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エロ本先輩

作者: 堕罪 勝愚

「あっつ!」


 男性の太いはずの声が裏返った故に、現状の気温の高さを改めて突きつけられたように、俺の体感温度も高まり、右手のうちわを仰ぐ手が激しくなる。


「本当、暑いですね」


 俺は天井の反転とネジを眺めながら返答する。


「俺はこの夏、夏らしいことをしたからもう心残りは無いんだが、なんでこんなに女絡みが少ないんだろうな…」


 俺は長椅子から起き上がり、パイプ椅子へと気怠げに座る男性の顔を見つめた。


「まあ、良いことありますよ…」


「気休めはいいよ。俺さ、グループでキャンプ行ったんだよ。女もいたんだけどさ、それらしい進展無いんだよ!」


 彼はうちわで体に風を送りながら嘆く。


「聞いてくれよ田口。グループに男3人と女2人で行ったんだよ。で、そのうち1組がカップルで、俺と、俺の友達の男、それから女の子1人がフリーなんだよ」


「ああ、殺人事件が起きたんですね」


「金田一でもコナンでもねーよ」


 彼はかぶっている鍔付きの帽子を被り直し、頭を仰いだ。


「俺フリーの子を口説いていたのよ。友達も応援してくれたし、もう少しで行けるって思ったのに台無しになったんだよ!」


「ああ、エロ本の件ですか?」


 一時期、彼はエロ本を両手に持った画像をLINEのトップ画像にしていて、かなりキャラではないことをしていたと思った。


 男女関係や恋愛観に堅実で、俺は先輩として尊敬していた。俺は一度、先輩に女絡みで説教を食らった事があり、それについて心から反省をしているくらい、彼の言葉は俺に影響力がある。


 それほど異性に対して堅実な方が、どうしてエロ本二刀流の画像をトップ画像にしていたのか疑問に思ったが、彼なりの考えがあったのだろう。実のところ、俺も先輩がエロ本を持っている写真を見て、その前後に何があったのか気になっていた。だが、一応後輩なので、聞く機会が無いため、ずっと心中でとどめていた。


「そう。エロ本の流れだよ」


 飲みの席の酔った勢いで聴くつもりであったが、ここまであっさりと、夏も魔法で口を滑らせる程、彼の口は緩んでいた。


「彼氏がいる方の女の子ってさ。俺の幼馴染で家が隣同士なのよ。で、もう1人の方は俺が初めて会った女の子で、可愛かったのよ。で、2日間、料理とか、釣りとかで共同生活していて親密度上がったと思ったんだよ。でさ、2日目の夜、キャンプつったら何する?」


 先輩は仰いでいるうちわの手を止め、俺に突きつけてきた。


「花火ですか?」


「そう、花火だよ。俺は喫煙者だから常にライター持っているわけよ。だから炎係で終わるし、俺以外誰もタバコ吸わないから、その場でタバコ吸っていいのか迷うのよ」


 先輩はうちわの手を再び強めたと思ったら、自分の膝に叩きつけた。


「で、俺以外の男はパチンコをするわけよ。俺が口説いていた女の子の方はパチンコに興味あって、演出がどういうのがあるかとか、何とコラボしているのか、男2人ともりあがっていて気まずいから、俺が席離れてタバコ吸いに行くわけ。そしたら彼氏いる方、俺の幼馴染がついてきたんだよ」


 俺は相槌を打ちながら再び長椅子に横になり、ふんぞり返って先輩の話しに耳を傾けた。どのタイミングでエロ本に動くのか気になってたまらない。


「でさ、いきなり涙ぼろっぼろ零しながら、彼氏の愚痴言いまくるわけよ。いや、俺口説いているのお前じゃないから!」


 笑っているような、怒っているような表情で先輩は俺に目を向ける。


「でさ、席離れた場所は声も聞こえないし、姿も見えない場所なんだけど、様子見に来ることだってできるじゃん。だから、幼馴染口説くわけにも行かないし、ましてや彼氏の悪口を好き放題言えるわけでもなく、俺はただ肯定マシーンになるわけよ!」


「あー、女の子と話すとそうなりますよね」


「だろ!? ただ、彼氏いる女には手を出さない主義だし、口説いたとしたら、俺が2日間費やして親密度上げた女の子との関係をチャラにするわけじゃん。だから滅多なことできないし、もうただただ、そうだねとか、うんとか、適当にごまかしていたわけなんだけどさ、地獄だったな」


 女の子はただ肯定してほしい生き物であると聞いたことがある。ほとんどの愚痴が答えを求めているものではなく、ただ喋りたいだけで、明確な答えを出したところで大きなお世話になるのだとか。それを先輩は知っていたのか一切真面目に答えなかったのだろう。


「わかるなぁ! 俺も似たような事ありましたよ」


「いや流石に、愚痴っている相手がそばにいることは無いだろ!?」


「確かに、俺が相談受けているときは、愚痴の矛先は近くにいないっすね」


「近くにいなきゃ言いたい放題なんだけどよ、悪口言ったり口説いたりできんのに、八方塞がりな状況なってんの何故!?」


 先輩は愚痴で好き放題言う人ではないが、話を面白くするために自らの株を下げるようなことを言っているのだろう。地味に東北の方の方言のある喋り方で、少し落ち着く。


「そんでさ、先に涙拭いて女の子が戻るわけよ、俺、そんとき、7本目吸っててさ、多分結構な時間付き合っていたんでしょう。それを吸い終わるまで独りで考えていて、それでどんな言葉で声掛けようか考えながら戻ったのよ。したら明らかに空気悪くて、楽しい空間だったのに、多分、幼馴染が彼氏に対してぶちまけちゃったんだろうな」


 先輩はよく、空気が悪くなるという言葉はレトリックで使うが、適応障害がある俺にとって、そのレトリックを感じる場面が無い。だから、多分お通夜みたいな状態になっていたのだろう。まあ、俺はお通夜モードとか、そういった言葉が通じる程利口ではないので、感じることのない空気を想像しながら、先輩が次に発する言葉を待った。


「いや、俺、気まずくなって、そのまま歩いて30分あるコンビニ行ってきたのよ。そしたら、俺の友達もついてきて、何が有ったのか一部始終聞いたのよ」


「あ、そこでエロ本すか?」


「焦るな田口、まあ聞けって」


 先輩は右手に先程まで仰いでいたうちわを、左手に落ちている雑誌を持って手をクロスさせた。確か、こんな感じのトップ画像だったな。


「気不味い空気をどうやって処理しようか考えたときにさ、例えば俺がエロ本を持って登場してそれの感想言ったら笑い飛ばせるかなって思ったのよ。で、その場のノリで友達にこのポーズの写真を撮ってもらって、買ってからキャンプ場に戻ったわけよ」


「空気はどうでした?」


 俺は先輩の使う空気のレトリックを楽しみに問い掛けてみた。


「線香花火が火葬に見えた。ここで葬式してんじゃないかってくらい最悪だったね」


「あーあ。女の子のせいで楽しい空間が台無しですね」


「本当な。俺がそこで、エロ本開いてこういったわけ、たまんねーって。したら、どうなったと思う?」


 先輩は胃もたれでも起こしているような顔を俺に見せて問いかけてきた。


「口説いた女の子がドン引きしながら罵倒したとか?」


先輩は苦笑いを見せてからうちわを仰ぎ、雑誌を投げ捨てるように地面に置いた。


「顔真っ赤にした幼馴染が死ねって叫びながら打ち上げ花火で狙撃してきた」


「テメーのせいなのに!?」


執筆開始時刻

19:58

終了時刻

20:45

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