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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《エピローグ》『悪夢から覚めた日』
32/33

2.

「さて、これでよし、か。試しに動かしてみてくれ」

「ハイ。それデハ」《接続開始:左腕/データ照合中――……完了》《機能状況:良好》


 イルの金属色をした左手が、サーヴォの音を立てつつ稼働する。スキンのまだ被せられていない掌が、動作を確かめるために何度も指を開いては閉じる。


 ここは、霧仁 奏瑪の新たな隠れ家。追い立てる者達に見つかった場合の別の隠れ家として用意されていた家だ。

 その地下室、時刻は早朝。今はライフサポートアンドロイド・イルの修理が行われていた。右手もまだスキンが被せられてはいないが、新しいモノが取り付けられている。


「これはスペアのパーツだ。以前のように、武器は格納されていないから、注意したまえ。強度もパワーも、前の通りとはいかない」

「イエ、日常の仕事をできるだけ充分デス! ありがとうございマス、奏瑪!」

「奏瑪、こっちもおねがい」


 同じ部屋で、今の今まで大人しく待っていたU生体、古代の土着神こと愛月が。相も変わらず変化に乏しい表情で熱のこもった視線を奏瑪へ向けていた。


「あたらしいほーたい、まいて?」

「君は既に怪我が治ってるじゃないか」


 身体がちぎれるほどの傷を負っても、U生体の中でもとりわけ強力な力を持つ愛月は、一日でその傷が癒えていた。今では、無傷の素肌に包帯を巻いている状態である。


「奏瑪にまいてほしい。そして、なんやかんやおこってなんやかんやでからみあって、まざりあうの」

「愛月サンの包帯はワタシが巻き治しマショウネ~」

「しっし。あっちいってへんたい」

「何と反転速度の速いブーメランなのデショウ!」


 そんな二人の様子を見て、奏瑪はふっと微笑みを浮かべる。影の全く刺さない顔ではないが――しかし、それは単純に温かみもこもった人間らしい笑みだった。


 U思考媒体が、AE化合体を多分に含んだ爆発を起こし、そしてその中に、その場の全員が飲まれたはずだった。あの街のように。

 しかし、獣人刑事を含む四人は、その影響を受けることは無かった。意識をそれぞれ失いはしたモノの、最初に目を覚ました愛月とイルが奏瑪を起こし、その場を脱出したのである。


 そうして今、この新しい隠れ家に居る。少しだけ、この団らんに。奏瑪は幼少期のころを思い出していた。


「そうでした、ワタシ。奏瑪に聞いておかねばならないことがあるのデシタ」

「修理の際に聞けばよかったものを。何だい?」

「これから、奏瑪がどうするかデス」


 イルの視線には、少しだけ不安が籠っていた。アンドロイドであるにもかかわらず、ヘタな人間よりも表情が分かりやすかった。


「そうだね、何をしようか――」

「また、世界を滅ぼすのは無しデスヨ?」

「さて、どうしよう。もう一度、今度は再計算して企ててみようか」

「奏瑪――っ!」

「冗談だよ。少なくとも今は、そんな気は起こらない」


 何故、街は消し飛んだのに、自分達は無事だったのか。そもそも、何故あの時U思考媒体に突然異変が起こったのか。奏瑪の中でその現象は。少しだけ不思議な出来事として残っていた。


 ――ただ、と思う。もし。もしあれらが、母たる旧式アンドロイドの魂が起こした奇跡だとしたら。そんな、妙に都合のいい“奇跡”を、奏瑪は考えてしまう。


 所詮アンドロイドだと、何の感情も抱かなくなっていたあの頃。しかし、機械と言う出力の限界に阻まれながらも、愛してくれていた。無いと思っていたモノがあったかもしれないと言う可能性は、奏瑪の心の干上がっていた泉に一滴の水を落とした。


 全ては、希望的観測。しかし、世の中に否定され続けてきた身として、新たにあったかもしれない可能性を感じさせると言う事態は、彼の頑なに閉じた心の壁に、一筋の亀裂を走らせた。

 ――そんな母が、あのような形で。生きていてくれと言ったような気がした。それだけで、上を向こうと少しだけ思えた。


 U原体の奇跡と、アンドロイドの奇跡。半ば事件の連鎖反応と言う“奇跡”から産まれたた身としては、それを信じてもいいのかもしれないと、奏瑪は思った。


「わたしは、奏瑪がやりたいとおもったことなら、なんでもおてつだいする」

「ふふっ、愛月。君は相変わらず素直だね」


 奏瑪は、愛月の頭を優しく撫でた。金色の髪とふさふさの狐耳は、とても手触りがよかった。


「ワタシ! ワタシモッ!」

「こんなことを強請るアンドロイドなんて初めて見たよ」


 仕方ないので、奏瑪はイルの頭も撫でてやった。すると、それを奪おうとするかのように、愛月がアンドロイドを押しのける。


「ぬあっ、アナタは今しがたされてたデショーガ!」

「奏瑪のなでなではわたしのもの。だれにもわたさない」

「全く――何をアホな事してるんだ君たちは」


 奏瑪は、呆れてため息をついた。しかし、悪い気分、というわけでもなかった。


「――そうだね、何をすべきかな。結局のところ、僕は君たちをけしかけ、多くの人間を犠牲にした身と言う事には変わりない。時には、八つ当たりもして、惨たらしく命を奪ったこともある」

「つかまるのは、いやだよ」


 愛月は、奏瑪の背中に手を回し、その顔を胸に押し付ける。こすこす、こすこし、押し付ける。逃がすまいと、においをつけるかのように。


「奏瑪がふこうになるのはいや。しんじゃうのもいや。どこかにいくのもいや。いつも、いつも、わたしのそばにいるの。わたしは奏瑪のいちぶで、奏瑪はわたしのいちぶ。だから、だから、だから、だから、だから、だから――……っ」

「ホラ、愛月サン。奏瑪困ってるデショー? 少し落ち着いてクダサイ」

「でも――」

「――困ったものだね。もとより、償うとかそう言うこと自体は性に合わないが、しかし、今は罪の意識を感じていなくもない」

「奏瑪。ワタシも、奏瑪がどうにかなるのはお断り願いたいデス。奏瑪が、我々の主なのですカラ。――主の決定に従うのが、本来従者というものデスガ、どうにモ」

「君たちを置いてどうにかなるわけにはいかない、という気には充分なったよ、ありがとう」

「どういたしまして」

「皮肉だよ」


 奏瑪は自身に対して甘い、と思いつつも、自身を極端に犠牲にはできないなと、思った。

 もしそうすれば、彼女たちの気持ちを裏切ることになってしまうだろうから。自身のために、同じ気持ちでありながら互いに傷つけあった二人の希望を無視することはできなかった。


「――保留」

「エッ」

「保留。この件については保留だよ。全く」

「随分ご自分に甘くなられマシタネ?」

「あまいたべもの、すきだよ」

「君たち、自分のせいだと自覚したまえ」


 少なくとも、生きる。生きて――どうするかを考える。奏瑪は、半ばそんなずるずると引きずってしまいそうな、自分らしくない決定に、過去の無念にこだわり続けてきた自分らしさを感じながらも、ほっと息を吐く。


 自分を、執拗に毛嫌いしているような世界への復讐は、成らなかった。


 偶然にしては出来過ぎているように思うほどの、偶然が続いた悪夢。


 それを晴らすように、様々な者を傷つけ、陥れ、嘲笑って。


 同情などいらない。憐れみなどいらない。そうされる資格など無いし、自らの罪は、これでも自覚した人生を送って来た。


 けれども、そんな毒沼のような世界でも、自分に手を差し伸べてくれる存在はいた。


 それは、どれだけ邪険に扱っても、振り払っても。お節介にもその手を伸ばしてくれる。


 そうして、奏瑪は遂にその手を掴むことができたと自覚する。その手は温かかった。だから、一度握れば離すことはできなかった。


「とりあえず、朝食にしよう。イル、新しい腕のテストも兼ねて、早速頼んだよ」

「了解しました奏瑪! 腕によりをかけマス!」

「わたしは?」

「君は何もしなくて――」

「…………」

「――肌寒いから、湯たんぽ代わりにでもなっていてほしい」

「わかった。わたし、いっしょうけんめい奏瑪をあたためる」


 世界は、きっとこれからも自身に難題を与えてくるだろう。それが、今まで並の厳しさか、あるいはそれ以上のモノか、一週回って何も起こらなくなるのか。それは分からない。



 だが――きっと次は、ただ憎むだけで終わらない。何故なら、今の奏瑪には、彼自身の存在を認めてくれるヒトたちがいるのだから。



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