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第50話 狂人同盟

 ――――――――――――――――


 残り時間――51分  


 残りデストラップ――2個


 残り生存者――5名     

  

 死亡者――11名   


 重体によるゲーム参加不能者――2名


 状態不明者──1名


 ――――――――――――――――



 救世主のごとくスオウたちの前に現われた春元は、ベンチに横たわるイツカの様子を見るなり、何が起きたのかすぐに察したようだった。眉間に深い皺が寄り、表情が途端に険しくなる。


「ここに来る前に銃声を聞いたから、まさかとは思ったが……。撃たれたのはイツカちゃんだったのか……」


「すみません、おれのせいなんです……。おれがもっとしっかりしていれば、こんなことにならずに済んだのに……」


 スオウは悔しさと自分の不甲斐なさを言葉に滲ませた。


「スオウ君、イツカちゃんは自らの意思で君を捜しに行ったんだ。君の責任ではない」


「でも、イツカは、イツカは……」


 イツカがなぜ危険を冒してまでスオウのことを捜しに来たのか、今ならスオウにも分かる。きっとイツカはスオウの妹のことで責任を強く感じていたのだろう。だから、少しでもスオウの手助けをしたかったのだろう。


 スオウとて、そんなイツカの気持ちは本当に嬉しかったが、しかし同時に、このゲーム内でイツカのことを危険に晒したくないという気持ちもあった。それなのに結果、最悪の事態を招いてしまった。


「まさか信頼していた刑事が拳銃を向けてくるなんて、思いもしなかったから……」


 それは確かに晴天の霹靂であった。しかし細心の注意を払っていれば、イツカが撃たれることは防げたかもしれなかったのだ。



 玲子さんが残してくれた血のメッセージをもっと早く読み解けていたら……。



 そのことがとにかく悔やまれた。


「スオウ君、刑事が銃を撃ってきたというのか? イツカちゃんは刑事に撃たれのか?」


 春元も刑事と聞いて驚いたようである。半信半疑の表情で尋ね返してくる。


「そうです……。それもおれのよく知っている刑事だったんです……。でも、その刑事は自分の立場を利用して、悪事を働いていた悪徳刑事だったんです……。そのことを口外されないように、おれたちのことを殺そうとして銃を向けてきたんです。本当ならおれが撃たれていたところを、イツカが身を挺して庇ってくれて……」


「そうか……そんなことがあったのか……」

 

 さすがに春元もそれ以上の言葉が続かないらしい。


「しかも、その刑事はイツカの父親のことも騙していたんです。おそらく、金になりそうな事件に首を突っ込んでは、上手い具合に立ち回って、自分の懐に金を入れていたんです」


「そんなクズみたいな刑事が世の中にいるのか……」


「ええ、阿久野という刑事なんですけどね──」


「おい、待った! スオウ君、今、なんて言ったんだ? まさか阿久野って言ったのか?」


 春元は突然スオウの肩を両手でがっしり掴むと、内心の動揺を表すように猛然と前後に揺すってきた。


「ちょ、ちょ、ちょっと……ど、ど、どうしたんですか、春元さん……? ひょっとして、春元さんも阿久野の──」


 ここまで動揺する春元の姿を見るのは、今夜初めてだった。


「ああ、その刑事のことならば、よく知っているよ。何度も顔を合わせたことがあるからな。そうか、阿久野という刑事はそういうやつだったのか。これで分かったぜ。『あの一件』には裏で阿久野が絡んでいたんだな。前からおかしいと思っていたんだ。『示談の話』がまとまった途端に、相手方が行方不明になっちまったからな。でも、そこに阿久野が絡んでいたとなれば、カラクリが見えてくる。これでようやく真相が理解出来たぜ」


 春元は辛い何かを思い出すような眼差しを何もない空間に向けている。きっとそこに春元だけが知る光景を見ているのだろう。


「――ということは、あの紫人とかいうやつも、当然、阿久野の秘密を知っていたはずだよな。つまり、最初からすべて繋がっていたっていうわけだ。だからこそ、オレをこのゲームに誘ったんだろうな」


 春元はひとり納得した様子で、大きく何度も頷いている。


「春元さん、どういうことなんですか?」


「そうとなったら、いつまでもここで立ち止まっているわけにはいかないな。スオウ君、次の行動に移ろう!」


 問い掛けるスオウの声が聞こえなかったのか、それとも亜久野のことで頭がいっぱいなのか、春元はスオウの問い掛けに答えることなく、さっそく次の行動に移ろうとする。


「春元さん、何か良い作戦でもあるんですか?」


 スオウは春元に確認した。春元の口振りからして、何やら阿久野と浅からぬ関係があるのだろうと推測することは出来たが、今のスオウにとってはイツカの容態の方が大事である。だから、これ以上この場で阿久野との関係について問い質すことは止めにした。ゲーム終了時に春元に確認すればいいだけのことである。もちろん、スオウと春元が生き残っていればの話だが――。


「まあ、作戦と呼ぶにはほど遠いけど、あるにはある。――ほら、あそこにオレが乗ってきたバスが見えるだろう?」


 春元が自分の背後を指差した。そこには可愛らしいバスが止まっている。


「ええ、あれって園内を巡回するバスですよね?」


 スオウはそのバスから春元が降りてくるの実際に見ている。


「ああ、そうだよ。ヴァニラもあのバスに乗せている。あのバスで遊園地の入り口まで行って、ゲームが終わるまでそこで待機するんだ。そして、ゲーム終了と同時に病院に全速力で向かうのさ」


「バスで病院ですか……」


 確かにあのバスなら重体の2人を安全に運べそうだった。


「バスに乗っていれば、もしもデストラップに掛かったとしても、バス自体が防御壁の役割をしてくれる可能性もあるからな。生身でいるよりも、何倍も安全だと思う。それに武器も何も持たずに重体の怪我人を連れて園内を歩くのは、オオカミの巣に自ら頭を突っ込むようなもんだからな。あのクソ刑事にひと泡吹かせたい気持ちもあるにはあるが、無事にゲームをクリアするという目的を達成する為には、安全策を選択するのがベストだと思う」


 阿久野の話が出たときは、あれほど動揺した様子を見せていた春元だが、今は冷静沈着に先の先を読んで作戦を考えている。一時の激情に流されることなく、今すべきことを的確に判断し、落ち着いて思考する春元の姿を見て、この人が味方で本当に良かった、とスオウは改めて思った。


「そうですね。バスで移動すればはるかに安全ですよね」


 スオウは春元の作戦にのった。


「それじゃ、こんな時間だが、バス旅と洒落込むとするか。可愛いバスガイドさんがいないのが、唯一の難点だけどな」


 春元は冗談を飛ばすと、いつもの笑顔を浮かべる。そこに不安の色は一切ない。頼れるリーダーの顔をしていた。


「そんなことを言ったら、寝ているヴァニラさんが飛び起きて怒鳴りますよ」


 スオウも笑顔で冗談を返した。知らないうちに心に余裕が生まれていた。



 そうだ。こうしてチームで困難に立ち向かえば、なんとでもなるんだ。この狂ったゲームにも勝てるはずなんだ。妹の為にも、イツカの為にも、そして、ここにいるみんなの為にも、絶対に負けるわけにはいかないんだ!



 スオウは春元と顔を見合わせた。


「スオウ君、君もヤル気が出てきたみたいだな」


「ええ、おれは最後の最後まで諦めませんから!」


 2人はそろって大きく頷きあった。 



 ――――――――――――――――



 喪服を着た美女と、顔中に無惨極まりない傷を負った男――。夜道で出会ったら、即回れ右をしたくなるような見た目の2人組。そんな奇妙な組み合わせの2人が園内の道を歩いている。


「──私が犯罪者だということは、はじめから知っていたの?」


 まるで今日の天気を聞くみたいな何気ない口調で櫻子が話を切り出した。


「ぎや、じらばがっだ……(いや、しらなかった……)」


 包帯男の声は濁音交じりで、何と言っているのか聞き取り難い。


「いつから私のことに興味を持ったの?」


 櫻子は包帯男の声など気にする素振りも見せずに、淡々と話を進めていく。


「だいじょのどばっぶのどぎだ……(最初のトラップのときだ……)」


「そう。気を付けて行動していたつもりだけど、あのときは目の前に突然遺体が転がったから、興奮を押し隠せなかったのかもしれないわね」


 櫻子は遺体を見て興奮すると自分の口で言っているのだ。


「がどのどぎ、ごぐどぼなじがどがんじだ……(あのとき、ぼくと同じだと感じた……)」


「あなたも人の遺体に興味があるの?」


「ぎや、どうじゃがい……(いや、そうじゃない……)。ごぐがぎょうびだるごば──(ぼくが興味あるのは──)」


 包帯男は一旦そこで言葉を区切ってから、意味ありげに言葉を続けた。


「だがじゃん……だがじゃんにじが、ぎょうびがだい……(赤ちゃん……赤ちゃんにしか、興味がない……)」


「赤ちゃん……?」


 櫻子の口調に初めて包帯男に興味を持ったというニュアンスが含まれた。


「ねえ、あなた、一体何者なの?」


「じんぶじょうがいじげんとじえばばがるがろう……(妊婦傷害事件といえば分かるだろう……)」


「――そうだったの。あなたが『あの事件』の犯人だったのね。どうやら方向性は違えど、確かにあなたと私とでは、心の内に持っている思いは同じみたいね」


 櫻子は立ち止まると、包帯男の顔を至近距離でまじまじと凝視した。


 片や、類稀なる美貌を持つ女。片や、醜悪の極致といった顔を持つ男。対局にある2人だが、目の輝きだけは同じだった。


 感情を一切感じさせない、どこまでも底の見えない仄暗い瞳の輝き──。


「今さらだけど自己紹介をさせてもらうわね。──私は『毒娘』。そう言えば、あなたならすぐに分かるでしょう?」


「どぐぶずべ……(どくむすめ……)。ぼうが、ぎびがだのどぐぶずべがっだのが……(そうか、きみがあのどくむすめだったのか……)」


 包帯男の瞳が細まった。櫻子の自己紹介に興味を引くものがあったようだ。


「それじゃ、ゲームに戻りましょうか。あなたと一緒に行動していれば、まだまだ楽しいことが起きそうな気がするわ」


 櫻子の言う『楽しいこと』というのが、何を意味しているのか。櫻子の口元にはうっすらと笑みが浮かんでいる。菩薩が浮かべるようなあるかなしかの笑みにも見えるし、悪魔が浮かべる薄ら寒い笑みのようにも見える。


「あが、ばざっだ……(ああ、分かった……)」


 包帯男も口元を歪めてみせた。激痛を堪えているようにしか見えない包帯男の笑み。


 この瞬間、2人の狂人は初めて意気投合したのである。


 ここに『狂人同盟』が結成された。



 ゲーム終了まで一時間を切ったが、まだまだひと波乱もふた波乱も起きそうな情勢となった。



  ――――――――――――――――



 春元はスオウに阿久野との関係について話すかどうか迷ったが、結局は話さないことに決めた。ゲーム終了まで残り一時間を切っているので、今さら話す必要はないと思ったのだ。また、これ以上話を複雑にしたくないという思いもあった。スオウは話を聞きたがっているように見えたが、春元はわざと気付かない振りをしてごまかすことにした。



 でもまさか、あの阿久野が絡んでいたとは思いもしなかったけどな──。



 電気バスのハンドルを握りながら、内心で阿久野のことを思い返した。今はゲームに集中しないといけないことぐらい分かっているのに、どうしてもあの男の顔が脳裏に浮かんできてしまう。


 一見すると出来る刑事の顔に見えたが、今改めて考えると、何か裏のある顔に見えなくもない。あのときは『自分が巻き込まれた事件』のことで頭が混乱していて、そこまで注意深く観察する余裕がなかったのだ。


 そもそも相手は刑事である。疑うという気すら起きなかった。いや、むしろこちらから積極的に頼ってしまった。



 もしかしたら、それが間違いだったのかもしれないな……。あのとき、もっと慎重に行動をしていれば……。



 今さらながらにそう思った。


 後悔先に立たず。


 その言葉が重く胸に圧し掛かる。


 春元が阿久野と関わることになるきっかけとなったのが、春元の妹の存在にあった。妹は幼い頃から『アイドル』になりたいという夢を持っていた。


 すべてはそこから始まった――。

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