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第62話 スオウと妹と、死神の正体 

「他に質問はまだあるのかしら?」


 美佳が訊いてきた。


「おれのことじゃないけど訊いてもいいかな?」


 スオウは一応確認してみた。自分のこと以外にも訊きたいことは山ほどあったのだ。


「私で答えられることならば、ちゃんと答えるわよ」


「それじゃ、ぜひ教えて欲しいんだけど──。結局、あのゲームでは何人の参加者が生き残ったんだ?」


 スオウはゲーム終了間際に観覧車の下敷きになり強制退場になってしまったので、ゲームの結果を知らなかった。


「生き残ったのはあなたと私を除けば、全部で5人よ。その内、ゲーム勝者が春元さんと櫻子さんの2人。ゲーム勝者にはなれなかったけれど、最終的に生き残ったのがイツカさん、ヴァニラさん、白包院さんの3人よ」


 なんだか、随分久しぶりに春元たちの名前を聞くような気がした。ゲームが行われたのはつい三ヶ月前なのに、ひどく昔の出来事のように懐かしく感じられる。


「そうか……春元さん、勝ったんだ……。それは良かった。本当に良かったよ──」


 スオウは自分のことのようにうれしく思った。あの狂ったゲームの最中、常に冷静に行動をしていた春元。スオウがゲーム終盤まで生き残れたのも、春元の協力があったからこそである


「彼は今、『エリムス』を応援する活動を頑張っているわ。あの人らしいでしょ?」


「ああ、春元さんが大好きな地下アイドルの『エリムス』か。おれもゲーム中に散々聞かされたよ。そういえば春元さん、あのド派手なピンクのジャンパーを今も着ているのかな?」


 ジャンパー姿で『エリムス』の魅力を熱弁する春元の姿が、脳裏に鮮明に思い浮かんだ。なんだか急に春元に会いたくなってきた。


「そういえば、あなたは『エリムス』について聞いているかしら? 『エリムス』という名前は、『笑顔』を意味する英単語の『SMILE』を逆から強引に読んで作ったそうよ。どう? 凄く勉強になるでしょ?」


 美佳が何やら思わせぶりな口調で言ってきた。何か気付いたことはない、といわんばかりの表情でスオウのことを見つめてくる。


「そうか、『エリムス』っていう名前には、そういう意味が隠されていたんだ。でも、特におかしな名前だとは思わないけど……」


 スオウは美佳の言葉の裏に隠された意味を理解出来ずにいた。


「──じゃあ、こう言えば分かるかしら? ねえ、『西』の反対は何かしら?」


 唐突に美佳が小学生でも分かるような単純な質問をしてきた。


「えっ、なんだよ急に……? 西の反対は東だろう? そんなの常識だろう?」


 普通に考えて、それ以外の解答はない。


「いいえ、『西』の反対は、『東』ではないわ」


 美佳が小さく頭を振った。


「どういうことだよ? 西の反対は南とか言うのか? それとも、これって引っ掛け問題なのか?」


 スオウは困惑気に訊き返した。西の反対は東で、北の反対は南である。それは世界共通の揺るぎない事実なのだ。


「いいわ、この話題はここまでにしておきましょう。あなたにもいずれ分かるときがくるはずだから。──他に私に訊きたいことはあるかしら? そろそろ私も病院を出ないといけない時間なんだけど」


 自分で話し始めておいて、自分で話を止めてしまう美佳だった。答えは自分で見付けろ、ということなのだろう。なんとも自分勝手な死神だが、あるいは逆に考えると、なんとも死神らしい態度と言えなくもない。


「時間が決まっているのなら、最後にもうひとつだけ聞きたいことがあるんだけど……」


 美佳の意味深な態度も気になったが、どうしても聞いておきたいことがあったので、スオウはそちらを優先させることにした。


「えーと、なんて言えばいいか……」


 そうは言ったものの、なかなか次の言葉が出なかった。声を出すのに躊躇してしまう。これから訊こうとしていることは、とてもデリケートな話題だったのだ。


「どうかしたの? 質問があるんじゃないの?」


「ああ……うん、あるよ……」


 それでもまだ迷いが捨て切れなかったが、今訊いておかないと絶対に後悔すると分かっていたので、思い切って質問してみることにした。


「──実は、イツカのことなんだけどさ……」


 本当は一番始めに訊きたかったことだった。でも、イツカの父親のことを考えると、イツカの話はもうしないほうがいいんじゃないかと思ってしまい、質問が後回しになってしまったのである。


 スオウが街頭募金で集めた妹の為の手術費用を待ち逃げしたイツカの父親。あの事件さえなければ、スオウは危険なゲームに参加することはなかった。銃で撃たれることもなかった。


 しかし、あの事件が起こって、あの命を懸けたゲームに参加せざるをえなかったからこそ──。



 スオウはイツカと出会うことが出来たのだ。



 それもまた紛れもない事実だった。正直、スオウの心の中では、今でもまだ気持ちの整理が付いていなかった。果たしてイツカに対して、どんな感情を持つことが正解なのか分からなかった。でも、胸の奥に消えずに残る思いがあることも事実だった。だからこそ、イツカの現状を知っておきたかった。


 美佳から教えてもらったところで、何かが劇的に変わるわけではない。もしかしたら、単なる自己満足で終わるだけかもしれない。そうだとしても──。



 おれはイツカのことを忘れることは出来ない、この先も絶対に!



 その気持ちだけは間違いなかった。


「イツカさんはゲーム中に負った傷も癒えて、今はしっかりと学校に通っているわよ。ただし──」


 美佳はそこで言葉を切った。


「ただし、なんだって言うんだ? まさか父親のことで何かあったのか?」


 思わず体が美佳の方へ前のめりになってしまう。それだけイツカのことが気になっている証拠だった。


「そんなに焦らないで。──彼女は、父親の事件とは繋がりのない、遠くの田舎の学校へ転校したそうよ」


「転校……。そうだったのか……。まあ、そうだろうな……。この街に住んでいたら、周りからずっと父親のことで白い目で見られるだろうからな……」


 言葉ではそう納得したが、美佳の話をすぐに受け入れることは出来なかった。イツカが普通の生活に戻れたのであれば嬉しいことだけど、転校したということはもう会えないというのも同じなのだ。



 何も言葉を交わせずに、お別れっていうことか……。



 イツカと最後に言葉を交わしたのは、イツカが撃たれたときである。



 結局、ゲームの話以外は、ろくに会話らしい会話も出来なかったな……。



 胸にちくりと切ない感傷が走った。この病院で目を覚ましたときからずっと胸にあったイツカへの思い。その思いを本人へ伝えることはもう出来そうにない。


「あなたには伝えない方が良かったかしら?」


「いや……訊いたのはおれの方だから……」


 スオウは寂しげに首を左右に振ってみせた。


「──さあ、これで話はすべて終わったみたいね。それじゃ、私はそろそろ帰らせてもらうことにするわ。病室に長居するのも良くないだろうからね」


 今度こそ話は終わりとばかりに、美佳が静かにイスから立ち上がった。


「──君とも、もう会えないんだろう?」


 自分でも知らぬうちに、言葉が口を突いて出ていた。美佳は確かに死神かもしれないが、スオウにとっては命の恩人でもあり、そしてゲームを一緒に戦った友人とも、あるいは友人以上ともいえる存在に等しかったのだ。


「死神と再会するなんて、あまりにも縁起が悪すぎるでしょ?」


 美佳は誰かさんと同じように冗談混じりに言うと、病室のドアへと歩いていく。


「まあ、それもそうだよな。──じゃあ、これで本当にお別れだな。さようなら」


 なるべく感情が乗らないようにつとめて淡々と別れの挨拶をしたつもりだったが、若干、惜別の思いがこもってしまったのが自分でも分かった。


「ええ、さようなら。──また会えるその日までね――」


 美佳の最後の言葉は、しかしドアを閉める音と重なってよく聞き取れなかった。


「えっ、今何か言ったのか――?」


 スオウの言葉は、しかし閉じられた病室のドアに遮られてしまった。


 そのまま美佳からの返事が返ってくることはなかった。



 しばらくの間ぼーっとドアを眺めていた。



 遠くの学校に転校したイツカのこと、

 死神として病室に姿を見せた美佳のこと、

 アイドルの応援活動に一生懸命な春元のこと、



 そして、病院でリハビリを行っている自分自身のこと、



 この世に生を受けてまだたかだか十数年の短い人生ではあるが、もっとも濃密で濃厚な13時間を過ごしたのだと、改めて思った。


 いろいろと考え出せば切りが無いが、これでようやく一区切り付いた気がした。


 だからこそ、この先のことを考えないといけない。いつまでもあのゲームのことで気を病んで、立ち止まっているわけにはいかないのだ。



 とりあえずは自分の足でしっかりと大地を踏んで歩けるようにならないとな。



 当面の目標がそれだった。



 歩けるようになったら、春元さんに会いに行こう。きっとヴァニラさんも一緒にいるような気がするし。2人の仲は少しぐらいは進展しているのかな?



 スオウの頭の中では、春元とヴァニラはすでにカップルとして成立していた。ヴァニラが春元の妹と一緒にアイドルとしてデビューしたとスオウが知るのは、まだ少し先のことである。



 そういえばヴァニラさん、覚えているかな? おれにお酒をご馳走してくれるとか言ってたけど。お酒はまだ飲めないけど、快気祝いにいっしょにご飯でも食べに行けたら良いな。



 春元やヴァニラのことを考えていると、自然と元気が湧いてきた。



 さあ、おれも頑張っていかないとな!



 スオウが気持ちも新たに前向きな気分に浸っていると、突然、病室のドアが勢い良く開いた。


「ねえ、ちょっと『シンちゃん』、今病室から出て行ったあの美女は何者なの?」


 大きな質問の声と一緒に病室に元気良く飛び込んできたのは、ひとりの少女だった。スオウのことを『名字のスオウ』ではなく、『下の名前』で呼ぶ人間は限られている。



 蘇芳清羽美(すおうきようみ)――個性的な名前のこの少女こそ、スオウのたったひとりの大切な妹であった。



「だから、おれのことは名前で呼ぶなって何回も言ってるだろう──」


 スオウは本名を蘇芳真珠郎(すおうしんじゅろう)という。あまりにも古風過ぎるこの名前が好きではなかった。だから自己紹介をする機会があるときは、スオウと名乗るようにしていた。


「だって、シンちゃんはシンちゃんでしょ? それともお兄ちゃんって呼ばれたいの? えっ、まさかシンちゃんって、妹キャラに萌える人だったの? ていうか、初耳なんですけど? どうしよう、これから友達にシンちゃんを紹介するときに、妹萌えの兄ですって言わなきゃならないんじゃん」


 妹の清羽美が怒涛の返しをしてきた。その活力溢れる様子からは、実は三ヶ月前まで死と隣り合わせにいた姿などまったく想像することが出来ない。


 両親と妹から聞いた話によると、三ヶ月前に突然移植手術の日取りが決まり、すぐに手術が執り行われたとのことだった。移植手術は無事に成功し、その後は経過観察の為にスオウと同じ病院に入院したらしい。廃遊園地から意識不明に近い状態で運び込まれた兄と違って、妹の方は手術後も経過良好で、今ではほぼ毎日のようにスオウの病室にお見舞いに来れるほどまでに回復していた。


「分かったよ。もうシンちゃんでも、何でも呼び方はいいから。その代わり、妹萌えの兄というのはだけは、絶対にやめてくれよな。せっかく治りかけている傷が再発しそうだよ、まったく」


 スオウはやれやれとため息をついた。昔から何度も妹には言い負かされてきているので、早々に白旗を揚げることにしたのである。


 同時に、妹がここまで元気に回復したんだなという嬉しい思いもあった。考えても見ると、移植手術をする前は、兄妹の間で日常会話はほとんどなかった。常に重たい空気に包まれていたのだ。こうして少しうるさいくらいの会話が出来るというのも、幸せの表れであった。


「それで、病室から出て行ったあの美女は何者なの? まさか、シンちゃんの彼女だったの? それならば、ちゃんとお礼の挨拶しておかないと──」


 今までずっとスオウが清羽美の世話をしてきたせいか、今度は自分が兄の世話をしなきゃといわんばかりに、清羽美はスオウの世話をあれやこれやとしてくれているのだった。


「彼女じゃないよ。そういう関係じゃないから」


「じゃあ、どういう関係なの?」


 当然の如く訊いてくる清羽美。その顔にはうっすらと笑みが浮いている。兄の彼女出現に心ワクワクさせていることが、一目瞭然で分かる顔である。闘病生活が長かったせいか、この手の恋愛話を聞きたくてうずうずしているのだろう。


 しかし清羽美には悪いが、美佳は本当に彼女なんかではないのだ。だが、どう説明すべきか言葉に迷ってしまう。なにせ、あのゲームについては、一切他言無用というのがルールになっているのだ。


「彼女は美佳さんと言うんだよ。おれがお世話になった人で、清羽美が思っているような関係じゃないから」


 とりあえず直接的な説明を避けて、曖昧な返答をすることにした。


「ミカさん……? 苗字は何っていうの?」


 清羽美の追求は止まらない。


西(にし)だよ。西美佳っていうのが名前だよ──」


 そこでなぜか、あのゲームの最初に参加者たちが自己紹介をしたシーンを思い出した。


 美佳が自己紹介をすると、東だ北だと、ヒカリがからかったのだ。


「なんだか怪しいなあ。えーと、(ひがし)美佳さんって言ったかな、シンちゃんには不釣合いのとんでもない美人さんだったじゃん!」


「あのな、誰かさんと同じような、わざとらしい言い間違いをするんじゃないよ。いいか、彼女は東さんじゃななくて、西──」



 そこまで言いかけたところで、不意に、あの日感じた死神の息吹を再び背筋に感じた。ぞわりと寒気が全身に走る。氷の塊を皮膚に直接押し当てられたように体が凍える。



 分かったぞ!



 瞬間的に頭が冴え渡った。脳に雷が直撃したような閃きが舞い降りた。そして、神経を駆け巡る電気信号が、ひとつの解答を導き出した。



「そうか! そういうことだったのか! さっき美佳さんは『そのこと』をおれに気付かせようとして、わざと『エリムス』の『名前の由来』について話したんだ!」


 数学の難問を一瞬で解いたような快感が頭に走った。


「なあ清羽美、『西』の反対はなんだと思う?」


 スオウは清羽美に質問した。


「えっ? 西の反対は東でしょ? そんなの常識じゃん」


 さすが兄妹である。さっきのスオウとまったく同じ答えだ。


「違うよ。『西』の反対は『東』じゃないんだ!」


「どうして?  えっ、ひょっとして……ねえ、もしかしてシンちゃん……怪我の影響で、頭の中が……どうかしちゃったとかなの……? それってすごく危ない兆候じゃないの?」


 どうやら妹は違う心配をしたようである。


「安心しろ。おれは正常だから。──いいか、『西にし』の反対は



『しに』



なんだよ!」



 スオウはごく自然に病室のドアの方へ視線を向けていた。つい数分前に美佳が出て行ったドアである。



「『西』の反対は『しに』。



 そして『美佳みか』の反対は『かみ』。



 ふたつを組み合わせると――



『しにかみ』



つまり――『死神』というわけか……」



 頭の中で散らばっていたパズルのピースが、ようやくすべて収まるべき場所に収まった気がした。


「ははは! ははは! ははははは、はははははははは──」


 腹の底から笑いが込み上げてきた。なんだかひどく愉快な気分になった。目の前にぶら下がっていた答えに気付けなかったことに対して、なぜか悔しさはまったく感じずに、むしろ逆に清々しい気分になった。



 そうか、おれたちは最初から死神にしてやられていたんだ!



 そう、死神は最初からその正体を皆に晒していたのだ。ただ、ゲーム参加者は誰ひとりとして、その事実に気が付かなかっただけなのである。


「ちょ、ちょ、ちょっと、シンちゃん……本当に大丈夫……? 西とか東とか言ったかと思ったら……今度は突然、大笑いなんかして……。ねえ、一度ちゃんとCTスキャンで、頭の中を診てもらった方がいいんじゃ……」


 清羽美が本格的に心配し始めたようなので、スオウは慌てて話題を変えることにした。


「いや、大丈夫だから。清羽美が心配しているような頭の症状じゃないからさ。──それよりも、今日は何か用事があって来たんだろう?」


「あっ、うん……。シンちゃんが変なことを訊いてくるから、言うのが遅くなっちゃったじゃん。──えーとね、昨日家にお見舞いの品を持ってわざわざ訪ねてきた人がいたの」


「お見舞い? それも病室じゃなくて、家に直接?」


 病室に直接来ずに、家に届けに来るような人間に心当たりはなかった。


「うん、そうだよ。こんな大きなお見舞いの品も預かったんだから」

 

 清羽美はキレイに包装された大きな箱を差し出してきた。おそらくお見舞いの菓子折りだと想像が付いた。



 まさか死神の関係者とかなのか?



 だが死神本人がついさっき病室に現われたことを考えると、その可能性は低いように思われた。


「──誰だろうな……?」 


 スオウは首をひねった。


「あっ、もしかして──」


 ひとり頭に思い浮かんだ人物がいた。


「なあ清羽美、その人って、もしかしたら喪服を着ていなかったか?」


「えっ、喪服? お見舞いの品を持って来るときに、喪服なんか着てくる人がいると思う? それじゃ、ただの嫌がらせでしょ! ていうか、やっぱりシンちゃん、頭の方が──」


「いやいや、違う違う。違うからさ。ちょっと言ってみただけだから。おれの頭は正常に機能しているから、大丈夫だよ」


 スオウは慌てて弁解した。



 そうか、櫻子さんじゃないのか……。だとしたら、いったい誰なんだろう……?



 どうやらスオウが思いついた人物ではなかったらしい。


「えーと、名前もちゃんと聞いたんだけど……何っていってたかな……? ちょっと変わった名前だったんだよな……」


 清羽美が可愛らしく小首を傾げるポーズを取る。


「変わった名前?」


 瞬間的に、スオウの心の中に爽やかな風が流れ込んできた。


「清羽美、もしかしてだけど──その人、イツカとか言っていなかったか?」


「ああ、そうだ! そういえば、そんな名前だった気がする!」


「やっぱりそうだったんだ!」


 スオウの脳裏に、あの日のイツカの顔がありありと思い浮かんできた。


 数々のデストラップをくぐり抜け、共に生死を懸けたゲームを戦った仲間。いや、今ならはっきりと断言出来る。仲間以上の感情を持った相手──それがイツカなのだ。



 イツカ、来てくれたんだな……。イツカならば、直接病室に来なかったのも理解出来るよ。きっと父親のことがあるから、気を遣って姿を見せなかったんだろうな。



 もう二度と会えないと悲嘆していたところに、まさかまさかの吉報が届けられた。今イツカがどこに住んでいるのかはおろか、連絡先すらも知らないが、それでも──。



 イツカ、君とまた会える気がしてきたよ――『いつか』どこかでね!



 自分でも知らぬうちに、嬉しさの余り顔に自然と笑みを浮かべていた。


「ちょっとシンちゃん! なにニヤニヤ笑っているの? まさか、そのイツカさんとかいう人と付き合っているの? えっ、それじゃ、さっきの人はなんなの? ひょっとして二股ってことなの? ねえ、シンちゃん、どういうことなの?」


 外野が俄然騒がしくなってきた。


「だから、さっきも言っただろう。美佳さんとはそういう関係じゃないんだよ」


 さっそく火消しに勤めるスオウである。


「それじゃ、イツカさんとはどういう関係なの?」


「えっ、それはその……」


 思わず口ごもってしまうスオウ。


「あのね、シンちゃんは入院生活が長くて、世間の話題に疎くなっているから知らないかもしれないけど、今世間は二股とか不倫とかに凄く厳しいんだからね! 芸能人とか政治家がいろいろと問題を起こして、大騒ぎになっているんだから! シンちゃんも気をつけないとダメだからね!」


 妹がここぞとばかりに反撃してきた。


「いや、あのさ、だからさ……2人とはそういう関係じゃなくて……なんて言ったらいいか、とにかく、もっと深い関わりがあってさ──」


「深いって、それってやっぱり二股なんでしょ!」


 言葉のチョイスを間違ってしまったらしい。かえって妹の疑念が深まってしまった。



 これはヤバイ展開だぞ……。ゲームについては言えないし、彼女でもないし……。なんて言えば清羽美は納得してくれるか……。とりあえず、ここは小学校時代からの幼馴染みということで話してみるか──。



「清羽美、実はさ、あの2人はおれの小学校時代の──」


「幼馴染みでした、なんていう分かりやすいウソは、あたしには絶対に通用しないからね!」


 どうやら兄よりも妹の方が一枚上手みたいである。



 まったく、清羽美を納得させるのは、怪我を治すことよりも難しそうだよ……。やれやれ、イツカの消息を調べるのは、こっちの問題を解決してからになりそうだな。



 胸の内でそんなことをボヤキながらも、心が軽やかになっている自分に気が付いて、つい顔がほころんでくるのを止められないスオウであった――。

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