腹の傷から出る血が止まらない。
「ジン君、その傷…」
「あぁ…思ったより傷が深かったらしい…」
意識が朦朧としてきた。
「ジン君!?ジン君!!!…ン君…」
清水さんの声も次第に遠のいていく……
(君のことが好きだったよ、出来ればもっと君のそばで笑っていたかった)
離れていく温もりを手放したくなかった。
(私はどうなっても、君が救われるならば…)
やめてくれ、お願いだからそんな事言わないで欲しい。
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「やっと起きた」
目の前には神崎さんの姿しか無かった。
清水さんがいない理由は聞かなかった。
知るのが怖かった。
僕は最低だ…。