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第2話 わたくし、死神の代理人デス

「お見受けしたところ、学生さんみたいですが、警察には何か御用でもあったのですか?」


 唐突に隣の男が訊いてきた。まるで世間話でもするかのような口調である。


「あっ、いえ……ちょっと、相談事というか……。知り合いの刑事さんに話を聞きに来て……」


 スオウは戸惑いながらも曖昧に答えた。スオウが今抱えている問題は、簡単に誰かに話して良いというものではなかったのだ。


「そうですか。さきほども言いましたが、最近社会を賑わすような事件が多いですよね。つい先日も、何やら工事中の病院で死者が何人も出たとかありましたし。本当に何が起こるのか分からない怖い世の中ですよね」


「あー、それならぼくもニュースで見ました」


 その事件ならば、スオウも知っていた。工事中で閉鎖されていたはずの病院で、数多くの死傷者が出る事件が起こったのだ。詳細についてはまったく解明されておらず、今では都市伝説として語られている事件である。


「あんな不可解な事件が起きると、警察への信頼が揺らぎませんか? なにせ警察は庶民にとって最後の砦ですからね」


「はあ、まあ、そう言われればそうですね……。でも、警察もしっかりと働いていると思いますよ」


 スオウはさっきの刑事の顔を思い出しながら答えた。


「お言葉を返すようですが、本当に警察の力があてになるとお考えでいますか? さきほど、二階から降りてくるときのあなた様の表情を見ていたら、そのようには思えませんでしたが」


 男はスオウの心の内を覗き込むかのような強い瞳を向けてきた。


「えっ、どういうことですか? それじゃ、まるでぼくのことを監視していたみたいな言い方じゃないですか?」


 男の言葉に対して、不信感が募った。


「監視ではなく、あなた様のことを詳細に観察していたんです」

 

 男はさらっと言い放った。


「観察って……? さっきから何を言いたいんですか? もしかして、困っているぼくのことをからかっているんですか? だとしたら──」


 スオウは思わず立ち上がりかけたが、それ制する形で男が言葉を発した。


「いえ、そうではありません。わたくしが言いたいのは──つまり、この国のどこかに警察とは違う、信頼に足りうる大きな力を持った存在がいるとしたら、あなたならどうしますかと訊きたかったんです」


「言っている意味がよく分からないけど……?」


 ようやくスオウも隣に座るこの男に対して、奇妙な違和感を抱き始めた。警察署という非日常的な空間に居るにも関わらず、ファミレスでコーヒーでも飲んでいるかのような自然体でいるこの男──。


「――あんた、何者なんだよ?」


 頭で考えるよりも先に、強い口調で問いただしていた。言葉遣いも知らぬうちに荒くなっていた。


「すみませんでした。わたくしの自己紹介がまだ済んでいませんでしたね。最初に名乗っておくべきでした。――わたくし、紫人(しびと)と申します。とある方の代理人を務めております」


「シビト……?」


「さきほどのあなた様の表情を観察して決めました。実はあなた様にお話があります。ぜひ聞いて頂きたいのですが、どうでしょうか?」


「話……?」


 そもそもスオウはこの男とは初対面である。話があるとは思えなかった。


「ええ、妹様に関する話と言えば、聞いて頂けますか?」


「――――!」


 一瞬、言葉に詰まった。この紫人という男には、もちろん妹のことは話していない。


「おまえ、やっぱりからかっているんじゃ──」


妹のことを出されて、怒りが込み上げてきた。スオウにとって妹の話題というのは、非常にナイーブなものだったのだ。


「いえ、勘違いしないでください。からかってなどいませんから。むしろその反対に、とても大事な話をしたいと思っていますので」


「大事な話? それはどういう意味だよ?」


「わたくしが妹様を助けられると言ったら、あなた様はどう思いますか?」


「――――!」


 再度、言葉に詰まってしまった。


「あんた、まるでおれの妹のことを知っているみたいな口ぶりだな」


「はい、妹様の事件については、すでに把握済みです。ですから今日、あなた様の様子を観察したくて、こうして警察に来たのです」


 紫人はよどみなく答えた。


 ここで男を無視してソファを立つことは出来た。しかし、スオウはそうしなかった。この男の言葉を百パーセント信じたわけではないが、少なくとも紫人は妹の件を知っているのだ。だとしたら、もう少し話に付き合うのもいいだろうと判断したのである。



 ――――――――――――――――



 スオウが巻き込まれた事件──それは詐欺事件であった。


 スオウの妹は心臓に難病を抱えており、命を助けるには海外での移植手術以外他に道がなかった。だから、スオウは両親とともに毎日街頭に立ち、必死に募金を呼びかけた。ネットやSNSも使って、様々な方法で支援を呼びかけた。心臓移植には莫大な手術費用が掛かるのだ。スオウの両親の収入だけでは全然足りなかったのである。


 毎日の募金活動の結果、半年余りで募金額が目標額に到達し、移植手術の目処がたった。あとはアメリカへの渡航時期の調整のみとなった。


 そんな矢先、募金活動を取り仕切っていたボランティアの男性が、お金を全額持ち逃げしてしまったのである。


 すぐに警察に連絡したが、男の行方は一向に見付からなかった。集めたお金もまだ見付かっていない。


 結局、妹の移植手術は先延ばしとなってしまった。そのことを伝えたときの妹の泣きそうな顔を、スオウは今でも鮮明に覚えている。


 このままでは男が見付かる前に、妹の体力の方が尽きてしまう可能性があった。


 だから、スオウは今日も学校が終わってすぐに、こうして警察に捜査状況を聞きに来たのである。


 しかし、残念ながら捜査は一向に進んでいなかった──。



 ――――――――――――――――



「それで、あんたは妹に何をしてくれるんだ?」


 スオウは単刀直入に紫人に問い質した。


「さきほどわたくし、代理人と自己紹介しましたが、正しく言いますと『死神の代理人』になります」


「死神って……黒いローブを着たあの死神のことか?」


「ええ、あなた様が今頭で思い描いたであろう、あの死神のことです」


「それじゃ、さっき言っていた大きな力を持った存在って、まさか死神のことなのか……?」


「はい、その通りです」


 紫人は我が意を得たりという風に笑顔を浮かべた。


「ふん、死神が妹を助けてくれるって訳か……。これがドッキリ番組だったら笑うしかないな。でも、そういう訳じゃないんだろう?」


「はい、わたくしの言っていることにウソはありません」


「じゃあ、どうやって難病の妹を助けてくれるんだよ?」


「こちらで心臓の移植手術費用を全額ご用意いたします」


 紫人はセールスマンが自社の製品を紹介するかのような口調で言った。


「それってもちろん、タダじゃないんだろう?」


「はい、申し訳ございませんが、死神もタダ働きするわけにはいかないので」


「言うまでもないが、おれは大金は持ってないからな。なにせ妹の手術費用さえないくらいだし」


「ええ、お金ではなく、別の形での対価をご請求させていただくことになります」


「別の形での対価って……まさか、おれの魂か?」


 死神が人間の魂を奪う話ならば、スオウもゲームや漫画で見たことがある。


「まあ、当たらずといえども遠からずといったところですね」


「魂じゃないなら……そうか、おれの命と交換ってわけだな。その程度のことならば、今すぐにでも話に乗るぜ。妹の為ならば、この命ぐらい──」


 スオウは自分でも知らぬうちに、この男の突拍子もない話に聞き入ってしまっていた。それほど妹のことを強く思っていたのである。


「いえいえ、そう先走らないで下さい。死神といえども、そこまで薄情ではありませんので」


「どういう意味だよ? 魂でも命でもないとしたら、他におれに差し出せるものは何もないんだぜ?」


「あなた様にはお願いしたことは簡単なことです。あるゲームに参加して頂きたいのです」


「ゲーム?」


 スオウは鸚鵡返しに訊き返した。


「はい。死神が主催する、自らの命を懸けたゲームです。そのゲームに見事勝利しますと、勝者にはご希望の額の賞金を差し上げることになっているんです」


「──なるほどね、そういうゲームか。あんたの話の内容はだいたい分かったよ」


 スオウは軽く首肯した。


「さきほども言いましたが、このゲームはあなた様の命を懸けたゲームとなります。当然、このゲームの中であなた様が死ぬ可能性が無いわけではありません」


「おれのさっきの言葉を聞いていなかったのか? おれは妹の為ならば、この命を懸けるくらい、いつでも出来るんだよ」


「――分かりました。それではこのゲームに参加していただけるんですね? あなた様の最終判断をお聞かせください」


「いいだろう。おれはあんたの言う命を懸けたゲームとやらに参加する。そして、妹の手術費用を絶対に手に入れてみせる!」


「あなた様ならきっとそうおっしゃてくださると思っていました。――では、これがそのゲームの招待状となります」


 紫人はスーツの内ポケットから黒い封筒を取り出すと、スオウに差し出してきた。


「ゲームの詳細については、今この場所ではまだお話しすることは出来ません。ゲーム会場でお伝えることになっていますので、その点だけはどうかご了承くださるようにお願いします」


「ああ、分かったよ」


 スオウは紫人が手にした黒い封筒を凝視した。躊躇うことなく、右手を伸ばして封筒を受け取る。


「招待状は確かにお渡ししました。あなた様のご参加を心から歓迎いたします。それでは会場でまたお会いしましょう」


 紫人は口角をくいっと上げた。人の心を不安で揺さぶるような笑みをスオウに一度向けると、軽快な足取りで警察署のドアから出て行った。


「――命を懸けたゲームか……。これが仮にあの男の妄想話だったとしても、もしもそこに一縷の望みがあるのならば、賭けてみてもいいよな」


 スオウは手にしたばかりの封筒に目を落とした。


 漆黒の封筒には、表面に銀色のインクで『D』とだけ印字されている。



『D』――死神をあらわす英単語『デス』の頭文字『D』。



 スオウは封筒を開けて、中に入っていた便箋を丁寧に取り出した。



『   デス13ゲーム  御招待状

  

    開催場所     廃遊園地

    開催時刻     今夜19時

    必要な物     ご自身の命   』



「ご自身の命か……。ていうか、たしか未成年って、賭け事をしたらいけないんじゃなかったかな? まっ、自分の命を賭けるんだからいいか」


 まだ人がたくさんいる警察署のロビーで、スオウはひとり苦笑いを浮かべた。



 こうしてスオウはこの狂ったゲームに参加するに至ったのである。



 時刻は17時20分過ぎ。ゲーム開始まで――あと1時間40分弱。

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