第8話 ルール説明、ゲーム開始、そして第一の犠牲者
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残り時間――12時間41分
残りデストラップ――13個
残り生存者――13名
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「それでは今夜、皆様方に挑戦していただくゲーム──『デス13ゲーム』についての説明を始めたいと思います。もしもご不明な点がございましたら、説明が終わったあとに随時質問をお聞きいたしますので、とりあえず一度最後までゲームの説明にお付き合いください」
紫人はそこでみなの反応をうかがうように一呼吸入れてから、さらに話を続けた。
「『デス13ゲーム』のルールは単純にして明快であります。――これからこの場所で、13時間無事に生き残るか、あるいは13時間の間にランダムに発動する13個のデストラップを無事にすべて回避して生き残るか、あるいは13人の中で最後の1人として生き残るか、以上の三つのルールの内、どれかひとつでもクリアした者が勝者となります。つまり、13時間が経過していなくとも13個のデストラップをすべて回避した時点で、あるいは13時間が経過していなくとも生き残った参加者が最後の1人となった時点で、ゲームは終了となります。ペナルティ事項はふたつだけあります。この園内から外へ出ないこと。第三者にこのゲームについて伝えないこと。それだけです。また、園内のアトラクションは老朽化、あるいは故障中のものを除いて、すべてゲームが終了するまで稼動しております。参加者の皆さんは乗り放題・遊び放題となっております。もちろん、遊ぶかどうかは皆さんのご判断にお任せします。──さて、以上で簡単ではございますが、ゲームについての説明は終わりとさせていただきます。では、何かご質問のある方がおりましたら、どうぞご遠慮なく申し出てください。答えられる範囲内のことであれば、こちらは包み隠さずすべてお答えいたします」
「ゲームのルールはだいたいのところ分かったよ。ただ、あんたの言ったデストラップというのは、具体的にどういうモノなんだ? それが分からないと、オレたちにはどうしようもないんだけどな」
参加者の中で自然と場を仕切る役になっていた春元が最初に口を開いた。テレビに向かって話しかけると、部屋のどこかに隠しマイクが仕込まれているのか、画面内の紫人が答えた。
「デストラップというのは、文字通り『死の罠』です。つまりあなたがたを死に追いやる罠ということです。命を懸けたゲームですから、トラップにかかった者はかなりの高確率で死ぬと思ってください。具体的にトラップがどういったものなのか言ってしまうとネタバラシになってしまうので、ここで詳しく話すことは出来ません」
「ちょっと待ってよ! それってズルくない?」
玲子が立ち上がって抗議の声をあげた。
「玲子さんのご指摘はごもっともです。ですから、デストラップには参加者側に対して、アドバンテージがひとつ設けられております」
「アドバンテージ? 古いってこと?」
「それを言うならビンテージだよ。アドバンテージというのは、簡単に言えば、有利な点っていう意味になるかな」
春元が優しく玲子に教える。
「わ、わ、分かってたわよ、それぐらい……」
玲子はルックスは百点満点だが、頭の中はそれなりの点数みたいだ。
「春元さん、ありがとうございます。つまり噛み砕いて説明しますと、参加者側に有利な点を示すことによって、死神との絶対的な差を無くすということです。──それが『前兆』です」
「『前兆』って、地震の前に地震雲が現われるとか、動物が騒ぎ出すとか、そういう意味のことなのか?」
「はい、まさにその通りでございます。デストラップが発動する際には、その前に必ずそれと分かるなんらかの『前兆』が起こります。その『前兆』を絶対に見逃さないことです。それによってデストラップへの前準備が出来るというわけです」
「オッケー。よく分かったよ」
それで春元は納得したようだった。
「それでは他にご質問はございますか?」
テレビ画面の中の紫人が参加者全員の顔を見回すように頭を左右にゆっくりと振る。
スオウは紫人に何か聞くことはないかと考えてみた。
「あの、勝者の人数に上限ってあるんですか? さっきのルール説明だと、13人全員が生き残る可能性もあると思うんだけど」
イツカがさらっと話に割り込んできた。
「勝者の上限ですが、13人です。つまり、みなさん全員が勝ち残る可能性もあるということです。ですから、さきほど皆さんに自己紹介をしてもらったのです。皆さんが一丸となってゲームに挑戦すれば、全員の望みを叶えることが出来るかもしれないですからね」
「死神さんって、案外、優しいんだね」
「死神といえども、望んで人間を死に追いやるわけではございませんので」
「分かったわ。ありがとう」
「では、他にご質問がなかったら──」
「はい。いいかな」
スオウは教室でもないのに挙手をした。どうしても確認しておきたいことがひとつあったのを思い出したのだ。
「勝者の報酬について詳しく聞きたい。あんたはおれに命を懸けたゲームに勝利すれば、希望額の賞金を用意すると言ったが、それはすぐに貰えるものなのか?」
「はい。ゲーム終了と同時に、勝者の方の銀行口座に振り込まれます」
「本当なんだよな? おれの妹はすぐにでも手術をしないとならないんだぜ」
「はい。ウソはございませんので、安心してゲームに望んでください」
「分かった。あんたのその言葉を信じることにするよ」
スオウはベッドで眠る妹のことを思い返した。紫人の言葉が正しければ、ゲームにさえ勝てば、すぐにでも妹の移植手術に入れる。
「ねえ、スオウ君。妹さんって──」
「ああ、重い心臓の病気でね……。その手術費用を得る為に、このゲームに参加することにしたんだ」
「そう……だったんだ……」
イツカが視線を遠くに向けて、心ここにあらずといった風につぶやいた。
「では、そろそろゲームを始めることにいたしますが、皆さん、準備の方はよろしいですか?」
死神の言葉に反応したのか、室内にいる参加者たちの顔に緊張感がはしった。
スオウは知らぬうちに両手の拳を強く握り締めていた。
「それではただ今から、命を懸けたゲーム──『デス13ゲーム』を始めます。これ以降の連絡はすべてわたくしからのメールのみになります。わたくしはこれで去りますが、死神は特等席でゲームを観賞しているので、みなさまのご活躍を期待しております」
紫人の言葉が終わると同時に、テレビの画面がぷつりと消えた。
いよいよゲーム開始である。
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「――これでゲームの始まりか」
春元がさっそく口を開いた。先ほどと比べて、若干声が硬くなっている。
「こうして黙って座っていてもしょうがないし、みんなで作戦会議でもするか?」
「おいおい、急にリーダー気取りかよ。アイドルオタクにリーダーが務まるのか?」
ヒカリがすぐさま春元をにらみつけた。
「お前も聞いただろう。このゲームは13人全員が勝者になれる可能性があるんだぜ。だったら、みんなで協力してデストラップをクリアしていくのが、勝利への一番の近道だと思うんだけどな」
「アイドルオタクがリーダーじゃ、一時間ももたずに全滅だぜ」
「あーあ、また始まっちゃったよ。本当に犬猿の仲だな」
スオウは隣のイツカにそっと話しかけた。
「そうだね。始めからこれじゃ、全員で協力するってわけにはいかないかもね」
「まあ、おれもあのヒカリとかいう男、少し苦手だけどさ」
スオウとイツカがコソコソ話をしている間も、春元とヒカリのやりとりは続いていた。
「だいたい俺はアイドルオタクなんかとは協力できねえし、したくもねえよ」
「そこまで言うなら、お前はひとりで頑張れよ。それともひとりぼっちじゃ寂しいのか?」
「なんだとっ! キサマ──」
売り言葉に買い言葉で、ヒカリが激昂してパイプイスから立ち上がりかけた、そのとき──。
レストランホール内の入り口付近に、奇妙な一団が姿を見せた。
ドレス姿のお姫様、王冠を被った王子様、剣を腰に差した騎士、杖を持った老婆、動物、空想上の怪物──。
様々なキャラクターのコスプレをした一団である。一番前に立っていたお姫様が最初に口を開いた。
「本日は閉園パーティーにお越しいただき、ありがとうございます。ステッフから感謝の気持ちを込めて、入園者の皆様にお菓子を配っておりますので、どうぞ受け取ってください」
一団がレストランホールに入ってくる。唖然とした表情を浮かべる参加者たちに対して、可愛らしいラッピングが施されたお菓子の包みを順番に配っていく。スオウも老婆からお菓子の包みを受け取った。
「この後、午後8時から最後の花火大会が始まります。閉園の時間は午後9時となります。それまでの間、存分に楽しんでください」
それだけ言うと、お姫様を先頭にして一団はレストランホールから出ていった。
「なんだよ。さっそくデストラップが発動したかと思ったぜ」
スオウは緊張を解いて、ふぅーと大きく息を付いた。
「いや、デストラップに掛かったバカがひとりいたみたいだぜ」
「えっ、デストラップって、どういうことですか?」
スオウは隣の春元に急いで訊き返した。
「ほら、そこを見てみな」
春元が小馬鹿にするような目で、ヒカリの方を見ている。
ヒカリは腰が抜けたような姿勢で、床にベタッと座り込んでいた。立ち上がりかけたところにさっきの一団が入ってきて、びっくりしたのだろう。
「クソがっ! こんな菓子なんかいらねえよっ!」
ヒカリは恥ずかしさを紛らわす為か、手にしたお菓子の包みを床に強く叩きつけた。
「まったく、人間、ああはなりたくないよな」
反対に、春元は完全に勝ち誇った顔をしている。さっそくラッピングの封を解いて、包みの中からクッキーを取り出し、優雅に口に運んでいる。
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少し離れた席での参加者同士のやりとりをなんとはなしに聞きながら、唐橋は貰ったばかりのクッキーをバクバクと勢い良く食べていた。
少し前から金欠状態に陥ってしまい、この三日間、水以外口にしていなかったのだ。腹に入るものならば、クッキーでもなんでも良かった。
「うぐ……うぐぐ……」
慌てて口の中に入れたせいか、クッキーが喉に詰まってしまった。
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「ねえ、ちょっと、唐橋さん、大丈夫ですか!」
唐橋の異変に真っ先に気が付いたのはイツカだった。すぐさまイスから立ち上がり、唐橋のもとに駆け寄っていく。
「えっ? まさかこれがデストラップってやつなのか?」
スオウも焦ったようにしてイツカに続いた。
「ぐぶっ、ぐぶふ……。だ、だ、大、丈夫……。クッキーが……喉に詰まって……」
唐橋の言葉を聞いて、イツカがホッとした表情を浮かべた。
「もう、驚かさないでください」
「──すまない。お腹が空いていたから、つい急いで食べてしまって……」
「そういうことなら、おれのお菓子もどうぞ。おれ、今はあんまりお腹空いていないので」
スオウは唐橋にお菓子を手渡した。
「それなら、わたしの分もどうぞ」
イツカも菓子を手渡す。
「ありがとう。じゃあ遠慮なくいただくことにするよ。あっ、君の分もいいのかい?」
唐橋が驚いたように、菓子を差し出してきた女性を見つめた。喪服を着た美女──櫻子である。
櫻子は無言で菓子を差し出すと、そのまま何も言わずにイスに戻っていく。
「実は見た目に寄らず、案外良いやつだったりしてな」
スオウは櫻子の後ろ姿を見つめて、そっとつぶやいた。
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クッキーを喉に詰まらせるという想定外の出来事に自分でも焦ってしまったが、ようやく気持ちが落ち着いてきた。他の参加者の前で醜態を晒してしまったが、空腹には勝てなかったのだからしょうがない。
しかし、まだ空腹は収まらない。親切な3人からせっかくクッキーを貰ったのだから、それを食べることにした。腹が減っては戦が出来ぬというが、まさに唐橋の今の状態はそれであった。
そもそも、唐橋が食べるものにも困るようになったのには理由があった。
もともと唐橋は一年前までは大手の証券会社に勤めていた。数年前に大きな震災を経験した日本は、その後、経済的な復興を遂げていくことになり、その恩恵は株式市場にも及んだ。唐橋は株式トレードで莫大な利益を生み出して、社内でも一目置かれる存在になった。そのまま会社にいても良かったのだが、自分のトレーダーとしての腕に未来をかけてみたくなった。
唐橋は会社を辞めて、ひとりでやっていく決心をしたのである。それまでに溜め込んだ貯金と退職金とを注ぎ込んで、個人トレーダーとしてのスタートをきった。
株式のトレードは会社にいたころと同様に上手くいき、順調に資産を増やしていった。経済雑誌に写真付きで取り上げられるようにもなった。
しかし、その先に思いもかけない落とし穴が待っていた。
ちょうどその頃、アメリカでは次期大統領選挙が始まっていた。大統領選に絡んで、為替市場が大きく動くはずだと唐橋は踏んだ。こんなビックチャンスをみすみす見過ごす手はない。
唐橋は手持ち資金の大半を株式市場から引き上げて、為替取引の方に突っ込んだ。
だが、大統領選挙の結果は──まさかまさかの人物がアメリカ大統領に選ばれてしまった。
唐橋の読みは完全に外れた。その結果、多額の借金を背負うことになってしまった。
家にあるものはもちろんのこと、車も住んでいたマンションも、とにかく金になるものは全て売り払い、借金の返済にあてた。しかし、それでも足りなかった。唐橋は金に困り、毎日の食事さえろくに出来ない日々が続いた。
金策に奔走するある日、唐橋の前に男がひとり姿を見せた。
死神の代理人──紫人である。
紫人は借金額と同等の賞金が得られるゲームについて説明してきた。唐橋に断る理由はなかった。いや、むしろ紫人の話にのる以外、もう他に道は残されていなかったのだ。
そして、現在──。
唐橋はこうしてゲームに参加している。このゲームに必ず勝って、株式市場の舞台に戻るのが、唐橋の目標であった。
その為には、まずこのクッキーを食べて十分に英気を養い、これからのゲームの展開に備える必要があった。
唐橋は喉に詰まらせないように、今度はゆっくりとクッキーを口の中に入れた。前歯で噛んで、さらに奥歯で噛み締めようとしたとき、舌の上に違和感が走った。同時に、喉の奥に灼熱の痛みが生まれた。
思わず手で口を押さえる。口内のクッキーを急いで吐き出そうとした。
「うぐ……うぐぐ……」
「おいおい、またクッキーを喉に詰まらせたのかよ。前回の失敗から何も学んでねえんだな」
ヒカリとかいう男の声が耳に入ってくる。
「ちが……ぐふっ……ぐぼっ、ぐぼぼ……ぎゅごっ!」
違うと言おうとしたが、言えなかった。言葉よりも先に、口から飛び出たものがあったのだ。
唐橋は口元に当てていた自分の右手をじっと見つめた。そこには真っ赤な液体がべったりと絡み付いていた。
ま、ま、まさか……クッキーに、ど、ど、毒が……?
頭で考えるよりも先に、体が勝手に動き出していた。唐橋は必死になって自分の手で首を掻きむしるようにした。首の皮膚に爪が深く食い込んで、そこから血が流れ出す。それでも唐橋は首を掻きむしるのをやめなかった。いや、やめられなかったというべきか。
「ぐごっ……ぐぐぎゅ……ごっごぶっ……ぐぶっ……」
唐橋はイスから転がり落ちた。床の上で数秒のたうちまわった挙句、ピタッとその動きを止めた。
そして――唐橋の命の炎は呆気なく消えた。
今夜の『デス13ゲーム』において、デストラップの最初の犠牲者はこうしてうまれたのであった。
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「きゃああああああっ!」
唐橋の異変を呆然と見つめていた幸代が悲鳴を張り上げた。
「おい、なんだかさっきと様子が違うぞ!」
異常に気付いた春元が唐橋のもとに走った。すぐさま床に崩れ落ちた唐橋の上半身を抱きかかえる。
「おい、しっかりしろ! おい! なんとか言え!」
春元が唐橋に大声で呼びかけるが、唐橋からの反応は一切ない。
「くそっ、返事がないぞ! こういう緊急事態の場合は人工呼吸を──」
「ダメ!」
鋭く制する声があがった。
「はあ?」
春元が驚いて声の主に目を向ける。
「──おそらく毒よ。人工呼吸をしたら、あなたも多分死ぬわよ」
冷静極まりない声でそう指摘したのは毒嶋櫻子であった。
「おい、いったいこれは何なんだよっ! 何の冗談だ!」
ヒカリが立ち上がって、怒りが混ざったような苛立った声をあげた。
にわかにホール内が騒然とする中、しかし、スオウは言葉もなくただ立ち尽くすしかなかった。唐橋の口から溢れ出た大量の血を見て、恐怖で体が動かなかったのである。
そのとき──全員のスマホがメールの受信音を鳴らした。
スオウはハッと我に返ると、慌ててスマホを手に取った。すぐにメールを開き本文を表示させる。
『 ゲーム退場者――1名 唐橋
残り時間――12時間27分
残りデストラップ――12個
残り生存者――12名
死亡者――1名 』
メールには簡潔にそれだけが記されていた。
「う、う、うそ……うそよ……。だって……さっきまで、元気にクッキーを食べていたのに……」
イツカの嘆きの声に対して、返す言葉の見つからないスオウだった。スオウ自身も、突然の唐橋の死を受け入れることが到底出来なかったのである。