4.
講堂に集められた人々の数に、親太朗は驚いていた。舞台際の彼は、おしくらまんじゅうよりも人間の詰められた広大なホールを見て、改めて教団の規模を思い知らされる。
幹部や金持ちのVIPは、ゆったりとしながらも二階席を埋め。しかし、それ以外の教団員は建物内には収まり切らず、外にまで集まりは及んでいた。
彼らは今日、“O原体のみで形成された世界への移住”と言う宣言によって皆集められた。
それは、U原体を嫌悪する救済機関リ・アクティヴィティならば、全員が集合に値する理由。穢れ無き新世界へと羽ばたき、旧き世界に別れを告げるそれは、いかなる都合があっても優先される。
しかし、それは人を集めるための虚言に過ぎなかった。何故ならそれは、無茶な要求を突きつけてくる相手が提案した、『君の一声』だったからだ。
教祖・愛葉 親太朗の告げる福音。実現の目処の一切立たないもそれを、相手は暗に手段として出してきていたのである。
なぜメイドの主とやらはそれを知っているか疑問だったが。親太朗には、それを考えるよりも優先すべきことが今はあった。二人を、何としてでも救い出すために。
親太朗は通信機へと向かって、集計を行っている団員へと確認を取る。
「団員の収集状況はどうだ?」
『はい。たった今丁度、全員が集合しきったことの確認が取れました』
「ご苦労。諸君らも、定位置に付くようにしてくれ」
親太朗は通信機にそう告げると、腕時計を確認する。現在13時49分。
親太朗はあのメイド侵入事件の後、教団員に妻と娘を捜索させた。実際に二人は、行方不明になっていたからだ。
しかし、そのかいもなく二人は見つからない。部下の警察官も、全くのお手上げ状態だ。
無論、人質にされている以上、大っぴらに探させることは出来なかった。しかし、それを加味しても見つからない状況に、親太朗は焦りを感じている。
そして結果、要求通り全ての教団員を、虚言まで吐いて召集することになってしまった。もはや、取り返しがつかない。
その時。親太朗のズボンのポケットで、通信端末が着信を知らせる音をたてた。
「も、もしもし」
『こちらは、愛葉 親太朗様の端末で間違いございませんネ?』
「やはり君か――っ! 娘と妻を返したまえ!」
メイドの声が聞こえてくるなり、親太朗はそう要求した。緊張を隠しもせずに。
『では、以前ワタシと話されたアナタの私室でお待ちしてイマス。お手数ではありマスが、よろしくお願いシマス』
苛立ちと共に、返事もせずに通話を切った親太朗は、一目散に自室へと駆けだした。一部の教団員に、“新しい指示”を通信で入れて。
講堂を出て、渡り廊下を抜け。そんじょそこらの資産家の屋敷などとは比べ物にならない、教団運営本部と自宅を兼ねた建物。脇目も振らず、二階にある自分の部屋までたどり着き、殴り飛ばすように、親太朗はその扉を開ける。
「――っ!」
「ふふっ、来たね」
「…………」
真っ先に目に飛びこんで来たのは、首に巻かれた赤いリボンが目を引く、見慣れぬ少年の姿だった。そして、彼に守護するようにあのメイドがそばに控えている。
「お久しぶりだね、愛葉 親太朗」
「誰、だね。君は?」
「僕は霧仁 奏瑪。君は覚えていないだろうが、そちらからすれば恩人に当たる者だよ」
意味が解らなかった。自分と彼は初対面のハズだ。このあからさまに異様な雰囲気を纏った少年など、一度会えば忘れることは無いだろう。
だが、今はそんな事、どうでもよかった。
「何でもいい、早く私の家族を返したまえ!」
「ふふっ、随分と必死じゃないか。当然か、家族だものね」
奏瑪は、悪意を隠しもせずに微笑んでいる。まるで本性むき出しの悪魔のようだ。
「その前に一言労わせてもらうよ。教団員集めご苦労さん。本当に全員、集めただろうね?」
「――教団にその名を登録している人物は、全員集まっているハズだ」
「23513人。漏れなく、だね? イル、頼んだよ」
「ハイ、秦瑪」
教団員の正確な人数を、あっさりと秦瑪は言ってのけた。それにイルは返事をすると、しばらく沈黙が流れる。
「――総勢23513名の存在を、敷地内に確認シマシタ」
「確かに、確認させていただいたよ。一応、念のためこちらも確認用の小細工をさせてもらっていてね。君は約束を果たしてくれた。家族に会わせてあげよう」
奏瑪が、目でイルに合図を送る。すると、彼女は部屋のクローゼットに手をかけた。
そのまま扉を開けると、拘束された親太朗の妻と娘が、転がるように中から出てきた。
「希里穂! 希美!」
親太朗は駆け寄って、二人の目隠しと口の噛ませを取ってやった。よく似た容姿の二人が、その目に一杯の涙を浮かべている。
親太朗は、無傷の二人を抱きしめる。安堵の気持ちが、教団教祖の心を支配する。
恐怖に顔を歪ませてはいるが、無事な二人。しかし同時に湧き上がる怒り。妻や娘に対し、恐怖を味わわせたという少年を親太朗は決して許す事は出来なかった。
反撃の、開始だ。
今日嵌めてきている指輪には、教団員へと合図を行うスイッチが仕込まれている。あらかじめ行わせていた攻撃準備。起動すれば、不届き者たちに銃弾の雨が降り注ぐのである。
「…………」
――だが、教祖の天気予報は外れた。
「……――?」
何度スイッチを押しこんでも、戦闘員が部屋に入ってくることは無い。妻と娘のすすり泣く声が響くのみ。
「ああ、君の私兵は来ないよ。愛月から、怪しい動きをしている奴らを纏めて処理したと言う報告が来た」
そう淡々と語る少年。親太朗は、彼が何を言っているのか理解できなかった。
莫大な資金により結成された、リ・アクティヴィティの私兵。それを、処理した。処理。処理とは、一体何の事なのか。
言葉通りの意味なら、それは兵隊達の全滅を意味していた。
「全く、恩をあだで返されるとはこのことだね。記憶を消したとはいえ、随分な仕打ちだ」
「ふ、ふざけるな、私がお前に恩だと!? こっちは人質を取られ、そしてそのために取り返しのつかない嘘までつくことになっているんだぞ!?」
親太朗は、思わず怒鳴りつける。
「もしお前が私を失脚させたいと言うのであれば、その目論見は大成功だろう。ここまで大々的にやって、『実は移住計画などありませんでした』では、信用の失墜は避けられまい! にもかかわらず、それが恩だなどと――、」
「そうだよ。今の君の地位があるのは、誰のおかげだと思っているんだい?」
だが、奏瑪は親太朗のそんな想いなど踏みつけるように、鼻を鳴らした。
「貧しくて、カウンセラーの仕事に嫌気がさして。内容こそ普遍的でツマラナイものだったけれど、それを解消するためにこの教団を立ち上げるお膳立てまで、僕はしてあげたんだよ。
おかげで、今じゃ君は王様だ。感謝される謂れはあれど、文句を言われる筋合いは無いな」
ただの妄言。親太朗は、それこそ鼻で笑いたい程の発言だと思った。
だが、言われて思い至る記憶の欠落。確かに、今の自分は教団の教祖。しかし、そのように祭り上げられる切っ掛け。あの道具に関しては、一切思い出すことが出来なかった。
どれだけ掘り探しても、その根が見つからないのだ。
「それにしても、ここの窓からはあの講堂がよく見えるね」
霧仁 秦瑪は窓際に足を進める。
「あそこに、老若男女合わせて2万人強の人間がいる。この国の歴史上、これほどの人間が信仰するカルト教団は類を見ない。素直に、賞賛しておこう。僕の力あってとは言えね」
カーテンを開けて窓の外の講堂を眺める秦瑪の口元には、薄く線を引いたような笑みが浮かんでいた。だが、赤い瞳はまるで笑っていない。
「君たちは、一体何が目的なんだ――っ!」
「おっと、そうだったね。じゃあ、お見せしよう。僕の目的を」
「何――?」
秦瑪は、シャツの胸ポケットから携帯端末を出した。そこに口を近づけ一言。
「愛月、頼んだよ」
「ちょ、ちょっと秦瑪待ちナサイ!」
まるで、鉄槌を下すかのような、冷然な声。その声の最中で、少年の腕を引くメイド。その刹那――、
轟音と共に、窓から強烈な光が刺しこんだ。
「――っ、……?」
強烈な光で、親太朗の視界は白く染まった。音が分からない。閃光が景色を覆う。耳の中で、ぽーんと言う高い音のみが反響している。
――が、しばらくしてそれが晴れ始める。霧が失せ、目の前の景色が明らかになるように。親太朗は視力と聴力を取り戻し、周囲の状況を知覚する。
「な、に――?」
気が付けば、窓が割れていた。部屋が荒れていた。平然と話す少年はメイドに押し倒されながら庇われており、そのアンドロイドは服と肌をボロボロにしている。
「見てごらん、あれほどいた人間が、今やすべて灰になった」
奏瑪はイルを、邪魔者を押しのけるようにして立ち上がった。そうして、見るも無残な窓――その外へと、視線を向ける。
講堂は粉塵を上げながら、瓦礫の山と化していた。
「あらかじめ、講堂の中に可燃性のガスを充満させておいたんだ。火をつければこうなるのは、言うまでもない」
「――っ、……っ!」
相当すさまじい衝撃だったのだろう。離れた位置にある部屋の惨状を見れば一目瞭然。耳の中でポーンと響くその外側で、親太朗は奏瑪の声を聞く。
その少年は、メイドに庇われていたため全くの無傷だ。
「なんのためにこんなことを、とでも言いたげな顔だね。何のことは無い、ただ――、」
「奏瑪ッ! 危ないではありマセンカ!? どうして自分の安全確認をしないまま――」
「僕はこの通り無傷だよ、うるさいな。今は話し中だ」
イルの文句を軽くあしらいつつ、奏瑪は親太朗を見下ろしている。その目は、相も変わらず恐ろしく冷徹だ。
「――で、だ。僕はただ依頼されただけだよ」
「依頼――?」
「『救済機関リ・アクティヴィティの壊滅』。とある、警察庁の男の依頼だよ」
壊滅。文字通り、「破壊」して「滅される」。今しがた目の前で起こった事態は、まさにその通りの光景を示していた。
「つまり、君たちの存在を気に入らない人がいる、と言う事さ。まあ、世の中そんな人は多いと思うけどね。わざわざ人質まで取ったのはそのためだよ。一人ずつ探すなんてことやってたら、何年かかるか分かったモノじゃない」
機械のような冷徹さで、少年は言う。親太朗は、命をまるでゴミのように扱う少年に恐怖を覚えた。
――しかしなぜか。その一方で、妙な清々しさも感じていた。心が軽くなったかのような、不思議な気分が今、彼の心を満たしている。
「フッ、良かったじゃないか。これで君は晴れて自由の身だ。僕のあげたモノを生かせず、膨れ上がる教団がいつ破裂し、自分の身を脅かすか分からない状況だったのだろう?」
秦瑪の言葉に、親太朗はっとなる。そうだ、この清々しさは。多くの人間の命が失われたにも関わらず感じる正の感情その正体は、「解放」感だ。
――そう、“解放”。親太朗は他ならぬ、自らが運営する教団より解放されたのだ。
信者たちは一人残らず目の前の少年によって消された。あの場に全員集めた、というのは虚言ではない。特に、幹部連中や資産持ちのような影響力の強い者達は抜け目なく、親太朗は集めた筈だった。
そして、親太朗は確かにそれらに縛られていた。彼らの期待に添えられぬことで裏切りを受け、妻、子、共々制裁を受ける未来におびえながら。
だが、それは今強引に吹き飛ばされた。戒めは、たった今目の前で破壊されたのだ。
最も、問題はまだ、山のように転がっている。だが、縛っていた鎖は大分と軽くなった。それこそ、全てを捨ててひっそりと生き直せるかもしれない、くらいには。
お金は失った。権力を失った。が、親太朗は確かに残っているモノを実感している。
それは今抱きかかえている、愛しい妻と娘。今の彼にとって、これ以上の宝は無いと断言できた。
――そんな宝が。親太朗の妻、希里穂の頭が破裂した。
「かあ、さま――?」
声。親太朗の娘である希美の、幻想の中で荒事を目にしたかのような声。
親太朗は思わず、顔に触れた感触に自らの手を添えた。
指先は、赤く濡れていた。
「依頼内容は、『救済機関リ・アクティヴィティの壊滅』だ。信者をだけでなく、教祖とその親類の抹殺をしないと完遂されない」
先端から煙を上げる拳銃。少年は、いつの間にかその手に拳銃を握っていた。
そして次に銃口が向いている方向は――幼い希美の頭だ。
「っ、ま、待て、希美は! 娘だけは!」
「…………」
「私はどうなっても構わない! だが、この子の命だけは助けてくれ! 頼む!」
状況の理解が及ばず、希美は放心状態で泣き声すら上げられない。親太朗は力なく身体を預けてくる妻と共に希美を抱きかかえながら懇願する。
――だが秦瑪は。それを聞き入れるどころか、より一層笑みを深くした。
首元のリボンを、指でなぞりながら。
「普遍的ではあるが、家族愛と言うヤツだね、泣かせるじゃないか。娘のためなら、自分の命を張る。立派な父親だよ君は」
「お前の目的は教団の壊滅だろう!? 目的は達成されたはずだ! これだけやられれば、もはや教団は再起不能だッ!」
「確かに、君の言う通り。教団はほぼ機能停止したと言っていいだろう。もはや団員はいない。人がいなければ、組織は成り立たない」
「っ、なら――ッ!」
銃声がまた一発分、部屋に鳴り響いた。
「けれど、そうはいかないよ」
真っ赤な血を被った親太朗。心から何かが抜けていく感覚。そんな様子をあざ笑うように笑みを張り付けた、奏瑪の顔。
「だって依頼とは別に、他の誰でもない僕自身が、君たち家族を壊したかったのだからね」
「奏瑪――」
イルは、そんな光景を悲し気に見つめていた。しかし、何かをする様子もなく立っている。
一方、親太朗はもはや、心ここにあらずと言った様子で放心していた。
そんな様子に、冷徹な少年は嘲るような笑みを浮かべる。
「ククッ、”運命を呪うんだね”」
銃口が、親太朗の額に密着する。一部の温かみも無いそれは、まるで少年の冷え切った心を表しているかのようだった。