第37話 坂道発進! 第九の犠牲者
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残り時間――2時間39分
残りデストラップ――3個
残り生存者――11名
死亡者――7名
重体によるゲーム参加不能者――1名
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傷の応急処置を済ませた慧登は、玲子と一緒に束の間の休息をとっていた。しかし、その平穏な時間も長くは続かなかった。突然、外からぎらつく光が迷子センター内に差し込んできたのだ。
「なんだよ、この眩しい光は? 何かのアトアクションが動き出しのか?」
慧登の明るい予想を、しかし、重低音の唸りが真っ向から否定した。
「えっ? この音って……」
慧登はとっさにあるものを脳裏に思い浮かべた。牛頭が乗っていた高級車である。しかし運転手である牛頭は玲子の一撃によって、今は『巨大迷宮』の中で永遠の眠りに付いているはずだった。
「いや、まさかと思うが、若頭自身が車を運転して──」
慧登の不安の声を掻き消すようにして、轟音を伴って光が一直線に迷子センターに向かってくる。
「慧登君……これってさっきと同じなの……?」
玲子が体を硬直させたままつぶやく。
「マズイぞ……」
ここまでくれば間違いなかった。誰が運転しているのか分からないが、車で迷子センターの中に突っ込んでくる気なのだ。
「玲子さんは逃げて!」
慧登は玲子の体を力任せに横に押し出すと、自分も横っ飛びにジャンプした。
次の瞬間、迷子センターの扉と薄い壁を押し潰して、真っ黒い獣が突入してきた。それは牛頭が運転していた、あの高級車だった。
「こいつ、死ぬ気で飛び込んできたのかよ……」
車の突入をすんでのところで避けた慧登は、這いつくばっていた床の上から体を起こした。咄嗟の行動のお陰か、体に怪我は負っていない。
衝撃で変形してしまった棚や机があちこちに飛んでいる。割れたガラスの破片が、床一面に飛び散っている。迷子センター内は、一瞬の内に瓦礫のゴミ置き場と化していた。
今にも崩れ落ちそうな壁際に、震えている玲子がいた。玲子は何も言わずに、大丈夫だという風に、慧登に何度も頷いてきた。それで慧登も安心して、気持ちが少しだけ落ち着いた。
「運転手はどうなったんだ?」
車の方を注意深く見つめる。車はまだエンジンが掛かっていたが、その場から動こうとしなかった。フロントガラス越しに白い膨らみが見えた。おそらく、激突の衝撃でエアバックが作動したのだろう。この分では、運転席にいた人間は気絶しているかもしれない。
慧登はしばらく車の様子を伺っていたが、何も起きないとみると、車の運転席に近寄った。ドアノブに手をやる。何度かガチャガチャ動かしたが、鍵がかかっているのか、それとも衝突の衝撃で鍵が壊れたのか、いっかな開かない。
「慧登君、そんな車は放っておいて、ここから早く逃げた方がいいんじゃない?」
玲子が心配気な目で見つめてくる。
「いや、出来るなら今確認しておいた方がいいと思う。また追ってこられても困るし。それに車が相手じゃ、こっちは分が悪いから。──とにかく、ここは俺に任せて。玲子さんはそこにいて──」
玲子に気を取られている間に、車が突然息を吹き返した。エンジン音の唸りが半壊した迷子センター内に響く。車が細かく振動する。
「動かせてたまるかよ!」
慧登は車の衝突で床に転がってしまったイスを手に取ると、それを車のフロントガラスに力任せに叩きつけた。ガラスが割れることはなかったが、蜘蛛の巣状の細かいひび割れが出来る。
車の動きがぴたっと止まる。しかし、すぐに次の動きに移る。低いエンジン音をあげて、後退しようとする。
「逃がさねえぞ!」
ここで逃がすわけにはいかない。運転手を殺すつもりはさらさらないが、自分たちへの攻撃を出来なくさせる必要はあった。
車の下部に鋭い視線を飛ばす。手に持ったままのイスを、今度は車のタイヤに向けた。タイヤと車体との間に捻じ込んで、車を物理的に動かせなくするつもりだった。
しかし、車の運転手も慧登の考えを察したのか、ギュルルンという摩擦音をたてながら、車を急いで後退させる。
「玲子さんは早くここから逃げて下さい! 俺はこの車をなんとかしますから!」
大声で叫びながら、慧登は後退を始めた車のボンネットに体ごと飛び付いた。咄嗟のこととはいえ、自分でもなぜこんな大胆な行動にでたのか分からなかった。アドレナリンが出て興奮状態にあったせいなのか、それとも玲子を助けたい一心だったのか。
車はバックの体勢のまま迷子センターから勢い良く飛び出すと、スピードを緩めずに後退していく。慧登は両手でしっかりとボンネットの端を掴んで、振り落とされないようにした。
幸い、バックで走っているので、車のスピードもそこまで速くない。慧登はチャンスを見計らってボンネットから飛び降り、運転手を外に引っ張り出すつもりだった。
だが、慧登の作戦に齟齬が生じた。
車は十字路まで後進して行くと、そこで素早くハンドルを切って、フロントノーズを園内の入口へと続く道の方に向けたのだ。そして、すぐにそのまま走り出した。バックで走っていたときと違って、スピードがグングン上がっていく。
「クソっ! これじゃ飛び降りるのは却って危険だ!」
慧登は計画の立て直しを余儀なくされた。
車の進行方向の先に大型トラックが一台止まっていた。荷台には足場を組む為に使われると思われる鉄パイプが山のように積まれている。
車が猛スピードで大型トラックの脇を走り抜けていく。
「おいおい、どこまで走って行く気なんだよ……?」
慧登が混乱している間に道は坂道に変わっていた。車は止まることなくその坂道を下っていく。
まさか、この坂道で俺を振り落とすつもりか?
慧登の不安が的中したのか、車はさらにスピードをあげて坂道を下っていく。
マジかよ! このままじゃ、本当にヤバイぞ……。
慧登はひび割れたフロントガラス越しに車内を睨みつけた。運手席に座る酷薄な面構えの男と目が合う。
この男が牛頭の上に立つ若頭なのか……?
慧登は初めて若頭の顔を見た。慧登のようなオレオレ詐欺の下っ端要員は、若頭とは会う機会がなかったのだ。
そのとき、不意に車の挙動に異変が生じた。タイヤが何かに乗り上げたのか、車体が左右に大きく激しく揺れる。フロントガラス越しにも、男が焦った顔を浮かべるのが分かった。
男が急ハンドルを切る。車体が悲鳴にも似た軋み音をあげる。
これはマズイぞっ!
慧登は首だけ器用にねじ曲げて、車の進行方向を見つめた。見上げるほどの大きな観覧車と、斜めに傾いだクレーン車が見えた。クレーンの部分は歪に捻じ曲がっている。
なんだ、あのクレーン車は? あれもこの坂道で事故を起こしたのか?
そんな疑問が頭を過ぎったが、答えにたどり着く前に、慧登の体は大きく前方に投げ飛ばされていた。車が坂道で大きくスピンをしたのだ。その動きに慧登の握力は耐え切れなかったのである。
地面に全身を叩きつけられた慧登は、そのままごろごろと坂道を転がり落ちて行く。最初の衝撃こそ頭で理解出来たが、すぐに意識が混濁の底に落ちていった。
玲子さんを守らないと……守らないと……それが……それが……俺の、使命、だから……。
遠ざかる意識の底で、車のエンジンを何度もかけ直す音だけが聞こえてきた。
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玲子は慧登がボンネットに飛び乗ったまま車ごと走っていくのを半ば呆然と見つめていたが、すぐに慧登の身を案じて、慌てて瓦礫置き場と化した迷子センターから飛び出した。自分の足のエンジンを頼り、車の後を追いかけていく。しかし、十字路の手前まで来たところで、車が園内の入口へと続く道を走っていくのが見えた。車のボンネット上には依然として慧登が乗っている。いやこの場合、必死に張り付いていると言うべきか。
「もう、次はどこに行く気なの!」
再び玲子は車の後を追いかけた。人間と車とでは勝負にならないが、今は慧登の身が何よりも心配だった。
そのとき――。
耳障りなきしみ音が聞こえてきた。この状況下では、その音の正体は容易に察せた。
果たして、玲子が肩で息をつきながら坂道まで来たところで、予想通りの光景が目に入ってきた。坂の途中で斜めに車が停まっている。だが、ボンネット上に慧登の姿は見えない。おそらく、車がきしみ音を上げながらスピンして、その反動で慧登は振り落とされてしまったのだろう。
「慧登君はどこにいったの?」
坂道を5メトールほど降りていくと、視界の先に慧登の姿が見えた。坂道を下りきった地面の上に転がっている。そこまで転がっていったのだろう。
「慧登君!」
大声で呼びかけたが、返事はおろかリアクションもない。背筋に寒気が走る。どこか打ち所が悪かったのかと、不安が頭を過ぎる。
「慧──」
再度呼びかけようとしたとき、停まっていた車からエンジン音が聞こえてきた。
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ハンドルを握り締めた男はボンネットにあの男を乗せたまま、坂道を勢い良く下っていった。このまま男を地面に振り落とすつもりだった。さらにスピードを上げようとしたとき、車の挙動が突然おかしくなった。タイヤが何かに乗り上げたようで、急にハンドルが取られたのだ。
「クソっ、なんだ!」
慌ててハンドルを切って、車の状態をなんとか維持しようとしたが、一度勢いがついてしまった車の動きを制御することは出来なかった。
坂道で車がスピンして、フロントノーズが勢い良く道を隔てるフェンスにぶつかった。そこでようやく車が止まった。
エアバックは最初に迷子センターに激突したときに作動していたので、今回は体を守る装置がなかった。その為、額をしたたかにハンドルに打ちつけてしまった。
余りの衝撃に気が遠ざかる。しかし額に生じた痛みのおかげで、意識が暗闇に落ちる寸前で持ちこたえた。
咄嗟に額に手をやると、べったりとした感触があった。ハンドルで額を深く切ってしまったらしい。
バックミラーで傷口を確認しようとしたが、肝心のバックミラーが事故の衝撃で粉々に割れて使い物にならなくなっていた。
「クソっ……。やられた分は……きっちりと返させてもらうからな……」
男はエンジンスタートのボタンを強く押し込んだ。キュルルルというエンジン音が何度かあがるが、車はいっかな動かない。
「高い金を出して買った車なんだぜ。こんなことぐらいで壊れるんじゃねえよ! 不良品かよ!」
車のディーラーが聞いたら目を剥いて卒倒しそうなことを平然とつぶやきながら、男は何度もエンジンを掛け直す。
「車が動かないんじゃ、最後の手を使うしかないか……」
男は助手席の足元に落ちてしまった銀色のジュラルミンケースに暗い視線を向けた。所持していること自体違法で、それを使用することも違法な物体が中に入っている。
男がジュラルミンケースに手を差伸ばしかけたとき、車のエンジンがようやく息を吹き返した。
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頭がボーっとしていた。最近の記憶が脳裏でランダムに思い浮かんでくる。あまりにもいろいろなことがありすぎて、なんだか人事のようにさえ思えてくるが、それらは紛れもない自分自身の過去の映像だった。
初めておどおどしながら牛頭に会ったときのこと。初めてそわそわしながら『オレオレ詐欺』の電話を掛けたときのこと。初めてビクビクしながらATMで金を引き出したときのこと。初めて、初めて、初めて…………………………。
毎日が緊張の連続だった。いつ警察に逮捕されるかもしれないという恐怖を常に抱えたまま、その日その日を生きていた。
でも、今は違う。確かに死ぬかもしれないという恐怖はあるが、それとは正反対のものがここにはある。
それは──生きる希望だった。
慧登はひとりの女性の顔を思い返した。その女性の為ならば、なんだって出来る気がした。どんな困難にでも立ち向かっていける気力が胸の奥から湧いてくるのだ。
だから……だからこそ……俺は、こんなところで……倒れている場合じゃ、ないんだ……。
ようやく頭が正常に戻った。すぐに体の状態を確認する。
まずは全身に力を入れてみた。そこかしこに鈍痛がはしるが、致命的な傷はないように思えた。次に両手を動かす。こちらも大丈夫。手の次は足だ。両足に力を入れて立ち上がろうとした。だが、足に力が入らなかった。右足に痺れにも似た感覚がある。骨を折ったわけではなさそうだが、捻るか強打した可能性があった。
「足が使えないとなるとヤバイな……」
辺りをきょろきょろと見回す。すぐそばの地面に鉄パイプが何本も転がっているのが見てとれた。
「そうか、この鉄パイプがスピンの原因だったのか……」
慧登は先ほどの事故の真相を察した。おそらく、坂道の上に止まっていた大型トラックの荷台に積んであった鉄パイプが、坂道の途中に何本か落ちていたのだろう。車はその鉄パイプに乗り上げてしまい、挙動が不安定になり、慌てた運転手がハンドルを切ったが、今度はスピンを誘発してしまったということだろう。
「ちょうどいい。この鉄パイプを松葉杖代わりに使わせてもらうか」
一番手近にあった鉄パイプを手繰り寄せた。それを脇の下に抱え込んで体の支えにすると、力を入れて立ち上がった。
「よし、起き上がれさえすれば、なんとかなるな。さあ、この坂道を登って玲子さんのもとまで戻──」
慧登が安堵しかけたとき、一番聞きたくない音がすぐ近くから聞こえてきた。
車のエンジン音である。
坂道の途中で横腹を見せて止まっていた車が、再び動き出したのだ。車は器用に何度か切り返すと、バックのまま坂道を上がって行った。
「うん? 逃げるつもりなのか……?」
一瞬そう考えたが、またしても慧登の予想は外れてしまった。
車は坂道の一番上まで後退していくと、そこで一旦停止した。車のヘッドライトは片方が割れていたが、残ったヘッドライトが慧登の方に向けられる。アクセルを強く踏み込んだのか、大きなエンジン音の唸りが聞こえてきた。
「あの野郎……またこっちに突っ込んでくる気だ!」
慧登のつぶやきを合図にしたのか、車が猛スピードで坂道を駆け下りてきた。
慧登は素早く左右に目を走らせた。だが、どちらにも逃げ道はない。慌てて後方を振り返ったが、そこには事故を起こしたクレーン車が止まっているだけである。むろん、今の足の状態では走って逃げることは不可能に近かった。
「万事休すか……」
車が迫ってくる。
恐怖によるものか、知らぬうちに体に力が入っていた。手にも力が入り、思わず握り締めていた。
鉄パイプを――!
「そうか、これだ! これしかない!」
慧登は手で握り締めていた鉄パイプを構えた。チャンスは一度切り。外したら間違いなく車にはねられる。
的を外さないために、少しでも近くに来るのを待つしかない。
車が眼前まで来た。
「今だっ!」
慧登は渾身の力を込めて、鉄パイプを車のフロントガラス目掛けて投げ付けた。
狙い違わず、鉄パイプは車のフロントガラスのど真ん中に命中した。元からひびが入っていたフロントガラスに、鉄パイプががっつりと喰い込んで突き刺さる。
車からけたたましい急ブレーキ音があがった。途端に車の挙動がおかしくなる。その結果、まっすぐ慧登に向かってきていた車に、わずかばかりの方向のズレが生じた。車は慧登の体を掠めるようにして走り抜けていく。間一髪のところで慧登は車との衝突を避けることが出来たたのである。一方、車はそのまま減速することなく、止まっていたクレーン車に物凄い勢いで激突した。そして、辺りに耳をつんざく衝突音と破壊音が木霊した。
全てはほんの一瞬の出来事であった。
クレーン車にぶつかった車は見るも無残な姿となり、そこに高級車の面影は一切なかった。もはや鉄の塊と化している。
「──今度こそ……やったよな……?」
しばらく車を注意深く凝視していたが、車はうんともすんとも言わない。完全にエンジンが壊れたみたいだ。
「やれやれだぜ……」
慧登は上手い具合に地面に落ちていた新しい鉄パイプを手に取ると、それをまた松葉杖代わりにして、坂道をゆっくりと登り始めた。
これで少しは玲子さんも俺のことを見直してくれたかな?
心に余裕が出来たおかげか、そんなことを思った。
「慧登くーん! 慧登くーん! 無事なの? 大丈夫なの?」
坂道の上に玲子の姿が見えた。手を大きく振りながら、こちらのことを心配そうに見つめてくる。
「ああ、大丈夫だよ! あいつは事故を起こしたから!」
慧登は体の痛みも忘れて、声を張り上げた。
「良かった! それじゃ、ご褒美をあげないとね!」
玲子も安心したのか、冗談っぽく答えてきた。
えっ、ご褒美って、またキスでもしてくれのかな?
そんな風に思っていると──。
「慧登君! 後ろっ! 危ないっ!」
さっきまでの明るい声から一変、切り裂くような悲鳴染みた玲子の声が坂道の上から降ってきた。
「えっ? 後ろって──」
慧登が振り向こうとしたとき、乾いた音が耳に届いた。ほぼ同時に、胸元に衝撃が走り抜けていった。最初は体の中を風が通ったような感覚だったが、すぐに立っていられないほどの強烈な激痛が生まれた。
前に出しかけていた足が、そのまま止まってしまう。胸元に視線を向けようとしたが、それよりも先に体がストンと地面に倒れこんでしまった。
一体何がなんだか分からなかった。ただ焼け付くような痛みだけがあった。
お、お、俺……ど、ど、どうしたん……だろう……?
「慧登君! 慧登君! 大丈夫なの? ねえ、大丈夫って言ってよ!」
すぐ間近で玲子の声がした。体を抱きかかえられるようして、地面から起こされた。目の前に泣きそうになっている、いや、実際に泣いている玲子の顔があった。
あれ、なんで……玲子さんは……泣いて……いるんだろう……?
そんなことをぼんやりと思った。
「止まらない! 止まらない! なんで止まらないのっ!」
玲子が何やら大声で喚いている。
ねえ、玲子さん……俺……なんだか、すごく、眠いんだ……。急に……眠くなって……きて……。ねえ、なんでだろう……? 玲子さんに……抱きかかえて、もらっているからかな……?
「止まって! 止まってよ! なんで、なんで、こんなにいっぱい血が出てくるんだよ! こんなに血が出たら、慧登君が……慧登君が……。止まれ! 止まれっ! 止まれって言ってんだろっ!」
玲子はひどく興奮しているのか、普段と違い随分と荒っぽい声で叫んでいる。その口調がどこか新鮮に聞こえたが、なぜかその声が徐々に遠ざかっていく。
慧登の体から急速に力が抜け落ちていった。胸の痛みも知らない内に消えていた。その理由が慧登には分からなかった。
痛みが……消えたけど……なんでだろう……? これも、眠い……せいかな……? それとも……玲子さんがそばに……いるから……安心した、せいかな……? そうだ……このまま……少しだけ……眠らせて……くれないかな……? ねえ、玲子さん……いいでしょ? 少し寝たら……すぐに……起きるからさ……。起きたら、起きたら……また、さっきみたいな……ご褒美のキスを……して欲しいな……。でも、今度は……姉弟みたいな、キスじゃなくて……恋人同士…………みたいな…………熱い…………熱い………キスが……………欲し………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
玲子の腕の中で、慧登は目蓋をゆっくりと閉じた。そして、もう二度とその目蓋を開くことはなかった。
「慧登君? 慧登君……? ウソでしょ……? ねえ、慧登君、目を開けてよ? ねえ、目を開けてよ! 眠っちゃダメだよ! 起きて! 起きて、慧登君!」
玲子の悲痛な声だけが、そこにあった。




