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第9話 疑いの目を向ける

 ――――――――――――――――


 残り時間――12時間21分


 残りデストラップ――12個


 残り生存者――12名     

  

 死亡者――1名 


 ――――――――――――――――



「──唐橋さんは死んでいる……」


 唐橋の頚動脈に指を添えて脈拍の確認をしていた春元が、重たい声で言った。


 ホール内が一瞬、静寂に包まれる。


「や、や、やだ……やだやだ……そんな……そんな……」


 幸代は唐橋の隣のイスに座っているのが怖くなったのか、立ち上がってホールの壁際まで下がっていく。顔面は蒼白で、今にも卒倒しそうな感じにみえる。


 同じく、女性である玲子とヴァニラも唐橋から距離をとった位置に移動している。反対に、櫻子と美佳は目を逸らすことなく、唐橋の遺体にじっと視線を向け続けていた。


「春元さん、唐橋さんが死んでいるって……本当なんですか……?」


 イツカがスオウの二の腕をぎゅっと手で掴んでくる。ゲームに前向きだったイツカも、目の前の事態が信じられないようだった。


「──ああ、オレもウソだと思いたいが、脈がまったくない。完全に死んでいるよ」


 春元が無念そうに首を振った。


「──そうですか……分かりました……」


「おい、いったいどういうことなんだよっ!」


 意味もなく叫び声をあげたのはヒカリである。声の調子こそ勇ましいが、顔には明らかに狼狽の色が浮いている。


 スオウとて、いったい何が起こったのかまるで分からなかった。だが、紫人からのメールが正しいとすれば、唐橋はデストラップの最初の犠牲者になり、死んだということなのだ。


「これが……デストラップってわけですか……?」


 スオウは春元に問うように視線を向けた。


「ああ、どうやらそうみたいだな。オレもゲームが始まってこんなにもすぐに死者が出るとは思ってもみなかったけどな……」


 春元は命が消えた唐橋の体を静かに床に寝かせると、自分のイスにゆっくりと戻っていく。


「これって、本当に……命を懸けたゲームだったんだ……」


 スオウは初めて人の死を目の当たりにして、思考が上手くまとまらなかった。しかも唐橋はただ死んだのではない。毒を飲んで苦しみもがきながら死んだのだ。


「おい、スオウ君、しっかりしろ! 正気を保つんだ!」


 春元がスオウの両肩に手をやり、スオウの体を強く揺すった。


「春元さん……でも、でも──」


「いいか、この際、驚くのも、悲しむのも、泣くのも、全部後回しだ! 今は現実をしっかり受け止めることに専念するんだ! そうしないと、次のデストラップで死ぬのは君になるかもしれないんだぞ!」


「──は、は、はい……分かり、ました……」


 スオウは春元の気迫に押されるようにして小さくうなずき返した。


「他のみんなも目を逸らさずに、この『死』をちゃんと受け止めるんだ! これが『デス13ゲーム』なんだからな!」


 春元が断言するように言った。まるで『はじめからこのゲームのことを知っていた』かのような口ぶりであった。


 春元の怒鳴り声によって、ホール内に少しだけ落ち着きが戻った。


「ねえ、スオウ君っていったかな? 悪いんだけど、きみの後ろの窓に掛かっているカーテンって取れないかしら?」


 ヴァニラが窓の方を指差した。


「カーテン、ですか?」


 スオウは自分の後方に目を向けた。すぐにはヴァニラが言った言葉の意味が理解出来なかったが、カーテンを見てヴァニラの意図に気が付いた。


「──分かりました」


 スオウはカーテンを手に取ると、何の躊躇もすることなく、思いっきり強く引っ張った。カーテンはレールから簡単に外れた。素早くカーテンを手で巻き取ると、そのまま唐橋のもとに歩み寄る。


「すみません。今はこんなカーテンしかないので……」


 スオウは謝りながら唐橋の体の上にカーテンをかけていく。むろん、唐橋はうんともすんとも文句は言わない。


「なんだか君に嫌な役を押し付けちゃったみたいでゴメンね」


 ヴァニラがその場で軽く頭を下げた。


「いえ、いいんです。唐橋さんには申し訳ないですが、ホールの中央に遺体があったら、きっとみんな気持ちが落ち着かないと思うし」


「そうだ。君が成人して歌舞伎町に飲みに来たときには、いっぱいサービスするから、それで許してね」


「ありがとうございます。実はぼったくりでしたとかいうオチはなしですよ」


 スオウはヴァニラの冗談に笑みを返した。ヴァニラがどんよりとした場の空気を読んで、わざと冗談を言ったのだということは分かった。だから、こちらも冗談できり返したのである。


「スオウ君、優しいんだね」


 スオウがイスに戻ると、すぐにイツカが優しく声を掛けてきてくれた。


「そんなことないよ。先に気付いたのはヴァニラさんだから」


「ヴァニラさんはキャバ嬢って言ってたから、いろいろと気が回るのかもね」


「うん、そうかもしれないな」


「──ねえ、ちょっといいかしら? 今思ったんだけど、毒はいつクッキーに混入したの? それとも最初からクッキーに毒が入っていたの?」


 疑問の声をあげたのは玲子であった。さっきまでは恐怖と驚愕の半々の表情を浮かべていたが、今は眉間に皺を寄せて、何やら考え事をしている風な顔である。


「最初からクッキーに入っていたんじゃないのか? この男はクッキーを食べて、口から血を吐いたんだからな」


 相手が玲子だと、人が変わったように優しい口調になるヒカリだった。


「でも、唐橋さんが最初に食べたクッキーには毒が入っていなかったはずでしょ?」


「だったら、そのあとに食べたクッキーに入っていたんだろうな。でも、今さらそんなこと考えてどうなるんだ? 死んじまったもんはもうしょうがないからな」


 どうやらヒカリは考えることがそれほど得意ではないらしい。


「いや、待った。これは最重要事項だぞ」


 反対意見を述べたのは春元である。


「またお前かよ。今度は探偵役でもするつもりか?」


 ヒカリの茶化す言葉を、春元は当たり前のようにきれいにスルーした。


「最初に食べたクッキーに毒が入っていなかったのは、ここにいる全員が見て確認している。だとしたら、次に食べたクッキーに毒が入っていたに違いないんだ。じゃあ、そのクッキーはどこから唐橋さんの手に渡ったのか? そのクッキーを唐橋さんに渡したの誰なのか──」


「おい、それって、こいつらのことを──」


 春元に向けられていたヒカリの非友好的な視線が、春元から別の人物へと素早く移動した。その人物とは──。



 スオウ、イツカ、そして、櫻子の3人。



「まさか、お前らがクッキーに毒を仕込んで……」


 ヒカリの顔には、3人に対しての不信感がありありと浮かんでいた。慌てて3人から距離をとるように壁際へと移動していく。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ! おれたちは唐橋さんがお腹がすいていると思って、親切心でクッキーをあげただけなんだぞ!」


 スオウは抗議の声をすかさずあげた。


「そうよ。わたしだって同じよ! だいたいあなたはさっきから文句ばかり言ってるだけでしょ! 少しぐらい自分で考えたらどうなの!」

 

 イツカも激しく抗議の声をあげた。


「五月蝿いんだよ! お前たちの中に犯人がいることは分かったんだぜ! 今のうちにさっさと白状したらどうだ。そうしたら許してやってもいいぜ」


 ヒカリは完全にスオウたち3人のことを犯罪者扱いである。


「ちょうどいいや。今から俺が殺人犯の告白する場面を撮影してやるよ」


 ヒカリが慣れた仕草で手にしたスマホをスオウたちに向けてきた。


「おい、何してんだよっ! 今はそんなことしてる場合じゃないだろう! 止めろよな!」


 スオウは右手を前に出して、自分の顔を隠すようにした。この状況下でさらし者になるつもりはさらさらない。


「この撮影を止めて欲しいんだったら、さっさと白状することだな。いつまでも白状しないなら、この映像をネット上にばら撒いてやってもいいんだぜ!」


「クソ野郎が!」


 思わずスオウは吐き捨てた。


「ねえ、アタシも考えてみたんだけど、この3人に毒を仕込む時間なんてなかったと思うんだけど、そこはどう説明するの?」


 3人に救いの言葉を投げかけてくれたのは、意外にもヴァニラであった。


「そうだ、ヴァニラさんの言う通りだよ! そもそも、お前はおれたちが毒を入れるところをその目で見たのかよ?」


「見ていなくてもこの状況からすれば、お前たち3人以外に毒を仕込める人間なんていねえだろうが! お前たちが持っていたクッキーには、お前たち以外は誰も触れてすらいねえんだからな!」


 ヒカリの言葉は痛いところを突いてきた。確かに常識的に考えて、スオウたち3人以外に、クッキーに毒を仕込めることが出来る人間はいないと言っても良かった。それはスオウも理解していた。しかし、だからといって、やってもいないことを自白するつもりはない。


「だから……それは、つまり……」


 返答に詰まってしまうスオウ。


「へへへ。どうやら自白するのも時間の問題みたいだな」


 追いつめられつつあるスオウであったが、そこでまたしても救いの声があがった。


「──なあ、誰もまだ気が付いていないみたいだけど、毒以外のことでもうひとつ重要なことがあるぜ」


 声の主は春元である。


「みんな、思い出してくれよ。紫人はこう言ってただろう。『デストラップの前には必ず前兆がある』と」


「それがどうしたっていうんだよ!」


 相変わらず春元に対してはケンカ腰のヒカリである。


「じゃあ聞くけどな、唐橋さんのときにはデストラップの『前兆』はどこにあったんだ? もしも、そのときの『前兆』が分かれば、毒がいつ仕込まれたのかも絞られるかもしれないだろう?」


「そうだ! 『前兆』のことを忘れていた!」

 

 スオウも春元の言葉を聞いて紫人の話を思い出した。


「ふんっ、今さらそんなこと調べる必要はねえよ。どのみち、こいつらの内の誰かが白状すれば分かることだしな」


「いや、この先のゲーム展開を考えたら、デストラップの『前兆』のことはしっかり確認しておくべきだぜ。そうじゃないと、次のデストラップに引っかかる確率が高くなるからな。もっとも、『前兆』を確認することなく、デストラップを避けられる自信があるっていうのならば別だけどな」


「…………」


 ヒカリは非常に分かりやすい反応をみせた。沈黙である。暗に春元の意見を肯定した形だ。スマホでの撮影も一旦中断している。自分の愚かな場面は撮影したくないのだろう。


「いったい唐橋さんの命を奪ったデストラップの『前兆』は何だったのか? 唐橋さんにクッキーを渡した3人を比べれば、すぐに答えは分かるぜ」


 春元が意味深な言葉を投げ掛けた。


「はあ? それだけじゃ、言っている意味が分からねえよ!」


 明らかに思考する前から文句を言うヒカリ。


「あっ、わたし、答えが分かったかも! ねえ、あなたは本当に分からないの? ひょっとして学生時代の国語の成績が悪かったんじゃない?」


 イツカが自分の疑いが晴らせると思ったのか、ぱっと表情を明るくした。


「なんでここでいきなり国語の話が出てくるんだよ!」


 ヒカリは怒鳴るだけで、答えをまだ見付けられていないようである。


「だって国語の成績が良ければ、こんなのすぐに分かることじゃない。春元さんははじめから『ソレ』のことを言いたかったんだ」


「あっ、なるほど。そういうことか!」


 スオウも春元の言わんとしていることを察した。


「どこかのバカと違って、頭の回転が速い人間が近くにいると助かるよ」


 春元はヒカリからの剣呑な視線を無視して、ある人物に視線を振り向けた。


「確か君は自己紹介のときに『ぶすじま』さんと名乗ったよな? 漢字で書くと──『どく』の嶋と書くのかな?」


「──はい。私の名前はどくの嶋と書いて毒島と読みます」


 毒島櫻子は春元の問いかけに対して、あっさりと首肯した。


「君は唐橋さんにクッキーを手渡した。そして、君の名前はどくの嶋と書いて毒島。さらに言えば、君は誰よりも早く唐橋さんが毒で死んだことに気が付いたよな。オレにこう言ってくれただろう。『──おそらく毒よ。人工呼吸をしたら、あなたも多分死ぬわよ』とな。──どうして君はあの時点でそんなに早く毒のことに気が付いたんだ? オレはそれを知りたい」


 ホール内にいるゲーム参加者たちの視線が、一斉に櫻子の顔に集中した。


「分かりました──」


 櫻子がゆったりとした動作でイスから立ち上がる。

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