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第3話 追われる男

 スオウが危険なゲームへの参加を決めた時刻からさかのぼること、数時間前――。



 市内にある人のいない工事中のビル建築現場にその男の姿はあった。


「はあはあはあ……はあはあ……」


 男は荒い息をつきながらも、右手に持ったボストンバッグだけは絶対に離すことなく、ここまで全速力で走って逃げてきたところであった。


 そう、男は逃げていたのである。男はヤクザに追われていたのだった。


 もちろん、それにはちゃんとした理由があった。その理由がボストンバックの中身である。


 バックには現金で二千五百万が入っている。重さにすると、およそ2・5キロ。


「この金さえあれば……この金さえあれば……」


 男は地面に無造作に置いたバックに目を向けた。


 二千五百万ぽっちでは、一生遊んで暮らせるだけの額にはほど遠いが、少なくとも今の地獄のような生活から抜け出すことは出来る。この金を元手にして、なにか商売なり、株式なりに投資をして、金儲けをしてもいい。


 ほんの少しだけ、明るい未来が垣間見えた気がした。


 男は少し前まで無一文の生活をしていた。そのとき、男が最後にすがったのが、ネット上の裏求人だった。そこである裏の仕事を見つけた。


 正式名称『振り込め詐欺』──世間一般で言われているところの『オレオレ詐欺』の手伝いである。


 無論、それが犯罪の片棒を担ぐことになると分かっていた。しかし、無一文で住む所もない男を雇ってくれるところは、もう犯罪組織しかなかったのだ。


 最初の内はビクビクしながらやっていたが、何度も経験をして、簡単に高齢者からお金を奪えると分かってからは、むしろ積極的にやるようになった。


 そんなある日、仲間の一人が捕まった。そのとき、ようやく自分が危険な犯罪に関わっているんだと実感した。


 その日から、いつか警察に捕まるかもしれないという恐怖の毎日が始まった。


 だから、男は最後の手段に打って出ることにした。


 オレオレ詐欺で手に入れた金を組織には渡さずに、そのまま持ち逃げすることにしたのである。


 その機会は意外と早く来た。地方に住んでいる地主の老人が、こちらのウソの電話に引っかかったのである。


 相手は地主だ。今までで一番高額な金を引っ張れるはずであった。


 男は自ら金の受け取り役を買って出た。金の受け取り役は一番警察に捕まる確率が多いので、やりたがる者はいない。だから、すぐに男が金の受け取り役に決まった。いわゆる『受け子』と呼ばれる役である。


 そして詐欺の実行日、男はダマされた老人から現金の詰まったボストンバックを受け取ると、そのまま組織ともおさらばして普通の生活に戻る──はずであった。



 それが今、男は組織から追われる身となっていた。



 組織の方もダマす金額が大きかったためか、いつも以上に神経を尖らせていたのである。その結果、男の不自然な緊張感をいち早く見抜いて、男のことを見張っていたのだ。


 金を奪って黙って逃げるつもりだったが、男は組織の人間に追われながら逃げるハメになった。本当ならば今ごろは駅から新幹線に乗って遠くまで逃げ切っていたはずなのに、完全に予定が狂ってしまった。


 そして、追ってくる組織の人間をなんとか振り切って、ようやくたどり着いたのが、この工事中のビルであった。


「大丈夫、大丈夫……大丈夫に決まってる……。この金がある限り、必ず逃げ切れるはずさ……」


 男にとってバックにぎっしりと詰まった金は、未来へと続く軍資金なのだ。バックをポンと軽く叩いた。


「こうなったら危険は承知でタクシーに乗って逃げるしかないか……。だとしたら、タクシー代が必要になってくるよな」


 バックのジッパーを開けて、中身を確認する。


 たくさんの福澤諭吉が笑顔を見せて──くれなかった。


「おい! なんだよ、これっ!」


 隠れていることも忘れて、大きな声を出してしまった。


 バックに入っていたのは、一円の価値すらない新聞紙で出来た札束の山だった。


「くそっ! あのジジイ、はじめからオレオレ詐欺って気付いていやがったんだっ!」


 男はバックを地面に叩きつけた。



 これからどうしたらいいんだよ……?



 未来へのチケットだと思っていた物は、ただの紙くずでしかなった。紙くずではどこにも行けない。紙くずでは明るい未来図は描けない。


 男が頭を抱えていると、スマホの着信音が鳴った。この状況で電話を掛けてくる相手は決まっている。出るつもりはなかったが、バックの中身を説明しないとならないことを思い出して、電話に出ることにした。


「──もしもし」


「金の持ち逃げとは、お前、良い度胸してんな」


 ドスの利いた低い声。容易に声の主の社会的立場が想像できる声である。


「いえ、違うんです! バッグの中に金は入っていなかったんです! 俺たちは最初から、あのジジイにダマされていたんです!」


 男は必死に弁解した。


「オイオイ、なに寝ぼけたこと言ってんだ? おれたちをダマしたのはお前だろうが!」


「だ、だ、だから、それは……その……」


「安心しろ。うちの組織が今全力でお前に追い込みをかけているからな。すぐにお前を捕まえて、直接言い訳を聞いてやるからよ。もっとも生きて捕まえろとは言ってないからな、お前の声を聞くのはこれが最後になるかもしれねえけどな」


 電話の声は怖いことをなんのてらいもなく言う。


「ちょ、ちょ、ちょっと、待って……待ってください! 俺の話を聞いてください! 本当に金は入って──」


 男の言い訳の途中で電話は切れてしまった。


「──どうやら、これで万事休すかもしれないな……。俺の人生もこれで終わったか……」



 絶望を感じた男が力なくつぶやいた、まさにそのとき──。



「――随分とお悩みでいらっしゃるようですが、ひとつだけ最悪の事態から逃れられる方法がありますよ」


 突然工事現場に響いたその声に驚いた男は、声のした方に慌てて顔を向けた。


「だ、だ、誰だよ、お前!」


「驚かせてすみません。通りすがりの者です。実はとある提案をあなた様にしたいと思いまして、こちらにおじゃまさせてもらいました」


 男の前に姿を見せたのは、いかにもサラリーマン然といった格好をした、30代くらいの男だった。


「わたくし、『死神の代理人』をしています。名前を紫人と申します 」


「死神の代理人……? おい、この状況で何ふざけたこと言ってんだっ!」


 男は近くに落ちていた工事用の鉄パイプを掴むと、紫人と名乗る男に向けた。


「その鉄パイプをお使いになるかどうかの判断は、わたくしの話を聞いた後でも、遅くはないと思いますよ。なぜなら、わたくしがこれからする話は、今のあなた様にとって非常に魅力的な提案だと断言できますので」


「…………」


「沈黙は容認と受け止めてよろしいでしょうか? どうやら、わたくしの話に多少は興味を持っていただいたみたいですね。では今から話を始めますね。――今夜、とある場所で、とあるゲームが開催されます。それは命を懸けたゲームです――」



 20分後――。



 男は手にした鉄パイプを放り投げると、『死神の代理人』を名乗る男から受けとった黒い封筒を潰れるくらいしっかりと握り締めた。


「――へへへ、命を懸けたゲームか。なんだか随分と面白そうだな。このまま組織に捕まっても、拷問されるか、殺されるかして終わりだろうからな。だったら、このゲームとやらに命を懸けるのもいいかもしれないな」


 少し前まで絶望の淵に佇んでいた男は、今一歩前へと踏み出した。そして、組織の人間が血眼になって捜索しているであろう街中へと向かう。



 男の目的地は――閉園になったばかりの郊外の廃遊園地。

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