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第20話 毒入りクッキーについて再考する

 ――――――――――――――――


 残り時間――8時間33分


 残りデストラップ――8個


 残り生存者――10名     

  

 死亡者――3名 


 ――――――――――――――――



「やっぱり誰も来そうにないわね。さっきの放送じゃ、説得が出来なかったんじゃないの?」


 迷子センターの建物の外に出て周囲に目を向けていたヴァニラが、つまらなそうにスオウたちに報告する。


「あと五分待って来なければ諦めるしかないか」


 スオウは腕時計で時間を確認した。約束の時間まであと五分弱。ずっとここにいることも出来るが、デストラップのことを考えると、早めに安全な場所に移動したかった。


「春元さん、そろそろ移動を考えた方が──」


「ねえ、ちょっと待って。こっちに向かって誰か走って来てるよ!」


 イツカが遠くの方を指差して叫んだ。


「イツカ、誰か来ているか分かるか?」


 スオウも視線を外に振り向けた。


「3人いるけど……男の人がひとりに、女の人が2人いるみたい」


「えっ、3人?」


 3人とは予想していない人数だった。もしかしたら、ひとり怪我でもしていて動けないのだろうかと心配になった。


 3人が建物のそばまで近付いてきた。スーツ姿の慧登、遠くからでも分かる美貌の持ち主である玲子、そして前髪で顔の前面を隠している美佳の3人だった。慧登と美佳はレストランホールで見たときとさほど変わりがないようだったが、玲子だけはひどく疲れているように見えた。


「よく来てくれたな。こちらの予想では4人で来ると思っていたんだが、ひとり足りないのはどうしたんだ?」


 春元が3人の顔を万遍なく見つめて問いかけた。


「それだったら、俺が説明しますよ」


 慧登が一歩前に出てくる。


「ヒカリってやつが単独行動したいって言い出して、一応引き止めはしたんだけど、結局そのままひとりで歩いて行っちゃいまして……。それで仕方なく俺たち3人で来ました」


「そうか。でも、3人だけでも来てくれて良かったよ。──とりあえず、この建物に入ってくれ。お互いに今まで起こったことを話そう。その後で、これからの作戦について考えよう」


「分かりました。──玲子さん、こっちに入って。君もこっちに来て」


 慧登が玲子と美佳を中へと誘導する。その慣れた仕草を見て、おそらくこのチームは慧登が主導していたんじゃないかとスオウは思った。


「──それじゃあ、レストランホールを出て行ってから後の出来事について、俺が詳しく話しますね」


 そう言って慧登がこれまであったこと話し始めた。



 まず最初に、美佳の希望で『ハローアニマルパーク』に向かったこと。高齢の平岩とは途中で分かれたこと。『ハローアニマルパーク』内で巻き込まれたデストラップとその前兆のこと。美佳が投げたクッキーに毒が入っており、それを食べた野良犬が死んだこと。いなくなった幸代を捜しにいったら、野良犬に噛み殺された幸代の遺体を発見したこと。その場で櫻子が遺体の写真を撮っていたこと。櫻子に教えられて『ミニチュア王国』に向かったこと。そこで平岩を見つけたが助けられずに、平岩が焼死したこと──。



 慧登が簡潔に説明してくれた。一緒に行動していた玲子と美佳は話に加わることはなく、静かにイスに座っているだけである。説明は慧登に任せたらしい。


「──平岩さんも幸代さんも、大変な目に合ったんだな……」


 春元の声には無念さが強く滲んでいた。


「若い俺たちが生き残って、先に平岩さんや幸代さんが死んでしまうなんて……」


 慧登も辛そうに言葉をこぼした。


「とにかく君たちだけでも生きていてくれて良かった」


「それで、こっちの様子はどうだったんですか?」


 自分の話を終えた慧登が逆に訊き返してくる。


「まあ、犠牲者こそ出なかったが、こっちはこっちでいろいろとあったよ」


 そう切り出して、春元がこれまでの経緯を慧登たちに教える。慧登は真剣な表情で耳を傾けていたが、玲子は力なく建物の壁を見つめていた。美佳は前髪がジャマをして表情が分からなかった。


 15分ほどでお互いの話は終わった。


「よし、報告も済んだことだし、これからのことを考え──」


「あの、その前に確認したいことがひとつあるんですが……」


 春元の言葉をさえぎって、慧登が口を開いた。すぐにスオウは慧登がなんのことを言い出しのか察した。このゲームで一番最初に起きたデストラップ──毒入りクッキーの件について確認したいのだろう。スオウも春元からその話を聞きたかった。春元は慧登たちが来たら話すと言っていたのだ。


「毒入りクッキーについての謎は解けたと、先ほどの園内放送で言ってましたが――」


「おう、そうだったな。そのことを話すのを忘れていたよ。さっき君の話を聞いて、自分の説が正しかったと分かったから、つい話しそびれちまってな」


「春元さん、あの毒入りクッキーの謎は完全に解けたということですか?」


「俺の話に何かヒントでもあったんですか?」


スオウと慧登はほぼ同時に春元に訊いていた。


「2人とも落ち着けよ。今からゆっくり解説するから。──まずは、あのときオレがレストランホールで言った説明は間違っていた。そこは訂正させてもらうよ。悪かったな。重要なのは『毒島』という名前なんかじゃなくて、『誰』にクッキーを貰ったのかということだったのさ」


 春元がスオウと慧登の顔を交互に見ながら説明する。


「そういえば春元さん、さっきもそんなこと言ってましたよね? おれは誰に貰ったか覚えていないんだけど……」


 スオウは結局誰にクッキーを貰ったのか思い出せなかったのだ。


「あっ、わたしは思い出しましたよ。わたし、お姫様の衣装を着た女性から貰いましたけど」


 イツカはしっかりと思い出せたらしい。確かにドレスを着たお姫様がいたのは、スオウも覚えている。キレイな女性だったので記憶に残っているのだ。


「貰った相手がお姫様ならば、イツカちゃんのクッキーに毒は入っていなかったはずだ。そして、君のあげたクッキーで野良犬が死んだということは、君は老婆からクッキーを貰ったはずだ。──そうだろう?」


 春元が美佳の顔を窺う。


「──はい」


 美佳が顔を上げて春元の視線を正面から受け止めた。


「よし、ビンゴだったみたいだな」


「あっ、老婆って聞いて、おれも今思い出しましたよ! おれも同じお婆さんからクッキーを貰いました!」


 春元の言葉が呼び水になって、スオウは記憶を思い出した。


「それじゃ、スオウ君に訊くけど、そのお婆さんに何か特徴はなかったかな?」


「特徴ですか? えーと、捻じ曲がっている杖みたいなものを手に持っていたと思うけど……」


「それが答えなんだよ」


 春元がしたり顔で頷いた。


「でも、杖って言われても……。老人の方は杖ぐらい持っているんじゃないですか?」


「じゃあ、こう言ったら分かるかな。──童話で杖を持ったお婆さんといったら、いったい何を思い浮かべる?」


「はい! わたし、分かりました!」


 先に何かに気付いたのか、イツカが教室で質問に答える生徒のように手をあげた。


「えっ、イツカは分かったんだ」


「うん、簡単だよ」


「簡単と言われてもなあ……。えーと、杖を持ったお婆さんってことは……それって、もしかして魔女のことを言っているんですか?」


 頭の中で杖を持ったお婆さんの姿をイメージしたスオウは、そこから魔女を導き出した。童話によく出てくるお馴染みのキャラクターであり、遊園地でコスプレしていても何もおかしくはない。


「そう、魔女だよ。そして魔女といったら、スオウ君は何を思い浮かべる?」


 答えの分からない生徒に、イツカ先生が優しく次のヒントを出してくれる。


「──あっ!」


 そこまで言われて、ようやくスオウも解答にたどり着いた。魔女にはふたつのタイプがいる。良い魔女と悪い魔女である。そして、一番有名な悪い魔女といえば、グリム童話の『白雪姫』に出てくる、白雪姫にウソを言って『毒入りリンゴ』を食べさせた魔女だ。


「そうか、だからクッキーに毒が入っていたんだ! あの魔女の姿が、デストラップの前兆だったんですね!」


「そういうことだよ。これでここにいる無口な美佳ちゃんも、喪服美女の櫻子さんも、死神側のスパイなんかじゃないことは分かっただろう?」


 春元の言葉を聞いて、慧登が納得した様子で何度か頷いた。慧登も美佳や櫻子のことを、少なからず不審に思っていたのだろう。


「でも、そうだとしたら……おれが毒入りクッキーを唐橋さんにあげた可能性もあるっていうことになりますよね……?」


 スオウはあのとき善意で唐橋にクッキーを渡した。その結果、唐橋はクッキーに仕込まれた毒により死ぬことになった。なんだか自分がとても恐ろしいことをしでかしてしまったのではないかと恐怖を感じた。我知らず、体が震えてくる。


「確かにスオウ君か、もしくは櫻子さんが老婆からクッキーを貰っていたとしたら、どちらかがあげたクッキーが原因になるだろうね。でも、そのことで君が責任を感じる必要はまったくないよ。今オレたちは命を懸けたゲームをしている真っ最中なんだからな」


 スオウがこれ以上傷付かないように、あえて春元がそう言ってくれたのだと分かった。


「スオウ君……」


 イツカがスオウの肩に手を置いて、優しく擦ってくれる。


「──ありがとう。おれは大丈夫だから。春元さんが言う通り、おれたちは今命を懸けたゲームをやっているんだから、こういうことだって起こりうるさ」


 それは周りにいる人間に対してというよりも、むしろ自分自身に対して言い聞かせる言葉だった。ここで悔いる気持ちに押し潰されるわけにはいかないのだ。




 レストランホールを出てから四時間余りが過ぎようとしているこのタイミングで、生き残った参加者のうち7人がこうして無事に再集合した。


 もっとも再集合したからといって、すべてが解決したというわけではない。分からないことだってまだ沢山ある。


 櫻子がなぜ遺体の写真を撮っていたのか分からないし、ヒカリがなぜ突然単独行動に出たのかも分からない。それから、レストランホールを出て以降、今だに誰にもその姿を見られていない白包院の行動も謎のままである。


 それでも人数が増えたことで、スオウは心中に少しだけ力が沸いてくるのを感じた。



 この力を源にして、おれはこのゲームを必ず生き残ってみせる!



 改めて、そう強く思うのだった。

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