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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《第二話》『虚ろなる神』
8/33

2.

「何だこりゃ。戦争でも始まったのか?」


 刑事、小田嶋おだじま 義昭よしあきは。現場の惨状を見るなりげんなりと言葉を吐いた。


 その狼は、漆黒の毛並みに覆われ、身長2m程の直立二足歩行だった。筋骨隆々の肉体と体毛によって、着ている白のシャツは今にもはちきれそうな男で、風邪とは無縁そうな体躯をしている。

 瞳の色は、空に浮かぶ満月のように金色のよう。それが絶対的存在を誇示しているがごとく強い意志を秘めている。グレーの上着を肩にかけ慣れた様は、刑事という職業を彼がそれなりに長く続けているような貫禄を見せていた。


 そんな獣人刑事の目前に広がるは、瓦礫の山と肉の焼けた焦げ臭いニオイ。それを、ぱっと見では数えきれないほど多くの鑑識が調査を行っており、現場はとてつもなく物々しい雰囲気に包まれている。

 惨状は、まさに戦場の跡のようだった。


「遅いです」

「おっと、エプティ。わりぃわりぃ、重たそうな荷物を背負って横断歩道を渡るばあさんを助けてたんだよ」

「見苦しいですよ」


 現場入りした小田嶋のところへとやってきたのは、プラチナブロンドをショートにした女性だった。黒色のスーツをきっちりと着こなし、腕を組んで獣人刑事を見上げている。

 見た目は、年齢が十代後半程度に見える少女の容姿をしている。しかしながら、その年齢は今年で25歳となる。だが、その童顔に反し、エメラルドグリーンの瞳はまるでベテランのような雰囲気を放っていた。

 ペスタ・エプティ。小田嶋 義昭の後輩にあたる刑事だ。


「だから、主語を言えってよ、お前は」

「“言い訳は”、見苦しいですよ。車でしょう? 横断歩道を歩いて渡ることなどなかった筈です」

「えー、あーちげぇよ、丁度赤で止まってた時、そのばあさんが横切ったんだって」

「降りて?」

「ああ、降りて助けてやった。車線側の信号も青に変わっちまったんでな」

「鳴らされたでしょう?」

「一台の馬鹿にな。むしろあの状況でクラクション鳴らすヤツがどうなんだと、俺は思うがな。こっちに向かってる最中じゃなきゃ、ぶんなぐってるぜ」

「やらかしてどうするんですか」


 呆れた視線を送るエプティに、小田嶋はがははっと笑う。その声は現場に響くほど大きく、それだけで、誰が来たかを面識のある鑑識官たちは察した。


「――で、結局どういう状況だこいつは?」


 小田嶋が問うと、エプティはポケットから端末を取り出し、画面を起動してから宙に浮かせて渡した。彼女のU技術は、いわゆる「サイキック」である。


 小田嶋はそうして渡された端末を手に取る。画面には、エプティや鑑識が収集したデータが羅列されているが――相変わらず細かすぎて彼にはさっぱりだった。


「宗教組織リ・アクティヴィティのアジトと確定。人為的可能性ありの爆発。死者多数です」

「――はぁ、ご苦労さん。しかし、やっぱここがテロリスト共のアジトだったか」

「かねてより濃厚でしたが」

「濃厚っつーか、ほぼほぼ確定っつーか。上から変な圧力掛けられてなきゃ、これまでの疑いから強制捜査にも踏み込めたんだろうが――」


 巨大な屋敷と、今は残骸と化した講堂だけの敷地だが、大富豪の私有地かのようにアジトの面積は広かった。樹木が茂っているとはいえ、隠す気も感じられない程に。

 以前から、この場所は件のテロリスト教団が保有していることが察されていた。小田嶋もエプティも知っていたが、上層部に教団員が入り込んでいるのか、行動の大半が差し止められていたのだ。


「うちの部署に、紅麻ってジジイがいたろ? 今は行方不明だが、あいつも信者だったんじゃねぇかって、噂されてるな。同じように、上層部にも信者がいたんだろ」

「私が以前言ったことですね」

「あり? そんな事言ってたか?」

「窃盗ですか? 推論の」

「お前の推測そのままパクったわけじゃねーって! ――で、他にわかってることは何だ?」

「教祖・愛葉 親太朗。および、妻・愛葉 希里穂、娘・愛葉 希望の三名の遺体を確認。使用凶器は不明」

「それ本当に、教祖本人か? 影武者とかの可能性は?」

「間違いはありません。DNA鑑定、OU構成割合共に一致。100%本人です」

「それと、多数の死者はどこに?」

「――講堂の下で消し炭です」


 エプティ刑事は、焦げ臭い臭いを嗅いだ小田嶋と同じように顔をしかめた。


「――道理で臭う筈だぜ。どれくらいが埋まってんだ?」

「不可能です」

「主語」

「――“あまりにも人数が多すぎるので、正確な人数の把握は”不可能です。万単位の死者が推測されますね」

「感想撤回。もはや戦争そのものだわ。うーわ、見たくねぇー……」


 そうは言ったものの。一応、現場をこの目で確認すべきだと思った小田嶋は、アジト内――崩れた講堂の方へと向かって歩き出す。


「全員の身元確認を終えるのに、どんだけかかるんだこりゃァ」


 少なくとも一日や二日で終わることはないだろう。小田嶋は、そんな現場の状況にさらに顔をしかめる。


「おおっ、美女と野獣コンビのご到着っすね」


 見知った鑑識の一人が、小田嶋とエプティと言う、同時行動の多い先輩・後輩コンビの到着を認識する。


「俺のどこが美女に見えるってんだ?」

「野獣ですよ」

「真逆に勘違いされるとは思わんかったっす!」

「冗談に決まってるだろーが! ――で、状況は?」

「どうもこうも人手が足りないっすよ。今いる人数の10倍。いや、100倍は欲しいっすね」

「足りないと思いますよ」


 鑑識の言葉に、エプティはそう返す。どう考えても、手が足りなさすぎる。


「しっかし、教祖も倒れて――状況的にはきっとこいつらも全員信者っすが、何が起こったんでっすかね?」

「爆弾作っててミスったとかじゃねぇか?」

「いっくらなんでも、そんなドジしないでしょーよ」

「分かんねぇぞ。基本的に民間人の集まりだしな」

「まだガス漏れとかの方がらしいっすよ! 少なくとも、火薬の反応は出てないっすね。U技術の痕跡はありますが、これほどの爆発を起こせる程の規模ではないっす」

「んじゃあ、U技術による着火、なのか?」

「瞬間的な燃焼なので、やっぱり爆発っすよ」

「でも何で万単位の教団員がいるここで?」

「それを今調べてるんっすよぉ」


 小田嶋と鑑識が、思い付きで事の流れを口にする。実際、何らかの事故だとか、そう言った類でないと納得がいかない程、この状況は説明が付けられそうになかったのだ。

 しかしそんな二人をしり目に、エプティは小さく口を開く。


「行われた事ですね」

「んあ?」

「――“組織の壊滅を狙って”行われた事ですね」

「え? あ? この突発的自体が、人為的だって?」

「はい」

「内部分裂とかじゃねーのか? 敵対組織は幾らか居るのを知ってるが、どこもリ・アクティヴィティより弱小だ。諜報から兵力から何から何まで持ってるここに、小手先を通すにしたって、相当難しい筈だぞ」

「ありえません」


 きっぱりと、エプティ刑事はそう断言した。だが何も分からない、と言った顔の小田嶋と鑑識を見て、はぁ、と小さくため息をついてもう一度言い直すことにする。


「――“明らかに規模が大きすぎるから、内部分裂は”ありえません。万単位の人員が削れれば、内部分裂どころか、組織全体そのものが完全崩壊します。現在、信者の数は2万程度と推測されていますが、ここにはそれと同等の数が埋まっている――と、知覚しまし、た」

「相変わらず便利だな、その感知。あって嬉しいかどうかはさておき」


 ペスタ・エプティは、サイキック以外にもU原体を個体別に感じ取ることが出来る。それは彼女自身のU技術がシンプル故によるモノかどうか定かではないが、例え微量であっても、においを追う警察犬のごとく、敏感に感知することが出来るのだ。

 そして、純粋にO原体のみで構成されたモノは、この世にほぼほぼ存在しない。そこから導き出し、エプティはおおよその人数を探知し、その数を数えていた。


「しかしそうとなると、やったのはどこの組織だ? そもそも、これだけの事をやらかそうってんなら、どこかしらで動きがあったと思うんだが、それもねぇ。ウチの情報網の目も、それを見逃す程細かくは無いと思うんだが」


 方法不明とは言え、これだけの規模での事件を起こそうと言うのだ。その用意を行うのに、確かな物の動きは起こる筈で。しかし、そんな話を小田嶋は聞いた覚えがない。


「違いますよ」

「主語――というか、肝心のところを言ってくれよ。いつも思いっきり端折るよなお前……」


 相変わらずの頭脳労働担当たるエプティに、小田嶋は呆れた様子で催促する。すると女性刑事は、やや言葉にするのが面倒臭そうに口を尖らせた。


「――“これを行ったのは個人。あるいは、その指揮下にある極小人数。と、私は思うので、そのどちらの予想も”違います、と私は推測します」


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