右手と左手 僕と君
「君と同じ未来に向かって歩きたい」
僕が君にそう言った日から
幾つの日々が過ぎただろう
あの時の君が言った言葉を
思い出したよ
「右手が怪我をしたら左手で絆創膏を
貼るでしょ」
「左手だけじゃ泡立たない石鹸も
右手と共にこするとぷくぷくと
泡立つでしよ」
「荷物を持った右手が疲れたら
左手がその荷物を持ってくれる
でしょ」
「なーんも言わないのに右手と左手は
わかってる
右手は左手に素早く応えて
左手は右手を助けたりするよね」
「ねぇ すごいでしょ」
当たり前のことを真面目に言う君に
僕は目を細めて笑ったんだ
「そういう夫婦になりたいね」
そう言ってた君はもういない
どこにもいない
「左手だけだとちょびっとしか
すくえない水は右手を添えると
いっぱいすくえるね」
そう言った君は僕の横にはいないんだ
朝 起きて顔を洗おうとしても
片方の手だけじゃ 指の間から水が
抜けておちるよ
怪我や病気で腕を失った人が経験する
幻肢痛
あるはずのない腕が もうない腕が
痛むファントムペイン
僕は僕の痛みじゃなく
君がこの世に残した無念や
未練や ありとあらゆる思いを
考えたら胸が痛くなるんだ
あぁ 神さま もういない彼女の声が
聞きたい
怪我や病気で腕を失った人が経験する
幻肢痛
あるはずのない腕が もうない腕が
痛むファントムペイン
何かで聞いたことがあるんだけど
鏡に ある方の腕をうつして
両手があるんだと錯覚させ
脳を騙すらしい
そうやって痛みを和らげるらしい
じゃあ 僕は君を天国から連れてくるよ
毎夜 君と話しをするよ
本当はもういないのに
本当に君は僕の隣にいるんだ
「今日はどんな1日だった?」
「何が辛い?」
「何が悲しい?」
君の無念や未練を僕は癒して
あげたいんだ
するとね 君はこう言うんだ
「楽しかったよ」
僕はその言葉を聞いてから
眠りにつくよ
明日の朝 ちゃんと両手で水をすくって
顔を洗えるように