3.
愛月は考える。奏瑪は、自分だけのものであるべきだと。
いや、そうでなくてはならない。そういう運命であるべき。愛月の中で、その想いは彼に手を差し伸べられてからよりずっと燃え盛っている。
自分には、奏瑪以外には何も無いのだから。
愛月が村の守り神として存在していた時代は、それこそ、彼女を信仰する者達の声が普段から聞こえていた。しかし今、その記憶の大半は奪われ、それ空白の奥深くへと埋没されてしまっている。
現在は。感覚だけが、とても大切なモノを奪われたと、認識しているだけ。おぼろげに切り取られた一瞬は思い返せるが、それが何だったかを正確に判別できるわけではない。
が、なまじ半端に記憶の残滓を所持しているがゆえに、「失う事」への正体不明な記憶が、さらにその恐怖を助長していた。
唯一無二。それが無くなれば、自分は何のために存在しているのか。愛月が霧仁 奏瑪に抱く想いが、それである。
奏瑪に助けられ、奏瑪のために自分がいる。愛月と言う狐の変化したU生体は、自らの存在理由を、いわば一人の少年に全てに託しているのだった。
「人間が不老不死になるアイデア、というのは昔から存在しているんだ」
椅子に座る奏瑪はデスクトップ端末を操作しながらそう言った。その言葉は足にしがみついている愛月に聞かせるというよりも、気分が乗って一人唄っているようであった。
ここは、奏瑪宅の地下にある研究部屋。棚には薬品が。そこらには様々な機器が無造作に置かれた部屋で、何らかの作業が必要な際は書斎かここかで行われている。
「だが現在。どこであろうとも、それは禁術として扱われている。何故だか分かるかい?」
ちなみに今奏瑪は、先程訪問してきたエルフの女性に、「人間の恋人を不老不死にしてほしい」と依頼されていた。その願いは、5倍の寿命差を埋めるためであるのは想像に難くなく、そして霧仁 奏瑪はそれを了承した。
「かなりの高確率で、失敗するからさ。正確に言えば、中途半端な結果に終わる」
「――わたしは、奏瑪のいうようじゅつ……えっと、」
「U技術――と訂正したいところだが、覚えられないなら君の言いやすい言い方で構わないさ」
言語を覚え直して日の浅い愛月にとって、奏瑪の言葉はかなり難解だ。しかし、彼女は可能な限り、その理解に努めている。
「そのようじゅつで、おかしくなったにんげんはしらない」
「大昔の記録を紐解く限り、2000年前にそんな事例はないからね。何らかの事情で隠れたか、誰も使わなかったか――いや、人間という種の性格からしてそれはない、か。いずれにせよ、今の時代で不老不死を行使した場合、早い話が、生きた屍となる」
「おんりょう?」
「言うなれば、半死半生だよ。生きた身体と死んだ身体が、ぐちゃぐちゃで混ざった状態だ。当然、そんな人間が正気を保てるはずもなく、結果、害を及ぼす事例が発生する。おまけに、止めようにもまともな方法じゃ殺し切るのが不可能だ。半不老不死だからね」
光で机の上に投射されたキーを叩きながら、奏瑪は解説する。
「半端に終わる原因は、しばらく解明されていなかった。当然だとも。そこには、U原体とO原体と言う、二種類の異なる要素が一つの中に存在していることが、当時知られていなかった原因があったのだからね」
こういうことを語る時の奏瑪の顔は、純粋に楽しそうだ。と、愛月は思う。
「妖術――もとい、U技術で、不老不死を施工したとしよう。変質を起こしやすいU原体で構成された物質は、同じくU原体を介在した強い思念で変容を遂げる。U原体を元とする部分は、それにより『生きて老い、最後には死ぬ』というプログラムが削除された。けれど、O原体はそうはいかない。U原体とはまるで異なるために、例外を除きそれを介した命令を受けない。しかもそれだけじゃなく、そもそもO原体は意識などでは一切変質しない。かなり特別な手段を使わなければ、O原体は同じOの要素ですら、干渉を受け付けないのさ」
こちらを振り返ることなく、画面の中に没頭し続ける奏瑪。愛月はそんな少年に自分の方を振り向いてほしくて膝をぺろりと舐めるが――何の反応もしてくれなかった。
唾液が、ただズボンにシミを作っただけだった。
「だから、中途半端なアンデッドが出来上がってしまう。U原体要素の部分のみが死なず、O原体の部分が老い滅んでいく。時間を経てしまえば、ちぐはぐな存在になるのは当然なのさ」
愛月は、せめてどこかへ行ってしまわぬようにと、その足を抱きしめる力を強くした。
ぎゅうっと、やさしく。しっかりと。
「不老不死。もし対象が、ほぼU原体で身体を構成しているエルフならば、問題は容易に解決できただろう。ならば、O原体を多分に含む人間にはどうすればいいと思う?」
離れたくない。だから、愛月は奏瑪と混ざり合い、ひとつになりたいと思っていた。そうすれば、居場所を分け断つ事は絶対にありえないからだ。
「ならば答えは決まっている。O原体が構成している部分を、全てそっくりU原体と入れ替えてしまえばいい。これ以上もなく単純な話だ」
けれども、一体となることは、本当はしたくないとも愛月は考えていた。首元のリボンを愛おし気に、そして憎々し気に触れる奏瑪は、今は自分に何の感情を向けてもくれない。確かに今自分へと意識は向けてなどくれないが、本当に一つになれば、それが向く所在すらも認知できなくなるだろうから。
そして、いつかはきっと。手を差し伸べてくれたあの時と同様に、彼の世界へと入れてくれることを、信じている。だから今は、こうして密着するにとどめておくのだ。
「そう言えば、依頼者が僕の存在を教えられた人物。確か、『ロア』と名乗っていたらしいね」
奏瑪は、コーヒーを一口すすって思い出したようにそう言った。
「奏瑪――? だれ?」
「さて、誰だろうね」
奏瑪は、背もたれに身体を預ける。
「とうの昔に死んだはずの幼馴染の仇名を、今更聞くことになるとは思わなかったよ」