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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《第五話》『世界終幕、呪いの唄』
30/33

6.

「――まさか、本当に僕のコード、を、掌握してしまうとは、ね」

「それも、あなたにとっては皮肉と言わざるを得ないかもしれませんが」


 U思考媒体は、真っ白い指で自らの頬、顎をなぞる。


「どうやら私は、あなたに世界を滅ぼさせたくはないようで。『私』と言うフィルターを使い、神がかり的な解読を行いました。元々が、それなりに高度な処理を持つコンピュータだったからでしょうか? もはや、一つの強い意志とも言うべきそれが、今の結果。言うなれば奇跡を作り上げているのです」


 彼女がその気になれば、この場の全員をいつでも消してしまえるのだろう。全部タネ明かししてやろう、と言うような口調は、言うなれば余裕の表れだった。

 それだけの人格を、U思考媒体は得て。そして今、実行していた。


「まだあなたに悪いお知らせはありますよ? 稗田 菫――ロア。あの姿での行動は、私があなたのことを気遣った上で取った行動です」

「――俺達と会った時も、あの白い女の姿だったな」

「ええ、刑事さん。奏瑪は、私を嫌って破壊した。ならば、私の姿では不快な気持ちにさせてしまうからと考えた結果、愛しているであろう幼馴染の姿を取ったのです。ごめんなサい」


 どうやら、逆効果だったみたいですけどね? と、U思考媒体は嘲ったような悲し気なような笑みを浮かべた。

 ――表情が、ちぐはぐで、様子がおかしかった。


「何から何まで裏目! 裏目裏目裏目! どうシテ、こうなってシマうのでしョう――? 全くあなた方にとっては怨めしいことこの上ないでしょうねぇ! わたシのせいデす。いやはや、親子というものは、よく似るモノです! 嫌な部分であろうと、まるで全く容赦なく! 本当ニごめンなさイ」


 まるで、一人の身体を使って、二人で喋っているかのようなメイド。U思考媒体は、舌打ちをして自らの頭を殴りつけた。


「――完全に手中に収めたと思いきや、未だ抵抗してくるとは。やはり、その活力の大元。奏瑪を消さねばならないようです。早急に」


 U思考媒体はノーモーションから突進。AE化合体の両腕は、剣のごとき刃を形成した。

 イルが前へ出る。プラズマビームガンからAEビームカッターへと出力を変更した彼女は、U思考媒体の剣とかち合う。


「『私』は完全なる『私』として、何者とも異なる一個の存在となる! 邪魔をするなァッ!」

「ぐゥッ!?」


 U思考媒体が鞭のようにしなる脚でイルの脇腹を蹴ると、その皮膚と下にあるフレームを幾らか消滅させつつ、大きくふきとばした。


「奏瑪、にげて」

「っ、」


 いつも片時も離れなかった愛月が、奏瑪を遠ざけU思考媒体を睨む。


「あれとたたかえるのは、わたしたちだけ。そのあいだに、にげて」


 三本の尻尾より、九本の腕を伸ばし、それらは一様にU思考媒体の身を引き裂かんとする。

 ――が、黒髪のメイドが片腕を鞭のようにして薙ぎ払うと、それらは全て霧散する。


「はやく、い、って――ッ!」

「――っ、ええい、何をぼーっと突っ立ってやがんだ!」


 動こうとしない奏瑪を、肩を支えていた小田嶋は抱え上げてその場から離れようとする。


「っ、イル! 愛月!」


 だが自身を抱え上げる小田嶋の腕を、自身の痛みを無視して奏瑪は解こうとする。しかし、少年の細腕ではそれは叶わない。


「離せ――ッ!」

「そうはいくかよバカヤロウッ!」

「君はあいつの言葉の意味が理解できなかったのか!? あいつの狙いは僕だ! その後は、恐らくきっとどうでもいい筈だ! 滅びの元となるコードも取り込まれた! もう、世界は滅ばないッ! 彼女らや君がヤツの目的を阻害する理由はない!」


 乗用車がぶつかっても、U思考媒体はピクリとも衝撃を受けた様子は無い。特大の火球を受けてもそれは同様で、静かに奏瑪へとその視線は向かっている。


「お前こそ、俺が言ったこと忘れたのかよあァッ!?」


 できるだけ、遠くに。彼女らが、時間を稼いでいる間に。小田嶋は足を動かす。


「警官の仕事はホシの逮捕だけじゃねぇんだよッ! 市民を守るのも、警官の義務なんだッ!」

「だったらなおの事、彼女らが助かる方法を取りたまえッ!」

「ここでお前が死んだら、あいつらに詫びようがねぇ! それにエプティも浮かばれねぇだろうがァッ!」


 後方で横たわる女性刑事は、もはや完全に消滅してしまっていた。U思考媒体に貫かれ、AE化合体となり、穴の開いた空間の一部となってしまったのだ。


「あいつも、俺と一緒にお前を追ってここまで来たんだよ! 勿論、警官としてな! その意思を、ここで無駄にするなんてできねぇんだよッ!」

「っ、その職務は己が命を張る程のモノか! もはやここから先は僕の問題だ、部外者は口を挟まないで、」

「いい加減にしやがれッ!」


 小田嶋は一喝する。


「さっき俺が言ったことを忘れたのかよ! 俺達は、逮捕するだけが仕事じゃねぇんだ!」

「この僕の知ったことじゃない! 誰も彼もが僕の敵だ! この世に生まれ落ちて、今日のこの日に至るまで、」

「イルも愛月もお前の事を大切に思う味方だろうが! そしてそれはお前の母ちゃんも同じだろ今のあいつの言葉から分からなかったのか!?」

「――っ、っ、」


 奏瑪に世界を滅ぼさせないように、U思考媒体を通しながらもコードを解いて。ロアの姿で現れたのも、奏瑪が彼女を好いていたであろうことを想って。

 奏瑪は思い返す。アンドロイドだったころの彼女も、機械と言う制約の中にありながら、ひたすらに気にかけてくれていたことを。


 それはプログラムの一端なのかもしれない。けれども、奥に秘められたメモリーは間違いなくそうだったのかもしれない。

 奏瑪は最初から、誰かに認められていた。数は少なくとも、確かな想いに包まれていた。そこに穴など、本来は無かったのだ。


「さて、鬼ごっこはおしまいですよ、奏瑪」


 目の前に、はるか後方から跳躍したU思考媒体が、奏瑪と小田嶋の前に着地する。


「っ、二人は――っ」

「ご自分の目でごらんになっては?」


 奏瑪は弾かれたように後方を振り返る。


 肩口から大きく身体を裂かれ、血だまりを作りながら、それでも動こうとする愛月。

 両手を失い、脇腹、そして片足を失って、それでも前へと進もうとするイルの姿。


 しかし、満身創痍の二人がどれほど努力をしても、亀の歩み寄りも遅かった。それだけ、両者ともに深い傷を負っていた。


「――すまない。どうやら、チェックメイトのようだ」

「あァッ!? 何お前諦め――」

「いいんだ。お勤めご苦労様だよお巡りさん」


 奏瑪は、ゆっくりと小田嶋の腕の上から降りる。獣人刑事の腕は、それを止めるだけの力を発揮できなかった。


「刑事のお仕事は逮捕するだけじゃない。素晴らしいじゃないか。よくこの状況でなおその職務が真っ当できたものだと、驚嘆するよ」

「おい――おいっ!」


 U思考媒体の元へと、歩き出す奏瑪。触れられるほど近くで、その足は止まる。


「だめ、奏瑪――っ」

「奏瑪ッ!」


 普段から言葉には出さなかったが、奏瑪はここまで着いてきてくれた二人にも感謝していた。いつもいつも、感謝していた。

 しかし、世界への恨み辛みが、たった一言の労りすらも押しつぶしていた。アイテール博士の追手から逃げてからその後は、一度もその言葉を彼女らにはかけていなかったのだ。


「愛月。イル。――ここまでよくついてきてくれた」


 ――けれども、この時間の間で。少し、ほんの少しだけ。戒めを解いた。一喝されて、ようやく二人の温かな想いへと手を伸ばせた。

 もしかすると、怖かったのかもしれないと、奏瑪は思う。それで自身の怒りが解かれ、そして安息に腰を落ち着けてしまうのが。


 ロアのことを。稗田 菫のことを、忘れてしまうのが。そして――、


「覚悟はよろしいですね?」

「――最後に一つ、述べさせてほしい」

「あん――?」


 U思考媒体は、今更何を言うつもりだと、首を傾げる。


「ありがとう、母さん」


 奏瑪は、その奥に居るであろう母にも礼を述べた。


 時が経つにつれ扱いがぞんざいになったにもかかわらず。制止も聞かずに叩き壊したにもかかわらず。もはやただの記憶を抽出するだけの電気信号となったにもかかわらず。自分のことを想ってくれた。

 拒絶し続けるためにかぶっていた殻。それが砕かれた今、素直にその言葉を述べることができた。


 ……――U思考媒体の表面が、ボコボコと泡立ち始めた。


「ア、ぎ、あ、あ、今更、あ、あぁああああああああああああああああああああああァァッッ!」

「!?」


 それだけに異変は止まらず、再びその全身が混沌に染まり始める。U思考媒体は苦悶の表情を浮かべ、叫び声を上げ始めた。


「今更、出しゃばリなさりヤがッテェッ! ヤメ、ぇえええええええええええええええッッ!!」


 突然の事態に、奏瑪にも何が起こっているのかさっぱりわからない。確かなのは、またもや想定外の異変が起こっている、と言う事だった。


「オ、オ、オオオオオオオオオオオオォオオォオオオオオオオオオオオォォォオオオオッッ!!」


 全身をかきむしりながら、その表面の凹凸は消滅していく。あっという間にその姿はAE化合体の塊へと戻り、しかし、それでもざわめきは止まらない。


「――っ、危ねぇッ!」


 小田嶋がそう叫んだ時には、遅かった。



 U思考媒体は、混沌を爆発させた。


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