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第10話 離散する参加者たち

 ――――――――――――――――


 残り時間――12時間03分


 残りデストラップ――12個


 残り生存者――12名     

  

 死亡者――1名 


 ――――――――――――――――



 立ち上がった櫻子は何かを話すのかと思いきや、黙ったまま静々とした足取りで、唐橋のもとに歩み寄って行った。右手でカーテンの端をそっと持ち上げて、唐橋の死に顔を真剣な目付きで見つめる。さらに服のポケットからスマホを取り出すと、唐橋の顔を中心にして、何枚か写真を撮り始めた。


 他の参加者たちは口を開くことなく、櫻子の様子を唖然とした顔で眺め続ける。櫻子の思いもかけない行動に、言葉が出なかったのである。


「この方の死因は確かに毒殺で間違いありません。即効性の毒だったようです。これでは毒を飲んだと分かったとしても、我々には手の施しようがなかったと思われます」


「どういうことなんだ?」


 春元が一同を代表する形で、屈みこんでいる櫻子の背中に問いかけた。


「私は看護学生です。多少はこのような方面の知識を持ち合わせています」


「なるほど。それでいち早く毒だと気付いたんだな」


「はい、その通りです。それから私の名前の件ですが、産まれ持った名前のことを言われましても、私には反論のしようがありません。もしも私の名前がお気にめさないようでしたら──」


「おいおい、早合点しないでくれよ。オレは何も君が犯人だと言いたいわけじゃないんだ。だいたい、もしも君が唐橋さんにクッキーをあげていなければ、あのクッキーの毒の餌食になったのは、君だったかもしれないんだからな」


「じゃあ、はじめからクッキーに毒が仕込まれていたということですか?」


 スオウは春元に思わず訊き返していた。


「ああ、オレはそう踏んでいる。そして、そのデストラップの『前兆』が、たまたま毒島さんの名前だったということだろう。そのことに最初から気が付いていれば、あるいは唐橋さんの死は避けられたかもしれない。つまり、この中に毒を仕込んだ犯人なんて、はじめからいなかったというわけさ。オレはそれを言いたかったんだ」


「私の容疑が晴れたみたいならばうれしいです」


 櫻子が春元に対してキレイなお辞儀をする。こんなときでも折り目正しい態度を崩さない。


「おい、待てよ! まさかこの状況下で、それを信じろっていうのか? その女が死神側のスパイで、クッキーに毒を仕込んだ可能性だって残されているだぜ? 俺たちの隙を突いて、一人ひとり殺していくって作戦かもしれないんだぜ!」


 櫻子の正体が分かって少し安心したのか、また噛み付いてくるヒカリである。


「あんたにしては珍しく頭が冴えているな。確かにその可能性もなくはない」


「だったら──」


「一番簡単な方法は、今すぐ彼女の身体チェックをすることだな。もしかしたら毒を入れた小瓶が見付かるかもしれないからな。ただし、オレとしては現時点で、そこまでやる必要は感じていない」


「けっ、なに紳士ぶってんだよっ! 格好つけてんのか? こっちの命が懸かっているんだぜ?」


「そう思うのならば、次は自分で行動したらどうだ? オレはこれで探偵役を降りるから、後は好きにしたらいいさ」


「なんだと!」


 語気こそ荒いが、しかし、頑なに櫻子には近付こうとしないヒカリ。小心者というのが、その行動から簡単に見て取れる。


「クソがっ! だったら俺はこれ以上、こんな危険な場所には一分もいられねえからな! 今すぐここから出て行くからな!」


 ヒカリがホールの入り口に向かって歩き出した。だが、それを止める者はいない。ヒカリがホールを出る手前のところで振り返った。


「俺と一緒に来るやつはいないのか? ここには裏切り者がいるかもしれないんだぜ?」


「──あ、あ、あの……私も、ここから離れます……」


 幸代が入り口の方に歩いていく。唐橋の死を目前で見ていた幸代は、この場所に留まりたくなかったのだろう。


「他にはいないのか?」


「──わしもそちらに同行させてもらうとするか」


 それまでずっと黙ってイスに座っていた平岩が、どっこいしょという感じで立ち上がった。


「あんたの名推理はなかなかじゃったが、人が死んだ場所にはいたくないんでな」


「いえ、ここからはそれぞれで行動するしかなさそうですから、お気遣いなく」


 春元が律儀に平岩に返事をする。


「さあ、これで3人になったぜ。他はどうするんだ?」


 自分の意見の賛同者が増えたことで、ヒカリはどうだといわんばかりの顔をしている。


 ホール入り口に立つ3人と、イスに座る参加者たちを交互に見ていた玲子が答えを出したのか、スッと立ち上がった。


「悪いけど、あたしもあの男についていくことにするわ。ちょっとうるさ過ぎるのが難だけど、不気味な人とは一緒にいたくないから」


 おそらく、白包院、櫻子、美佳のことを言っているのだろう。


「へへへ、ナイス判断だ」


 美麗な女性が自分のことを選んでくれたのがうれしかったのか、露骨に相好を崩すヒカリである。


「あっ、じゃ、俺もそっちに加わるよ」


 明らかに玲子の後を追うようにして慧登が立ち上がった。


 これでレストランホールを出る者が5名、残る者が7名となった。


「じゃ、オレたちは出て──」


 ヒカリが話している最中に、音もなく立ち上がったのは美佳だった。それを見て、玲子が露骨に顔をしかめる。


「お、お、おう……お前も、こっちのチームに加わるのか……」


 ヒカリも美佳の判断に驚いている。


 これでレストランを出る者が6名、残る者が6名。ちょうど半々になった。


「それじゃ、我が軍は出て行くとするか。さてさて、どっちがゲームの勝者になるか、これは見ものだよな」


 ヒカリが得意げな顔でイスに座る面々を見やる。完全に自分が勝ったと思い込んでいる顔である。


 ヒカリを先頭にして、6人のゲーム参加者がレストランホールから出て行った。



 そして、6人が残った──わけではなかった。



「私がいたら皆さんにご迷惑をかけると思うので、私もここから出て行くことにします」


「櫻子さん……。でも、ひとりじゃ、余計に危ないと思うけど──」


「昔からひとりで行動するのが好きなのでお構いなく」


 スオウの心配をよそに、櫻子はホールを後にした。その後ろ姿には悲壮感は一切感じられない。



 そして、5人が残った──わけではなかった。



 今まで何も言わず、ほとんど体も動かしていなかった男が、唐突に立ち上がった。大股な足取りでホールを横切っていく。一言も発することなく、男は外へと出て行った。白包院である。



 結局──スオウ、イツカ、春元、ヴァニラの4人だけが残った。



「オレたちだけになっちまったな」


 言葉とは裏腹に、春元の顔には笑顔が浮いていた。


「そんなこと言いながら、春元さんは笑っているじゃないですか」


 スオウはすかさず指摘した。


「ははは。オレは心で思っていたことが、どうしても顔に出ちゃうタイプなんでな。──まあ、冗談はさておき、ここにいる4人は信頼出来ると思っていたメンバーだから、ついうれしくて笑顔が出ちまったんだ」


「褒められていると思うことにしますよ」


「少年、その歳でひねくれていると、将来オレみたいなろくでもない大人になっちまうぞ」


「それって笑えばいいんですか? それとも感心すればいいんですか?」


「はいはい、どっちでも好きにしてくれていいよ」


 春元はやれやれという風に首を左右に振った。


「でも実際のところ、あの正体不明の3人が出て行ってくれたのは良かったわよね。何をするか分からない雰囲気だったし。櫻子って子も看護学生とは言ってたけど、実際のところ本当かどうか分からないしね」


 ヴァニラが会話に加わる。


「唐橋さんの写真をいっぱい撮っていたのも気になりませんでしたか? 看護学生だからって、遺体の写真を撮るなんてちょっとおかしくないですか?」


 今度はイツカが会話に加わってきた。言いながら形良い眉を少しひそめる。


「あっ、それはおれも少し気になっていたんだよ。最初は死因を確認するために写真を撮っていたのかと思ったけど、よくよく考えてみればおかしい行動なんだよな。──春元さんはどう考えていますか?」


「オレたちは今夜会ってからまだ1時間もたっていないんだぜ。お互いのことなんか分かるわけがないさ。オレを含めて、参加者はそれなりの思いで、このゲームに参加しているわけだからな。もしかしたら、あの櫻子ちゃんが唐橋さんの遺体の写真を撮ったことにも、何か訳があるかもしれないしな。とにかく、13人も人間がいたら、どのみちひとつにまとまって行動するなんて土台無理だったのかもしれないな。仕方がないさ。この先、オレたちはオレたちのペースで進むしかない」


 春元が皆の意見をまとめる形で言った。


「今のところ差し迫った状態ではないし、とりあえずもうしばらくの間、ここに留まって様子をみることにするか。閉園時間が午後9時と言ってたから、それまでの間は、他の入園者が巻き込まれるような大きなデストラップはないと思うしな。まあ、他に何か良いアイデアがあったら聞くけど、どうかな?」


「おれは春元さんの意見に賛成です。あと10時間近くゲームは続くわけだから、無理に動くよりは、少しでも体力を温存させておいた方がいいと思います」


「わたしもスオウ君の意見に賛成かな。まだ状況を把握しきれていない中で移動するのは、かえって危険だと思うし」


「2人とも高校生のわりにはしっかりとしているのね。アタシが高校生の頃なんか、放課後は毎日汗水垂らして『野球』の練習ばかりで──」


「じゃあ、ここでしばらく待機で決まりだな」


 春元がヴァニラの思い出話をスパッと切っていく。


「ちょっと、せっかくアタシの甘ずっぱい青春の1ページの思い出を、少年少女に熱く語り聞かせようと思っていたのに」


「心配するな。誰もそんな無駄話なんか聞きたがらないから。それよりもどうせやることがないわけだから、ここで時間つぶしも兼ねて、オレが『エリムス』の曲をアカペラで聞かせてやってもいいけど──」


「積極的にお断りします」


「花火大会が始まったみたいだから、わたし、窓から外の風景でも見てようかな」


「そうそう、アタシはメイクを直さないと。女は顔が命だからね」


 三人が三様の形で、激しく固辞の態度を示した。


「なんだよ。いい曲ばかりなんだぜ。まったく聞いてくれるのは亡くなった唐橋さんだけかよ……」


 春元はひとり寂しそうに鼻歌で口ずさむのだった。



 こうしてゲーム開始から1時間も経たないうちに、参加者たちは離散することになった。



 この判断が後々ゲームの進行にどのような影響を与えるのか、まだ誰にも分からない──。

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