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第27話 ネックになる事は?

 ――――――――――――――――


 残り時間――5時間57分


 残りデストラップ――7個


 残り生存者――15名     

  

 死亡者――4名 


 ――――――――――――――――



 春元は慎重にカートを運転して、コース上を進んで行く。今のところカートに異常は出ていない。ハンドルはしっかり切れるし、アクセルとブレーキの利きも問題はなかった。このままゴール地点まで無事に着けば最高なのだが、そうはならないだろうと予想していた。


 だからこそ、慎重の上にも慎重を期してカートのハンドルを操る春元であった。


 カートにデストラップが設置されていないとすると、次に疑われるのがコースである。例えば、先ほどの坂道であったデストラップみたいに、コース上になんらかの障害物が設置されているんじゃないかと予想してみた。


 カートのスピードはそれほど出していないので、前方不注意さえしていなければ、コース上に障害物があったとしても、避けられるだけの体勢はとっている。コースの周りには等間隔で外灯が設置されていたので、暗くて困るということもなかった。


「ひょっとすると、このゲームで怖いのはデストラップなんかよりも、むしろ人間の方かもしれないな」


 先ほどのスタンガン片手に襲い掛かってきた男のことを思い出して、皮肉な笑みが浮いた。春元としては皆で協力してゲームをクリアしたかったのだが、そうは思わない参加者がいるというのも現実なのだ。


 だとしたら、どこかのタイミングで戦わざるをえないかもしれない。出来ればそんなことはしたくなかったが、この先ゲームを勝ち残る為には、そのような判断を下さないといけない場面が出てくる可能性の方が高かった。


「まあ、そのときはそのときだよな」


 頭を左右に小さく振って雑念を振り払う。今はカートの運転に集中するときである。


 少し走ると、コースの先にゴールらしき終わりが見えてきた。どうやら、このゴーカートにデストラップは設置されていなかったみたいだ。


 張り詰めていた緊張が少し解けた為か、胸にひとりの少女の姿が去来した。地下アイドルとして活動している少女である。


 ステージ上で弾けるような笑顔で歌う少女。汗を浮かべながら全身を使って踊る少女。


「──待っていろよ。オレは絶対に勝って戻るからな」


 胸の内の少女に向かって、春元はそっとつぶやいた。


 そんな春元の一瞬の気の緩みを突いてきたのか、前方から白くて細長い物体がひらひらと飛んできた。



 最後の最後に、まさかのデストラップか……? いや……ゆ、ゆ、幽霊っ!



 そんな突拍子もないことが頭に思い浮かんだ。しかし即座に、そんな非現実的なことなどありえないと考え直す。そして、次の瞬間――。


「うぐっぐぼっ!」


 突然、首の回りを強く締め付けられた。首が圧迫されていく。今度こそ本当に幽霊か心霊の仕業ではないかと思って、背筋が凍り付いた。



 ヤバイぞっ!



 春元は咄嗟にカートのブレーキを力強く踏み込んだ。


 コース上でカートが大きく左右に揺さぶられる。



 ――――――――――――――――



 さっきまで普通にスマホで話をしていたはずの仲間が、今は物言わぬ姿となって、芝生の上に横たわっていた。確認するまでもなく、息をしていないのは分かった。肌が赤黒く焼け爛れている。酷い火傷を負った結果、死を迎えたのだろう。


「おい、これって……た、た、立石、だよな……?」


 土生は自分でも信じられないといった顔をしている。


「ああ……そうみたいだな……」


 矢幡が言葉少なに答える。


「やつらにやられたのか?」


 土生の視線が芝生広場の向こうに向けられた。そこに何人かの人影がある。


「そう考えるのが妥当だろうな。あいつ、ひとりで金を持ち逃げしたと思っていたが、どうやら違ったらしいな。仲間がいやがったんだ」


「だったら、その仲間も捕まえねえとな。それに立石の仇もとってやらねえと、こっちの気がすまねえからな!」


 土生が苛立たしげに手にしたチェーンで芝生を叩きつけた。バサッと芝生が飛び散る。


「よし、あいつらをとことん追いつめてやろうぜっ!」


「ああ、地獄の底まで追いかけてやるさ!」


 2人の男は顔を凶相で歪めると、獲物となる相手の方に向かって再び走り出した。



 ――――――――――――――――



 春元がカートで発進してから十分が経過した。デストラップが起こった気配はない。大きな音や悲鳴も聞こえてこない。そこでスオウはこのカートは安全だと判断を下した。


「ヴァニラさん、そろそろ発進して下さい」


 コース上のスタート地点には、カートに乗り込んだヴァニラがすでに準備して待っていた。隣には、青い顔をした玲子が乗り込んでいる。春元が一番手で、その後にヴァニラと玲子のペア、次にイツカと美佳のペアが続き、女性陣を送り出した後の最後尾を、スオウと慧登が務めることになった。玲子はまだ精神状態に不安があるので、ヴァニラにケアを頼んだ。もっとも、口に出してこそ言わなかったが、ヴァニラが美佳を苦手としているのは分かっていたので、玲子とのペアにしたのである。イツカは美佳とのペアになることに対して、特に不満を言わなかった。現状では、もっとも理に適ったペア決めと順番である。


「分かったわ。ちゃんとあのバカの無事を確認してくるから!」


「ええ、お願いします」


 ヴァニラの歯切れのいい言葉に、スオウもホッとした。


「ヴァニラさん、玲子さんのことも──」


 慧登が玲子のことを心配そうに見つめる。


「大丈夫よ! 心配しないで!」


 慧登の言葉を先読みしたのか、ヴァニラが任せておけとばかりに、Fカップの胸を右手でバシッと叩く。Fカップの胸がブルンブルンと揺れるが、スオウは見て見ぬ振りをした。なんとなく横からイツカの視線を感じたからである。


「じゃあ、行くわね」


 ヴァニラの言葉とともに、カートが猛スピードで走り出した。


「ちょ、ちょ、ちょっと、ヴァニラさん、スピードの出し過ぎですよ!」


 スオウの声は、もちろん、ヴァニラに届くことはなかった。


「ヴァニラさんらしいといえばらしいけど……」


 やれやれと頭を振りながら、スオウは次にカートに乗り込む2人に目を向けた。


「じゃあ、次はイツカと美佳さんだな。2人とも準備をしてくれるかい」


「うん、分かった」


 イツカがコース上に並んだカートまで歩いていく。運転席に乗り込むと、シートベルトに手を伸ばして体に装着する。


「…………」


 美佳はイツカの隣にちょこんと座り込むと、こちらも手早くシートベルトを装着する。


「2人ともベルトはきつくない?」


「うん、大丈夫だよ」


「──大丈夫……」


「運転の方法はアクセルとブレーキだけだから」


「分かった」


 イツカがアクセルとブレーキの位置を確認するように足を動かしている。


「もしもカートにおかしな点があったら、その場ですぐにブレーキを踏んで、カートを停めるようにして」


「うん、何か異常があったら、警戒するようにするから」


「俺からは以上かな」


「ありがとう、スオウ君。──それじゃ、わたしたちも発進するね」


 イツカが乗ったカートが走り出す。ヴァニラと違って、安全運転でゆっくりと発進していく。


 イツカと美佳を乗せたカートが最初のカーブを曲がって姿が見えなくなったのを確認すると、スオウは慧登の方に振り返った。


「慧登さん、おれたちも行きましょう」


「ああ、そうだね」


 慧登はそうは言ったが、なぜかコース上に降りようとしない。何か迷っているのか、顔を俯けている。


「慧登さん……?」


「ああ、うん……いや、これは先に言っておいた方がいいかなと思って……」


 何度か躊躇しつつも言葉を続ける慧登だった。手持ち無沙汰なのか、首元に手をやり、煩わしそうにネクタイを緩める。お腹の下まで垂れ下がったネクタイが、まるで慧登の内面の不安を示すかのようにヒラヒラと微風に揺れる。


「大丈夫ですよ。おれは何も気にしていないですから」


 スオウは慧登が口に出そうとしていることを察した。おそらく、追ってくる男たちとの関係についてだろう。先ほどの春元と慧登の話を、スオウも聞くとはなしに聞いていたのである。追ってくる男たちが慧登の知り合いならば、責任を感じているのかもしれないと思ったのだ。


「悪いね。君にまで気を遣わせてしまって……」


 慧登がその場で軽く頭を下げた。


「慧登さん、今は逃げることに集中しましょうよ」


 これ以上議論している時間はなかったので、慧登にカートに乗るように両手で促した。


「ああ、分かったよ。ありがとう……。それじゃ、お詫びじゃないけど、カートは俺が運転するから」


 慧登はコース上に降りると、運転席に腰を下ろした。


「そのお言葉に甘えて、運転はお願いしますね」


 スオウもカートに乗り込んで、シートベルトを装着した。まさかの事態を想定して、シートベルトが急に外れたりしないか、手で強く引っ張って確認する。



 よし、問題はない。



 無言で一回頷くと、運転席の慧登の顔を見つめた。


「さあ、出発しましょう!」


「ああ、それじゃスタートするよ」


 慧登がカートのアクセルをゆっくりと踏み込んだ。カートがスムーズに走り出していく。



 ――――――――――――――――



 急ブレーキを踏んで急停車したカートからコース上に降り立った春元は、すぐさま自分の首元に手をやった。首に絡まり付いている細長い物体を夢中で剥ぎ取る。そして、手にした物体を顔の前に掲げた。


 長さ5メートル近い白地の布。真ん中には『フィニッシュ』と大きく赤色で書かれている。


 それはゴーカートコースのゴールテープだった。風に飛ばされてコース上を漂っていたのが、春元の首に絡まったのだろう。


「なんだよ、ただのゴールテープかよ。まったく、幽霊だと思って、焦って損したぜ。こんなところをヴァニラにでも見られたら、また笑われること間違いなしだよな。だいたい、こういう小道具はちゃんと園内のスタッフが管理しないとダメだろうが。ああ、そうか。閉園になったから、スタッフはいないんだったな」


 ひとりで問題提起して、ひとりで納得する春元。


「でも、これがただのゴールテープで良かったぜ。もしも、もっと硬い物だったら、今ごろオレの首は──」


 そこまで考えたところで、唐突に、頭に恐ろしいシーンが思い浮かんだ。


「まさか、このゴールテープって、そういう意味なのか……? だとしたら、急いでみんなに伝えないとっ!」


 春元は慌ててカートに戻った。手でギアのシフトレバーを探そうとして、そこで思い出した。遊園地におかれているカートにはバックギアがなく、後進出来ないタイプのモノが多いのだ。すぐにカートから飛び降りた。衝突時の衝撃から守る為にカートの周囲に取り付けられているバンパーに両手を掛ける。カートを持ち上げて、カートの前後を逆に向けようとしたのだ。しかし、カートは見た目以上に重たくて、春元ひとりの力では持ち上げることが出来なかった。


「くそっ、このカートは使えないか……」


 たった今走ってきたコースに目を戻す。


「こうなったら自分のエンジンを頼るしかないみたいだな」


 その場で簡単な足の屈伸運動と、アキレス腱を伸ばす運動を始めた。


「頼む、間に合ってくれよな!」


 準備運動を終えた春元は全速力でコースを逆走していった。



 ――――――――――――――――



 前方から走ってくる人影を目で捉えた瞬間、これでもかというほど強くカートのブレーキを踏み込んだ。


「えっ? なんで……?」


 驚くヴァニラの視線の先で、春元が顔をしかめながら全力でこちらに向かって走ってくる。


「ひょっとして何か起きたのかも……?」


 ようやくそこまで考えが至り、周囲を警戒をする。


 肩で息をしながら春元がカートまでやってきた。


「ちょっと、どうしたっていうのよ?」


 ヴァニラは当然の質問を投げ掛ける。


「詳しい説明は後回しだ。それよりも慧登は何番目のカートに乗ったんだ?」


「えっ、慧登くん……? えっと、慧登くんなら最後のカートよ。だから、三番目になるかな」


「よし、分かった」


 春元が大きく頷く。


「ねえ、なんだっていうの?」


 再び走り出そうとする春元に、慌てて声を掛けるヴァニラ。


「多分、デストラップの前兆を見付けた。だから、それを伝えに行ってくる」


「デストラップの前兆って……。あんたは大丈夫だったの?」


「オレは大丈夫だ。それから君たち2人も大丈夫だから、先にゴール地点に向かってくれ!」


 それだけ言うと、春元はもう走り出していた。そして、すぐにヴァニラの視界からその姿が消えた。


「もう、なんなのよっ!」


 行き場を無くしたヴァニラの文句だけが、コース上に響き渡った。



 ――――――――――――――――



 目の前の光景が信じられずに、思わず二度見してしまったイツカ。


「春元さん……だよね?」


 なぜかコース上を全力で逆走してくる春元の姿が見えてきたのだ。もちろん、幻なんかではない。正真正銘、本物の春元である。


「悪いな、イツカちゃん。今は君たちに説明している時間がないんだ。先を急いでいるんでね」


 イツカと美佳が乗るカートの脇まで来た春元が、その場で足踏みをしながら早口で答える。


「もしかして、スオウ君の身に何かあるっていうことじゃ……?」


 イツカが持ち前の頭の回転の速さを見せた。


「いや、スオウ君じゃなくて、慧登の方に用事があって──とにかく、オレは行くから、君たちはこのままゴ-ル地点に向かってくれ」


「は、は、はい、分かりました。それじゃ、春元さんも気を付けて下さい」


「ありがとう、イツカちゃん」


 額に大量の汗を浮かべた春元は、再びコースを逆走していく。



 ――――――――――――――――



 荒い息継ぎをしつつ、全力で走る春元の視線の先に、またカートが見えてきた。これで三台目である。ようやくお目当てのカートに辿りついた。


「おーい! おーい!」


 大声でこちらの存在を知らせる。


「おーい、気を付けろ! 首だ! 首に気を付けるんだ! いいか、君が首に付けている──」


 春元は自分の首元の辺りを何度も手で指し示すジェスチャーを繰り返しながら、スオウと慧登が乗るカートに向かって走っていった。 



 ――――――――――――――――



「えっ? あれって春元さんじゃないですか!」


 コース上の先に春元の姿がなぜか見えてきた。大声で何かを叫んでいるようだが、遠くて内容が聞き取れない。走り疲れて呼吸が乱れているのか、右手で喉の辺りを押さえているのが見て取れた。


「何かあったのかも……」


 カートを運転する慧登が首を傾げる。同時に、首元に下げられているネクタイが左右に揺れる。


「慧登さん、カートに異常はないですか?」


 スオウは言いながら、自分でもカートに異常がないか目で確認してみた。


「ああ、大丈夫だ。しっかり運転は出来ているし、アクセルもブレーキも異常はない」


「それじゃ、コース上に何か不審な物でも──」


 スオウはコース上に素早く目を走らせたが、何もおかしなものは見当たらなかった。


「もしかしたら、春元さんは俺たちに何かを伝えようとしているんじゃ……」


 慧登がシートから少しだけ腰を浮かした。春元の声を聞こうとするように、前方に体を投げ出す。


「春元さん自身が無事っていうことは、おれたち2人に何か警告しているのかな?」


 スオウは必死に頭を働かせる。カートに異常はない。コース上にも異常はない。残っているのは、カートの搭乗者だけである。


 スオウが解答に窮している間に、逆走してくる春元の姿が徐々に大きくなってきた。さっきは手で喉を辺りを押さえているように見えたが、それが間違いだと分かった。春元は喉ではなく、首回りを執拗に手で指し示しているのだ。



 首っていうことは……おれたちの首が関係しているってことなのか……?



 そのとき、スオウの体に自分の意思とは関係なしに、ぶるっと震えが走った。直感的に恐怖を感じたのである。



 そうか、春元さんが伝えようとしているのは──。



 スオウはすぐ隣にいる人間に目を向けた。そこには、カートの前方に身を乗り出して、春元からのメッセージを必死に聞き取ろうとしている男の姿があった。


 その首元にはダラリと垂れ下がったネクタイ──。


「慧登さん、そのネクタイだっ! ネクタイに気を付けてっ!」


 脳裏に浮かんだ惨劇のシーンを頭から振り払って、スオウは大声で張り上げた。


「へえっ?」


 前方だけに注目していた慧登が間の抜けた返事をする。



 シュルルッ!



 次の瞬間、慧登の首元から垂れていたネクタイの先端が、カートの前輪に巻き込まれた。ネクタイが吸い込まれるようにして車輪に巻きついていく。当然の帰結として、ネクタイの結び目部分が、限界まできつく慧登の首を締め上げていく。


「うぐべっ……ぐぎゅっ!」


 慧登の口から気持ちの悪い呻き声が洩れ出た。


「ブレーキィィィィィィィィーーーーーっ!」


 スオウは有らん限りの声で叫びながら右足を精一杯伸ばして、慧登の足の上からブレーキペダルを強く踏み込んだ。

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