5.
霧仁 秦瑪の日記。数ファイルを抜粋。
・新生歴687年 7月8日
今日から、ロアにもらったこの手持ちの端末で日記をつけ始めることにする。と言っても、正直あまりやる気はないので、多分三日坊主になると思う。
にもかかわらず、なぜそんなモノを始めたのかと言うと、それはロアに勧められたから。なにが、「奏瑪の普段が見たい」だ。そんなもの、見たところで何の役に立つのやら。
それはそうと、今日も今日とて、頭のいかれた暑さだ。
・新生歴687年 8月8日
日記をつけ始めてから、一か月経った。本気で三日で終わらせるつもりだったのに、あんなふうに喜ばれたら、続けたくなる。本当に、こんな数行書いただけの文の集まりの、何が楽しいのやら。
それはそうと、近々ロアの10歳の誕生日だ。僕より2カ月と5日年上のくせに、子供のように何かくれとせがんでくる。はっきり言って、資産家たる彼女の家よりもお金はない、どころか貧乏なのだが、ロアは一体、僕に何を望むと言うのか。
・新生歴687年 8月10日
意地悪して、その辺の草を持って行ったら予想外にも喜ばれた。なので慌てて彼女のために見繕った赤いリボンをあげたら、もっと喜ばれた。これもこれで、家にあった裁縫関係の長いリボンをカットしただけのものだけど。頭に結ばれたそれはよく似あっている。
けど、そんなに喜ぶのだったら、もっと凝ったものをあげればよかったかもしれない。何せ、あの母さんありの僕だから、このくらいのものしか思いつかないのだ。
・新生歴687年 9月23日
母さんの右腕、肘関節が動かなくなる。まあ、長年酷使され続けてきたのだから、むしろよくもった方だと言えなくもない。当の本人は、相も変わらず無意味に微笑んでいるが。
しかし、どうにかしようにもウチにはお金がない。いっそロアにお願いしようかとも思ったが、親類とは不仲と随分前に聞いた。なので、今は応急処置で何とかしておく他は無い。
・新生歴687年 11月9日
あいつらにいじめられた。名目はいつもの理不尽なもの。誰も、好き好んで今の状況に立たされているわけではない。
しかし、僕の身体は弱い。あんなクズ共の何倍も頭がいい自覚はあるが、それだけ。一発ぽかんと殴られて終わりである。
いつもの通りロアに助けられたけど、正直、それもいつものことなので、申し訳なくなる。
あと、これでも一応男なので、面目と言うか、プライド的な意味でも、なんというか、 、 、
・新生歴687年 12月24日
突然、ロアが訪ねてくる。しかも、かなり酷い姿で。
頬は晴らし、髪は乱れ。目元には泣いた跡。服もドロドロで、僕はもしかすると、あいつらの仕業かもしれないと思った。だけど、ロアは首を横に振る。
何でも、母親から突然ぶたれたとか。理由は分からないらしいが、もう二度と顔もみたくないと言われ、僕のところへときたらしい。なので、一先ず僕の家で泊めておくことにする。
母さんにいいかどうか尋ねると、微妙にズレた、受諾の返答をもらった。家族が一人増えてお金は厳しいが――何とかなるだろう。
・新生歴688年 1月16日
一カ月弱だが、すっかりロアはウチの家族とさえ思える。他の奴らとは違って母さんのことも分かってくれるし、僕としてもうれしく思わないでもない。
けど、時々さみしそうな顔をするのはなんでだろう。それも、こちらに隠して。
それなりに頭は回るつもりであるが、それは分からない。なんとなく、彼女は自分の母親のことを思いだしているのではないかと推測できるが、酷い扱いを受け、なんでそんなことが思えるのか。
・新生歴688年 1月28日
石を投げ込まれた。多分あいつらだと思う。それでガラスが割れたが、それよりも深刻な問題が発生した。
ガラスを片付けようとした母がその石を踏みつけ、転倒してしまったのである。しかも、運悪く未だ不具合の続く右肘が動かず、頭から床に激突した。そのせいで右手を突くことができず、右肩を強打。中の関節が外れ、ついでに転んだ衝撃で首と両膝にもダメージがいってしまったようである。
幸いにも、今は動かせる程度には戻すことができた。だが恐らく、以前よりも気を配っておかねばならないだろう。これ以上、どうにかならないことを祈るばかりである。
・新生歴688年 2月4日
ロアが死んだ。いや、死んだのは4日前だ。ここから、記録をつけるために、日記を再開しようと思う。
何故なら、彼女を取り戻す方法を探す過程で、自分の行った手段を振り返るためだ。忘れるわけはないのだが、それでも、事細かなことを思いだす際、記録と言うきっかけは重宝する。
何にせよ、急がねばならない。今はまだ冬だからいいが、温かくなり始めれば、彼女の身体は腐敗を加速させてしまう。ウチには冷凍室の類は無いので、リミットはひとまず、今月末と定めておくことにする。
・新生歴688年 2月6日
人の意識とは何か。魂とは何か。最新の研究では、脳の中を行き来する電気信号であると示されている。
複雑に絡み合った電気信号が、時には科学的に身体を動かし、時には激しくスパークし、U技術となって現実へと昇華する。
幽霊、および怪奇現象とは、そんな電気信号の残滓。言うなれば、脳から抜け出したそれが、実際に何らかの事象を引き起こしている状態である。
しかし、電気信号は思考しない。いや、言い換えれば自分で構造を組み替えられない。
たとえ魂が、人体が死してすら複雑に絡み合い、霧散するのに時間がかかったとしても。それを行う脳はすでに死んでいる、もしくは存在しないのである。
幽霊が同じ行動しか繰り返さないのもそのため。一見意識があるように見えて、結局それは、信号の森の奥にある記録から、反射のように情報を引き出しているに過ぎない。
ならば、と僕は思う。そこに思考するための脳があれば、死者を取り戻すことができるのではないだろうか、と。
お金は無いし、それに設備だってない。おまけに僕にはU技術も使えないが、やるしかない。僕がやらなければ、ロアはこの世から霧散してしまうのだから。
・新生歴688年 2月11日
ロアの身体の腐敗を遅らせるため、母さんに近くの公園の湖から氷を運んできてもらっている。が、転んで動けなくなってしまった。時間がないと言うのに、何をやっているのか。
それはともかく、手元にある古い情報端末を経由して、様々な研究資料を探す毎日。もし回線に接続するためにお金がとられる世の中だったらと思うとぞっとするが、とにもかくにも、U技術による補助無くして、目的の達成が難しいことが分かった。
しかし、そのための伝手を見つけることができた。名前は「アイテール」と言って、U技術の研究を行っている男だ。
彼は僕の話を非常に興味深そうに聞いてくれた。死者の蘇りを試みた者は少なくないが、実際にそのプランを組み立ててきたヤツは初めてだ、と。
ともかくこれで、ロアの蘇らせる目処が立った。ロア、もうすぐだ。もうすぐ、君に会える。
・新生歴688年 2月18日
事がトントン拍子に運んで怖いくらいだ。いや、これでも時間がかかっている、と言うべきなのだろうか。急いだほうが良い。
死んだ人間の電気信号は、次第に弱まり消滅するのが基本だ。稀に思念が強力がために何十年も残り続ける例があるが、そう言う例外に期待を寄せるのは、本気で計画が立ち行かなくなった時くらいだ。
何にせよ、最新の研究では、魂は肉体の自然的な崩壊と共に瓦解すると結果が出ている。そもそも電気信号自体が脳に由来するモノなので、元々繋がっている生体が滅ぶのと同時に、緩やかに解けていくのは仕方ないことだろう。
だからこそ、今目の前にある研究の成果、「U思考媒体」を作り出した。この真っ白で丸い塊は、漂う電気信号の残滓を取り込む、原始的な思考力を持つ半生命体だ。
このゴルフボール大の球体が魂を吸うと、まず扱いづらいO原体部分をU原体で再現し、置き換える。両者は異なるものでありながら、基本的な法則を同じとすることを利用するのだ。
そうすることで、U思考媒体は脳と全く同じ機能を果たす器へと昇華する。問題は身体が用意できないことだが、少なくともこちらに魂を移して消滅を回避すれば、かなりの時間の猶予が生まれることだろう。
操るのが容易いU原体ならば、後に用意した肉体にそのまま魂を移すのも容易だ。あらゆるお膳立てが、この時点で整っていると言って間違いないだろう。
――ただ、これを使う際、僕は覚悟を決めなくてはならない。行うには、少々荒っぽい手段が必要になるためだ。
死者に鞭打つようで生まれる心苦しさ、そしてそれが、ロアを対象としたものだと思うと。
・新生歴688年 2月20日
しお あっぴ siあsp@いしなぱいしkぱいいしpっぱいした
かくごをきめてろあのああtまあを
ろあのああtまをtかたき
kっかく
かくごを決めてロアの頭を叩き割ったと言うの二、U思考媒体は何の反応も示さない。
マウスを用いた実験ではうまくいったのに。うまくいった、だからうまくいくはずだったのに。どうして反応しない。
認めない。認めたくない。認めてたまるものか。破壊と言う脳の急激な変化についていけない電気信号は、絡まり固まったまま、外に飛び出す筈。それをU思考媒体が吸い上げ取り込む筈、だtったんんおだ
・新生歴688年 2月21日
くたばれ
・新生歴688年 2月22日
うるさかった母さん、いや、型遅れのポンコツアンドロイドを、フライパンで叩き壊してやった。スキンが破れ、金属の破片が飛び出した頭を見ると、やはりこいつはただのガラクタだったんだなと言うのを、思い知る他ない。
それもこれも、まるで自分が人間であることを思いこんでいるかのごとく、気づかいにも聞こえる言葉を吐き続けるから。「私がそばについています」「失敗をした時こそ落ち着いて考えましょう」「ホットチョコレートを用意しましょう」「失敗することは誰にだってあります」。そのどれもが、所詮はプログラムの中から引きだしてきた言葉にすぎず、故のそのどれもが薄っぺらい。
お前が隣にいてもしょうがない。始めから落ち着いている。怒りで興奮なんかしていない。そもそも失敗などしている時ではない。
どれもこれも的を外し、何の毒にも薬にもならない言葉ばかり。うんざりだ。
だから、壊した。こんなゴミを、母だのと呼んでいたことが実に馬鹿馬鹿しい。制止する声も、深刻な損傷を訴える声も、どれもこれもが、状況より導き出された言葉にすぎない。
今回のこれで、この日記もとい研究日誌も終わりにしようと思う。ロアの身体と共に埋め、全てを無かったことにする。全て無価値になったこれらに、用はない。
何もかもが意味を無くした今。この人生に、もはや何の意味もなくなったのだから。




