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レッドライン・クロスオーバー  作者: /黒
《第五話》『世界終幕、呪いの唄』
25/33

1.

 家の中立ち込める、焦げ臭いニオイ。小田嶋の鋭敏な嗅覚でなくとも、それを感じ取ることができるだろう。

 そしてそれは。部屋の中央にどうと倒れる一体のライフサポートアンドロイドから漂っていた。全身の皮膚が焦げ、一部その下の金属が覗いた状態でピクリとも動かないメイド。


 青い瞳が、焦点定まらぬまま天上を見上げている。


「何だったんだ、今のヤツ」


 静寂が支配していた中、小田嶋がぼんやりとつぶやく。その視線は、アンドロイドに発射されたテーザーを見ている。――その使用者は、まるで空気に溶けるように消えていた。


「不明、と。得ないです」

「――幽霊だのなんだの、というカンジじゃなさそうだ」

「てっきり、また震えだすかもと」


 エプティのその発言は、半分本気で半分冗談だ。しかし小田嶋は、気分を害した様子も無く立ち上がり、落ちているテーザーへと向かう。メイドの向こうに落ちている、その物体へと。


「ニオイがした。人間のニオイだ。幽霊はそんなモノ残さねぇ。ここに、確かにあいつはいた」


 拾い上げたテーザー。特段そう言ったものに小田嶋は詳しいわけではないが、通常の警備などで使われる対人用のものとは明らかに仕様が異なっている。やたらとバカでかい。


「予期して、待機していたのだと推測されます」

「このメイドが来ることを、か。確かに、こいつはそん所そこらの電流じゃ倒れそうにないヤツだったがな」

「推測できます」

「主語」

「“我々は、囮に使われたのだと”推測できます」

「――やっぱりか」


 この場所には、霧仁 奏瑪どころか、その足取りに関する情報もない。情報を餌におびき出され、アンドロイドの気を引く仕事を知らず知らずさせられていたのである。


「場所を特定するため、様々な場所のデータを収集していた事を、霧仁 奏瑪が感づいたのでしょう。だから、送り込まれた。それを利用したのです。“ロアは”」

「あいつの仕業、ってことになんのか。でもよ、ロアが俺達を使ってこのメイドをここへ誘い込んで倒そうとしたって言うんなら、そこに何の意味があるんだ?」

「――ロアは、霧仁 奏瑪の居場所を最初から知っていたのかもしれません」

「何? じゃあ俺達に『会いたい』と話しを持ちかけてきたのは何だったんだ」

「最初から、これが目的だったのでしょう。“彼を守るボディガードの排除が”」


 監視カメラの映像に居たメイドと、アンドロイドは同じ姿をしている。それが霧仁 奏瑪の守護を普段行っているだろうことは確認するまでも無い。


「まあ、確かにこいつは恐ろしいヤツだったからな。遠ざけたい気持ちも分からなくはねぇが」

「――そう言う事ではないでしょう」

「あん――?」

「いかに彼女でも、普通の客に対して先のような攻撃は行ってこないでしょう。ロアの望みは霧仁 奏瑪との再会。噛み合いません」

「まさか――」


 こじつけが過ぎる。そう言いかけて、しかし否定しきれないと小田嶋は直感する。


「断言しましょう。『ロア』と名乗るあの少女は、霧仁 奏瑪への何らかの害する行為を画策しています」

「――なんてこった。殺害計画に俺達は加担させられてたってのか」

「決まってはいませんが。殺害とは」

「タライを頭に落とすだけでこんな計画立てやしねぇだろ! ただ怪我を負わせるだけでここまで大がかりな仕掛けを考えもしねぇ筈だ! 少なくとも、取り返しのつかない何かってのが直感できる! 早くロアを止めねぇと――ッ」

「待ってください」


 小田嶋はすぐさま向かおうと、車へ向けて走り出す。しかし、エプティはそんな獣人刑事を呼び止める。


「何だよ、急がねぇとヤバいぞ!」

「知らないじゃないですか! “霧仁 奏瑪の居場所を”」

「っ、くそ、そうだった――ッ! どうすりゃいいんだ……ッ」


 例えその人物がどれだけの数の命を殺しても、かと言って殺されていいことにはならないと小田嶋は思っている。

 法治国家の中に所属している以上、それは決して侵されてはならない。仮に彼の罪が死刑となり得るものであっても、法の元における裁きでなくば社会の意味が無いのだ。


《再起動――……システムチェック/CPU:0.2%に異状を検知/AE動力炉:正常/各部モーター:3箇所に異状を検知――……、》


「もう一回、さっきの映像データを出してくれ!」

「――そんなモノ見たところで何になるんですか?」

「なんか手がかりがあるかもしれねぇだろ!」

「――これは我々をおびき出すためのモノで、」

「だったらあいつの寄越したメールでも何でもいい! 少しでもロアや霧仁 奏瑪への足掛かりにさえなれば……っ」

「わ、わかりましたよ、はい。――あ、あれ……?」


《実行中のプ炉セスが存在します。継続/中断 → チュウ断》


「どした?」

「ネットワーク回線――断絶されています」


《再起動処リ継続中――――――――――――――――……………………………………完了》


 エプティの手元にある端末は、ネットワーク回線の接続を示すアンテナ表示が完全に立ち消えていた。如何なる操作を行っても、通信は回復する兆しを見せない。


「さっき見てた時はそんな事なかったよな――」


「おそらく、停電によりネットワークを中継するアンテナの電源が落ちていると推測されマス」


「――ッ!?」


 二人の刑事は、互いのものではない声に振り返った。


「手ひどく、やられてしまいました、ネ――。おそらく、町中の電気を今のテーザーに集結して放たれたの、デショウ」


 黒こげ――よりは幾らか表皮に肌色の戻ったメイドが、起き上がり始めていた。その様子は、まるで蘇った使者を思わせる。


「てめっ、まだ生きて――ッ」

「アッ、待ってくだサイ! 今ワタシに攻撃意思ハ!」


 そう言って慌てて立ち上がるアンドロイド。


「ひっ」


 ――の顔に、恐怖を抱く二名。


「おおおお前鏡見ろヤバいぞ!」

「ハイ?」


 小田嶋はそう言って、鏡を取り出しアンドロイドへと向けた。

 ――そこには、幾分か自然治癒したものの、未だ炭化した焼死体が映っていた。


「あじゃー、これは見事なこんがり具合――」

「何とかしてくださいそのグロテスクな焼肉具合――ッ」

「申し訳ありマセン、しばらくすれば完治すると思いますノデ、もうしばらくお待ちくだサイ」

「しばらくってどンくらいよ!?」

「十数分程ですかネ? ワタシの表面を覆う人工皮膚は、自己治癒力の高いU生体の要素を用いてイマス。なので、生きた細胞さえ残っていれバ、再生は容易なのデス」


 そう言ってアンドロイドは、気づかい故かボロボロのカーテンを近場の窓から拝借し、頭からかぶった。――まるで、本物の幽霊かのようだ。


「ア、申し遅れマシタ! ワタシ、霧仁 奏瑪の所有するライフサポートアンドロイド、イル、と申しマス!」

「ンな自己紹介されたって、さっきの今で警戒を解けると思ってんのか!」

「むぅ、それは仰る通りデ。シカシ、アナタ方がこのような場所に来るからいけないのデスヨ?」

「このような場所って、俺らはだな――……エプティ?」


 アンドロイド――イルへと経緯を話しかけた小田嶋を、エプティが手で制する。


「何故ここに?」

「エ、ワタシが、と言う事デスカ?」


 主語を端折られ、イルは一瞬彼女が誰に対して言っているのか理解できなかった。会話の流れとしては、まず間違いなくアンドロイドを指しているのだが。


「警官です。ここにたどり着きました」

「――アノー、このヒト何を仰りたいのデ?」

「エプティ、主語な! というか端折んな分かんねぇから!」

「包み隠さず話してしまいそうだったから私が話しているんじゃないですか」

「おまっ、俺はそこまで迂闊じゃねーよ。まあ、アレだ。俺らはあんたの主、霧仁 奏瑪を逮捕するために動いていて、ここにそいつがいるって情報を得てここまで来た」

「先輩――っ! この相手に……、」

「大丈夫だ。わざわざ会話に移行したってことは、話も聞かず攻撃する、って言うつもりはなさそうだぜ」

「攻撃されたんですが」

「それはぁー……アハハ、話が通じる相手かどうか分からなかったものデ。申し訳ありマセン」


 人間臭く苦笑いし、お辞儀をするアンドロイドに、小田嶋は少し驚いていた。ライフサポートアンドロイドと言うのは幾度か見た事はあるが、このロボットにはそれらのようないわゆる「ロボットらしさ」をほとんど感じない。


「その情報、と言うのハ?」

「『ロア』と名乗る情報提供者から、これまで霧仁 奏瑪が潜伏していたあらゆる場所のデータを貰ったんだ」

「なるほド。そしてアナタ方は、その映像を参照しそれに該当するこの場所にたどり着いた、ト。そう言うわけデスネ?」

「なんであんたがそれを知っている?」

「無線ネットワークに対してワタシは介入できるので、必要とあらばその回線を傍受することができマス。ここへ来たのも、そうした動きを察知したからでありマシテ」

「無断の回線傍受は違法だぞ――」


 もっとも、AIそのものを縛る法律はないので、単純にイルが罰せられると言う事はなかったりする。自己判断が自由に行える程高い性能のマシーンは世の中には存在しないのだ。


「――まあ、確かに所有者たる奏瑪が罰せられる可能性はありマスガ」

「そもそも、そいつは多量虐殺の疑いが今はかかっている」

「救済機関リ・アクティヴィティの件デスネ?」

「本当のこと言っちまうと、多量虐殺の方で立件することは今は難しいがな。ただ、愛葉 親太朗とその妻・娘の殺害に関しては、映像がしっかり残ってる。逮捕状はまだだけどな」

「先輩、喋り過ぎです」

「――? 何故映像が? 監視カメラなど、その部屋にはなかった筈デスガ」

「あった、らしいぞ――?」

「ワタシの調査に誤りは――。記録データがある筈、ですよネ? それはアナタ方が現場で見つけたのデスカ?」

「いや。――ロアが提供した記録媒体に、だな……」


 思えば、それに関しても未だにどこから出てきたのか分からない。イルの言う通り、愛葉 親太朗の殺害された彼の書斎には、カメラはなかったのだ。

 中の映像そのモノに不自然な点が無かったため、小田嶋はなし崩し的に信用する他なかったのだが。


「記録媒体、見せていただいてモ?」

「できるかっ! 犯人の一派に渡せるわけねぇだろ!」

「――いえ、先輩」


 そう言って、エプティは胸ポケットから件の記録媒体を取り出した。それを、布を被ったイルへと念動力で渡す。


「お、おおおおい、おい、おい! 何してんだ!?」

「とってあるので。“”バックアップは“。それに、見せるべきだと思いました」

「そりゃまたなんで?」

「直感です」


 普段のエプティからはあまり考えられない珍しい発言に、小田嶋は目を丸くする。むしろ、直感は獣人刑事の分野なのだ。


「どうぞ」

「ありがとうございマス。どれどレ――」


 布から出た、まだ焦げ目のついた手がエプティからそれを受け取る。


「ふ、ム――……」

「一体何が気になったんだ? そりゃあ、うさんくせぇが中身は本物だったぞ」

「――これ、U原体のみで構成されてマスネ」


 そう言って、イルは記録媒体をエプティへと返す。特に、どこかをいじった様子は無い。


「普通、特殊な手を加えない限り、物体はU原体とO原体、その双方を内包している筈なのデス。が、これは純粋にそれだけで構成されてイマス」

「これが何か手を加えられてるってか?」

「イエ、そう言う様子はありませんデシタ。中の映像も、確認させていただいた限り実際の映像を録画されているものデス。これを手渡したのは、確かに『ロア』と名乗る人物だったのデスネ? もう一つ、この場所を見つけた時の映像も、頂けマスカ?」


 もう一つの記録媒体を渡されたイルは、少ししてから、これも本物だと言う返答をした。そして、なぜ自分がそこに映っているのか、という疑問を漏らす。


「ああ、本物だって何度も言ってる」

「――とすると、これが意味するものハ……イエ、そんなまさカ」

「敵対関係にあるヤツに言うのも変だと思うけどな、一人で納得しないでくれ」

「申し訳ありマセン。今少しだけ、情報の整理ヲ」


 小田嶋に謝罪しながら、イルは自身の中に格納された情報を組み合わせ、今周囲を取り巻いている状況を明確にしていく。

 そしてそれは、再起動の最中に聞きとっていた小田嶋とエプティの会話内容もまた、含んでいる。それらを加味した上で、アンドロイドは次の言葉を紡ぎ出した。


 カーテンを取り去り、完全に皮膚の再生したその姿を露わにしながら。


「刑事さん方。アナタ方二人に、お願いしたいことがございマス」


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