3.
「しばらく、この道路を道なりでお願いシマス」
助手席に座ったイルは、小田嶋へと行き先を指示する。後ろの席にはエプティが座り、夕日に照らされた道路を車は疾走していた。
霧仁 奏瑪のライフサポートアンドロイド・イルが、二人の警官へと頼み込んだこと。それは、自身を主の元へと送り届けてほしい、というものだった。
勿論、小田嶋もエプティも耳を疑った。襲い掛かって来た相手にそんな頼み事をするなど、正気の沙汰ではない。
だがイルは、足を貸してほしいという以外にも、もしかしたら人手が必要になるかもしれない、と言う事で渋々と言った様子で二人にそれを要請した。その様子に只ならぬ何かを感じ、エプティが反対する中、小田嶋が承諾した結果が、今の状況である。
「そろそろ、教えてくれてもいいんじゃねぇか。人手が欲しい理由。急いで出てきたからな」
「のんびり話してましたけどね。“その割には”」
「いいデショウ。状況を明確にするために、情報は必要不可欠ですカラネ」
反対車線はやたら渋滞していたが、小田嶋の車が走る車線は空いており、比較的スムーズに速度は出せる。しかし、何故か時折反対車線より飛び出してきた車が目の前に現れるため、非常に油断ならない状況だった。
普段だったら引き返して追走モノだが、そうにも言っていられない状況。それにこの大渋滞には、尚更嫌な予感を加速させるモノを小田嶋は感じている。だから、イルの頼みを獣人刑事は聞き入れたのだ。
「アナタ方の会ったロアさんデスガ、先ずその名前は――」
「知ってる。霧仁 奏瑪の幼馴染だろ」
「――ハイ。そして、そこまでご存知であればおそらく、彼女がとうに亡くなられた筈の人間であることもご存知デスネ?」
「その遺体は、さっきの場所で見たよ。んで、霧仁 奏瑪はそいつを生き返らせるために、ナンタラって言う道具を作ったんだよな?」
「ハイ。U思考媒体。対象から漏れ出た、脳で生成された電気信号を吸い上げ、保持しておくための道具デス。その過程で、コントロールの難しいO原体要素部分をU原体で再現、置き換えることでその後の操作も容易にし、そして脳の思考部分を電気信号に対して代用しマス」
助手席に座るイルは、険しい顔をしながらそう述べる。
「しかしながら、U思考媒体には一つ欠陥が存在するのデス。――いえ、というよりは、あまりに高度な性能を持つがゆえに引き起こされる弊害、と申しましょうカ。あくまで一つの可能性を示しただけではありましたガ、アレは収集した記憶とは別の意識を持つ可能性を持っていたのデス」
「話を聞く限り、元は――なんだ? 死んだヤツの記憶の入れ物みたいなモノだったんじゃねぇのかよ。それが別の意識って、どう言う……」
「U思考媒体には、今言った変換を行う知能がプログラムされています。本来それは吸収した電気信号とは全く別のものです。しかし、U原体の『U原体の動きによって同じくU原体に影響を及ぼす』特性が自己の存在を認めるという思考に作用することで、可能性の一つとしてそれが発生しうるのデス」
「え、ええと、何だ? つまり?」
「要約すると、魂全ての記憶をもった別の人格が生まれる、と言う事デス」
「しかし、どうしてそれが今ここで? そもそもどこへ行ったのか自体を知りません。“U思考媒体とやらの所在を”“我々が”」
日記には、その道具が何処へ行ったかは記されていなかった。アイテール博士もその名前を出したことは記憶しているが、しかしその後それがどうなったかを、二人の刑事は知らない。
「譲渡されマシタ。救済機関リ・アクティヴィティの教祖、愛葉 親太朗様へと」
「どう言う、事だ――? 宗教組織とどう言う繋がりが……、」
「元々、調整次第で様々な可能性を生み出しうる道具デシタ。リ・アクティヴィティ、もといその理念の根底にあった『OとUの分断』を、どちらか一方を収集、除外することで実現することが可能な装置になったのデス」
道なりに進む車は、灰色の豆腐のような建物の並ぶ地帯へと侵入していた。この辺りはあまり治安がよろしくなく、毎日細々とした事件が多発していると、小田嶋は記憶している。
「改良されたU思考媒体は、魂だけでなく他のモノ――例えば、道具や人間もU原体単一、あるいはO原体単一で出来た存在へと変化させることができマス。いわゆる、本来この地上に置いてあり得ない状態を作り出すのデス。加えて、プログラムの匙加減によって内容のコントロールも可能と推測されマス」
「記録媒体、ですか?」
「はい、ワタシが確認を行いたかったのはその点デス。そして、その能力を利用して作られた記録媒体。おそらく、何らかの手段を用いて自身が目撃した光景を、作成したそれにコピーしたのデス。ここから考えるに、U思考媒体は今、自我を持ち行動していることが推測されマス」
そんなことは、偶然には起こり得ない。イルはそれこそが、U思考媒体が自我を持った証拠であると結論付ける。
「ちょっと待ってくれ。どうして、そんなことをする必要がある?」
「先輩。U思考媒体は意志を持ったんです。そして本来の機能は魂を吸収し、意識を保存することですよ。しかし、道具のプログラムと干渉し合う事で、自我がうまれる。そしてその人格は人間にかなり近似しています」
「――つまり?」
「『一つの人格として』、閉鎖された状況から自由を求めたのです。そしてその意思を行動に移した結果が、救済機関リ・アクティヴィティの壊滅だったんだと思います」
「ただ逃げるだけでは追われると判断したのデショウ。だから、奏瑪に接触を図り自らの逃走を確実にシタ。――そして、次は奏瑪が狙われてイマス。先ほどお二方が推理されたようニ」
「その口ぶりから察するに、既に一度意志を持ったU思考なんちゃらとは会ってるんだろ? 何故その時に霧仁 奏瑪を狙わなかった? そもそも、何故狙われている?」
「流石に、そこまではどうにモ。そもそも、奏瑪に接触したのも、U思考媒体そのモノだったかどうかが怪しいところデス」
「どう言う事だ?」
「我々にリ・アクティヴィティの壊滅を依頼したのは、自称警視庁の紅麻 林雄氏デス。しかし、U思考媒体は機能で干渉した対象に介入できマス。記録媒体に自身の視界を込めるのと同じように、傀儡とした彼に命令を書き込み、我々へと送り込んダ。つまり、我々と会ったのはただの人形であったと考えられるのデス」
「ある筈のない監視カメラがあるのもそのため、だったのか。疑似的に監視カメラを作り、そうして自身の記憶にある映像を抽出して俺達に渡した、と。――合ってるか?」
「合ってますよ先輩」
沈黙。車内には、エンジンの音だけが響く。
「――何か、変なのデス」
「あん?」
「奏瑪が、不審な動きに気が付いていない筈がありマセン。それを考えれば、ワタシを引き留め身辺の警護を固める方が安全である筈なのニ」
「気づいてなかった――と言うか、普通気がつかねぇだろそんなの。実際、アンタも俺達の話を耳にするまでそこまで考えに至ってなかっただろ」
「イエ。それはおそらく、あり得ないことだと思いマス――」
イルは俯いて、不安を露わにする。
「奏瑪は直感の鋭い少年でもありマス。勿論、それだけでは何の証拠にもなりませんガ」
「が――?」
「普段は消去している来訪者の記憶を、紅麻氏の時だけは『しなくてもよい』、ト。それはあの時点で、今の状況を予測していたことが伺えるのデス」
「…………」
「――ワタシのプロセッサでは、奏瑪が何を考えているノカ。もはや分かりマセン。自らが危険に曝されるにもかかわらず、敢えてワタシを遠ざけテ……」
その姿はまさしく人間そのもので、アンドロイドらしからない。そんな彼女に、小田嶋は何と声を掛けたものかと思い悩みながらも、口を開く。
「――霧仁 奏瑪ってヤツは、俺には到底想像のつかねぇ傷を負ってるヤツだ。少しだけあいつの人生ってやつを覗くことになったが、どうにもまあ、うまく行かねぇもんだよな」
「…………」
「カメラの映像から伺える表情も、それはそれは憎しみで引きつった顔をしてやがった。他人の幸せが許せない。自分の不幸に納得がいかない。まあ、そんな人生送ってきたなら分からねぇでもない」
大量虐殺とかその他諸々が、それで許されるわけじゃねぇが。と、小田嶋は付け加える。
「でも、だからよ。だから、親身になって最後まで見捨てずに守ってやれるのは、あんただけだろ。そんなヤツが、これからの事態に二の足踏んでちゃいけねぇんじゃねぇのか」
「――そう、かもしれマセン、ガ」
「少なくとも、誰かを守るってのはそう言う事だと俺は思ってる。あんたはアンドロイドだが、一方で意志を持った『人』でもある。俺達を伴っているのも、アンタの複雑な想い的な何かから来てるんだろ。違うか?」
「――イエ、違いマセン」
「なら、存分に利用してくれて構わねぇ。こっちも、存分に利用させてもらって、霧仁 奏瑪を逮捕するからな」
「それ普通、奏瑪側にいるワタシの目の前でぶっちゃけマス?」
「今更隠しても、バレてんだから意味ねーだろ! がははははっ」
「――ワタシのデータベースではその神経の図太いさは解析不能デスヨ」
途中走っている一般車両を縫うように抜き去り、法定速度何するものぞ、と言った速度で、小田嶋は車を走らせる。
「あ、あト。アナタ方を伴っているノハ、何が起こるか分からないから人手が足りない、と言うわけではありマセン」
「何――?」
「奏瑪の傍には、もう一人いマス。そしてその人物は、ワタシのプロセッサがその思考を導きだす限り、如何なる奏瑪の言葉であってモそれを肯定――」
イルがやや遅れ気味に情報を口に述べようとしたその時だった。
「っ、先輩ッ!」
後部座席のエプティ刑事が、恐怖に慄く声を上げた。
「ど、どうしたエプティ!?」
「危険、です――っ」
「エプティサン、いかがされマシタカ!?」
「この先――異常な、U原体の、あ、う、」
普段冷静沈着なエプティの動揺する声を聞き、小田嶋は緊張を濃くする。
車は、灰色の豆腐のような建物が並ぶ住宅地へとたどり着く。道端には車が路上駐車されているが、人影は見えない。
――そして。空はまるでこれから起こる波乱を暗示するかのように、暗い雲に覆われていた。
「え、エト、そこを右へお願いシマス!」
ここまで来るのに、アクセルべた踏み、車を可能な限りとばしておよそ数分。
「なん、じゃ、ありゃ、ァ――?」
目の前――彼方に現れたのは、ドーム状に膨れ上がった黒球だった。
「っ、奏瑪!」
イルが、道のその先で、遠方で起こる異変を眺める一人の少年の姿に気がついた。
その傍らには、狐の尻尾を生やした少女の姿もある。イルは想定していた愛月の存在に、険しい顔をする。
「奏瑪ッ! これは一体――ッ! ……っ!?」
小田嶋が車を止めてすぐ、飛び出すようにイルは駆けていった。駆けていき、そして――そばに寄る前に、足を止めてしまった。
「ああ、イルかい。どうだい? 世界がこれから終わる光景というのは」
自らの仕える少年の顔が、あまりにも狂気じみた微笑みを浮かべていたのだから。
「世界が、終わル――?」
「ああ、終わる」
その顔に垣間見える、自らの行いを誇り、自慢するような顔。
「僕の手で、このクダラナイ世界が終わる。何もかもが飲み込まれ、混沌と化し、そして、終わる。僕も、全ての生命も、終わる。ありとあらゆる事象全てに、終止符が打たれるのさ」
子供のようであり、百の年月を生きた老人のようでもある表情。霧仁 奏瑪は、満悦を隠しもせずそう言った。
「――奏瑪、今すぐ止めてくだサイ」
「何故だい?」
「そんなことをしても、決して、アナタは幸せになどなれマセン」
「幸福を論理で定義など、出来やしないさ。君が思っていることは、全てロジック上にあることだが、しかしそれで全てが収まるわけではない」
「だったら、どうして――ッ、今にもそんな泣きそうな顔をしているのデスカ……ッ!」
イルのデータベースが導き出した表情の傾向は、今述べた様子とは合致しない。しかし、常に見続けてきた時間と、無限にも及ぶ彼に対する想いが、今の奏瑪をそう決定づけた。
「――泣いてなんかいないよ。むしろ、清々しい気分なんだ。全てに片を付けられるわけだからね」
「悪いが、それをさせる気はさらさらねぇよ」
車から降りてきた小田嶋は、エプティと共に少年を見据える。
「霧仁 奏瑪。多量殺人、及びその幇助、教唆に関し、求めます。任意同行です」
「――U思考媒体に利用されて嗅ぎまわっていたのは君たちか。その片割れは、文字通りのお犬様過ぎていっそ笑えるよ」
「こちとらこれっぽっちも笑える要素なんざねぇけどな」
小田嶋は、世間的な常識において、大罪を犯した疑いのある少年を睨んだ。
「まさか、世界が終わるとかそんな話を聞かされるなんざ思っちゃいなかったが。なるほど、こいつは確かにそんな雰囲気してるぜ」
「今はまだ、準備中だ。それが終われば、一気に拡散して全てに終止符が打たれる。この時間はいわば――世界の懺悔を聞くための時間だ」
「――悪いが、宗教には暗いタチでな」
「今現在、いくらかのドローンがあの現場を空撮中だ。そしてその映像は電波に割り込み、世界中の人々が使う端末なりなんなりなどの、映像を介した情報伝達機構へと配信される」
「――仰りたいので?」
「何を望んでいるのかって? 恐怖に慄いてもらいたいのさ」
エプティの述べたい意図を即座に理解した奏瑪は、両手を大きく広げて、世界を仰いだ。
「見なよ、あのAE化合体の塊を。そもそもそれを知らぬ者達でも、今のあの状態が、日常とはかけ離れたものであることが理解できるだろう。そしてそれが、これからとてつもなくよからぬ事態を引き起こすであろう、と言うことも」
小田嶋は改めて、黒球を見る。いや、敢えて見るまでも無かった。
あの何の奥行きも感じられない、ブラックホールのようなそれは。エプティでなくとも、戦慄を感じざるを得なかった。
「――お前は、何がしたい? 何のために、ここまでする……?」
小田嶋が、唸るようにそう問いかけた、その時だった。
奏瑪が、懐から拳銃を構えたのは。
「先輩ッ!」
小田嶋に向けられた銃口。エプティは渾身の力を持って、獣人刑事に体当たりした。
U技術による念動力で行うにはまず練らねばならず、しかし、そんな時間は無い。そう判断したが故の行動だった。だが、それはこのタイミングにおいてあまりにも致命的な弱点だった。
庇ったエプティの手首を貫いた弾丸は、彼女の肩口までの部分を消し飛ばした。
「エプティ!? おい、エプティ! しっかりしろッ! ペスタ・エプティッ!!」
「AE化合体の技術を銃弾へと転用したモノ。当たれば、周囲の空間・時間もろとも着弾地点周辺をAE化させる」
「て、めぇ――ッ! なん、で、こんなことしやがる……ッ」
小田嶋に身体を支えられたエプティは、意識を無くしていた。出血多量。失った片腕、その傷口から、夥しい血液が流れ出る。あまりに損傷が大きく、押さえても止まらない。
「なんで――? そんなモノ決まっているじゃないか」
奏瑪は、不快を隠す様子も無くそう言った。
「『当たり前』だから、奪ったんだよ」
霧仁 奏瑪は、冷ややかな視線を投げている。ここまで憎悪に歪んだ瞳を、どれほど冷徹な犯罪者の中にも小田嶋は見たことが無い。
「人と人。互いを補助し、時には庇い合い、互いを必要とする。それらは、相手を認めている状態でこそ作用する。そして、それは常に一般的で、いわゆる『当たり前』だ」
拳銃をそれ以上撃つ気の無い奏瑪は、それを下に捨てた。カツンと、アスファルトの上で落下した音が鳴る。
「『当たり前』。愛し、愛され、想い合う。『当たり前』。『当たり前』。そう、世界中はそんな『当たり前』で溢れている。何故か。だって、それが『当たり前』だと認識されているからだ」
牙を剥き出しにして唸り声をあげている小田嶋に、それは聞こえているのかいないのか。しかし奏瑪にとってそんなことは関係無く、
「けれど僕には、そんな『当たり前』は無かった」
ただただ、自らを嫌うようにそれを与えなかった『世界』への呪いを吐き出していた。
「僕はね、認められたかったんだよ、人々に。世界に。自分にはこれだけの能力がある。君たちにとって、僕は有用だ。必要な存在だ。それを、叫んだつもりだった」
「…………」
「けども、それは封殺された。考えてみれば、僕のこれまでの人生、すごく変なんだよ」
「…………」
「大切な幼馴染は殺されてしまう。生き返らせようと尽力しても失敗する。母だと思っていた者も、結局プログラムで動いていただけの人形だった。それにもめげず新たな道を模索し、そして世界の法則に革命を起こせる発見をしたけれど、それを横取りされ。おまけに――最後は、まるでロアを冒涜するかのように、U思考媒体が僕の元へと帰ってきた」
「…………」
「僕はそれなりには頭のいい自覚はある。けれど、どれだけ考えても分からないんだよ」
「…………」
「僕が何をした? 一つ一つ歩いてきた道を、その都度否定される程の事をしたのかい? 世界に意思などない、ある筈が無いと重々分かっていても、こう思わざるを得ない」
「…………」
「世界は、僕を嫌っているのだ、とね」
「…………」
「だから、今度は僕が世界に逆襲するのだよ。今まで受けてきた悪意を、あるはずの無い意思へと向けて叩きつけ、この世界を終わらせてやる。ここまで来たら、ただ、それだけだ」
「…………」
その場の誰も、何も言わなかった。それぞれに思うことはあれど、誰も、何も口に出すことは無かった。
「――そうかよ」
しかしやがて、一方的な沈黙の封を、一つの声が破った。
「いい歳してかわいそう自慢かよこのガキがッ!」
小田嶋は、そう吼えた。吼えたその狼を、奏瑪は一度鼻で笑ってから睨み返す。
「その通りだよ悪いかね? けれど最初から僕の気持ちなど、伝わるつもりで僕は言って無い。人は己の価値観でしか物事を考えられない。人は人の考えなど理解できる筈が無いのだからね」
「開き直ってんじゃねぇッ! お前それでアタマいいつもりかよ! 勝手に解釈して、ただただ勝手な恨み辛み並べたてて! ふざけてんじゃねぇぞッ!」
「君だって、今しがた同じ視線を僕に向けたじゃないか。違うとは言わせない。あれはどう考えても、怒りに満ちた悪意の目だ。僕と同じ憎悪の目だ」
「ただ運が悪かっただけのことをぐちぐちぐちぐちとほざいて、挙句人の尊厳まで踏みにじって、何様のつもりだッ!? 神様かッ! そうじゃねぇだろ、お前は人間だろがァッ!」
「人間だから、人間として扱われない事に嫌気がさしたんだよ僕は」
会話は平行線。奏瑪は、小田嶋の怒りを聞き届ける事など、決してなかった。
――奏瑪が、顎で小田嶋を指し示す。
「やれ、愛月。あの吼えるしか能のないうるさい狼を、一足先に消し去ってしまえ」
「っ、な――ッ」
「わかった」
狐の少女は躊躇なく頷くと、片手を胸の前に掲げる。
するとそこにサッカーボール程度の大きさの火球が生まれる。愛月はそれを確認してから、何を考えているのかも分からない眼差しで小田嶋にじろりと視線をやり、弾くようにしてそれを放った。
放たれた火球の大きさは距離を経るごとに大きくなる。最初は拳大だったモノが、小田嶋の前に迫るころには獣人刑事を容易く飲み込む程巨大化する。
「……――ッッ!!」
小田嶋はエプティを守るように抱きしめる。しかし、火球はそんな小さな努力も丸々飲み込んで灰にしてしまうだろう。
そんな、絶望を体現した状況に、獣人刑事が晒されていた。その時だった。
一台の自動車が、二人を庇うようにして割って入ったのは。
「――っ!」
火球の直撃を受けた自動運転システムを備えるそれは、直撃を受けるなり炎の中で焼き溶かされた。そして一瞬の後、炎の流れの変化と熱膨張によって爆散する。
「刑事サン、ご無事デスカ!?」
「お前――……?」
一瞬、小田嶋は何が起こったのかわからなかった。しかし、程なくして原理は不明だが、イルが助けたのだと言うことをなんとなく察する。
彼女は自らのハッキングを利用して、路上駐車されていた車を小田嶋の盾にしたのだ。




